私の『バタフライエフェクト』〜人生を超訳すると、羽が生える〜
[アタート]
2026年6月
私は、やっと、
重い腰をあげた。
「私のアーユルヴェーダ講座」を
スタートした。
半年かけて、
美容と健康、
そして、
自由を味わうための
講座だ。
第一回目の授業を終えた時、
私には
ひとつの未来が見えた。
みんなが、
お気に入りの自分に
出会う未来。
[超訳]
私のバタフライエフェクト。
アーユルヴェーダも、
着物も、
蝶も、
私はいつも、
暮らしの言葉へ
「超訳」したくなる。
そんな私には、
忘れられない
勘違いがあった。
1980年代
シドニィ・シェルダンの
ゲームの達人っていう
ベストセラーの本があった。
20代だった私は
電車の中吊りを見て
ああ、
今流行りのゲームの攻略本か。
って。
ずっと勘違いしていた。
しばらくして、
気がついた。
ベストセラーの小説だったと。
本屋さんで手に取った
『ゲームの達人』は、
小説の面白さだけでなく、
「超訳」という世界を
教えてくれた。
ある時、
最初の翻訳を読んで、
納得した。
私が、海外の本が
苦手だったことも
わかった。
直訳と超訳の違い。
アーユルヴェーダも
似てる気がした。
人生も
似てる気がした。
[蝶訳]
私のアーユルヴェーダは、
超訳だと思う。
2026年6月。
講座をはじめて、
すぐに気がついた。
最初に変わり始めたのは、
みんなじゃなくて、
私自身だった。
そんな
最初の授業を
終えた時。
ちょっとだけ
尊敬する
アーユルヴェーダの先生の気持ちが
わかった気がした。
その時、
改めて、
先生から学べたことに
感謝した。
先生は
アーユルヴェーダ医師であり、
アーユルヴェーダを教えるために
教育学まで学んだ人だ。
アーユルヴェーダの
素晴らしい翻訳家だと
思っている。
そして、
多分、
私は、
アーユルヴェーダの
翻訳家ではなく、
蝶訳へ。
…じゃなかった。
超訳へ。
変化した気がする。
ふふふ。
でも、
蝶訳も
私らしくていい。
まあ、
私の担当は
美容特化だけどね。
蝶は
私にとっての
憧れだ。
あんな風に、
器用に飛んでみたい。
蝶は一度、
サナギから孵化する時に
ドロドロになると
聞いたことがあった。
私も何度となく
ドロドロになった
記憶がある。
人は、多かれ少なかれ
ドロドロの時期を過ごし、
少しずつ
自分の羽を育てていくのだろう。
もしかすると、
いや、確実に、
ドロドロの時間は、
人生を超訳するための
必要な時間だった。
そして、
その時に、
何を選ぶかで
その人の人生の
色合いが
変化していく。
〜出会い〜
55歳。
女性にとって、
私にとって、
重要な分岐点だった。
50代にさしかかる時。
女性としての50代を
私なりに
真剣に悩んでいた。
綺麗でいたかった。
綺麗。
その当時の私にとっての
綺麗の定義は、
スタイルがいいとか、
素肌が綺麗とか、
そして、
もっと、
何かを学ぶことだった。
なぜか
学ぶことが私の綺麗に
つながっていた。
そういえば、私は、
ずっと、
なにかを
探していた。
ずっと、
深く、
学べるものを。
飽き性の私が
夢中になれるものを。
その時は
漠然とカラーだった。
30代になる前に、
パーソナルカラーの
プロコースを学ぶために
東京へ行った。
だから、
一番に思ったのは
カラーの勉強だった。
パーソナルカラーは
楽しかった。
だけど、
私が探しているものじゃなかった。
