忘れてください
勘違いの多い人生でした。
中学生のとき、国語のテストに『いぼ』という作品が出てきた。
いぼ
草野心平
いよう。ぼくだよ。
出てきたよ。
いぼがえるだよ。
ぼくだよ。
びっくりしなくてもいいよ。
光がこんなに流れたり崩れたりするのは。
ぼくがぐるぐる見廻してゐるせゐではないだろ。
やりきれんな。
真っ青だな。
匂ひがきんきんするな。
ほっ雲だな。
以下省略
この詩を私は『イボ』目線の詩だと思った。
なぜなら、その時私の足の裏にはイボがあったから。
毎日ほじってもほじっても取れなくて痛くてしぶといなと思っていたから。
問一
『出てきたよ』とはどこからでてきたのですか。
三文字で答えよ。
三マスの空欄がある。
『足の裏』
と書いた。
問二
『真っ青だな』とあるのはなぜですか。
今度は大きな空欄がある。
『じゅうたんが青かったから。』
と書いた。
なぜなら、その時我が家の絨毯は青かったから。
数日後、テストが返却され解き直しのための解説がされた。
いぼがえるは蛙だった。
教室の片隅で私は震えていた。
『イボ』じゃなかったのか。
じゃあ、先生はこの回答を見てなんと思っただろう。
解答欄には大きく荒い斜線が引かれている。
怒ってますか?とチラッと先生を見る。
いつも通りのように見える。
だけど、この回答には一切触れない。
意外と私以外にも勘違いした人がいたのかしら?
と、周りをキョロキョロしてみる。
みな、前を向いて話を聞いている。
挙動不審なのは私だけのようだが、よくわからない。
でも、でもね先生、違うの、真剣に間違えたの。本当に『イボ』だと思ったの。
『いぼがえる』って『イボ』が生まれるっていう比喩表現だと思ったの。
足の裏も裏ってこんな漢字だったよなって、よく書けたな自分、これ書けない人はこの問題キツイな、とか思ったの。
絨毯が青いかは個人差があるだろ、とは思ったけど、もう思い込んでたから。
授業が終わると先生の元へダッシュし、必死で上述の言い訳をした。
先生は、笑っていて怒ってはいなかった。
社会人になったとき、エントランスにある鉢の花たちへの水やり係になった。
毎日、せっせと水をあげて契約満了の三年を迎えようとするころ、同僚に「ずっと気になってたんだけど、どうして造花に水をあげてるの?」と言われた。
驚いてエントラスまで見に行く。
同僚の指さす鉢は、他のとは少し離れたところにある大きな木の鉢だった。
のぞき込むと、鉢の中は水でたぷたぷになっていた。
たぶん、頼まれてもいない鉢まで水をやっていたんだろう。
契約があと一年長かったら、溢れてただろうな。
よーく見ると、確かに葉っぱが作りものだった。
3年も近くで水をやっていたのに全然見えていなかった。
遠目からそんな私を見ていた同僚は作り物だとわかっていたのに。
飛び込み営業の仕事をしていた時には、午前中の最後に入った家に、午後いちで行って呆れられた。
「あんたさっきも来たでしょ」とおじさんが優しくたしなめてくれて、私は「はい」と言った。
数え上げたらキリがない。
こんな勘違いを山程しながら生きてきた。
大抵の勘違いと恥には耐性がついている。
そう思っていたけど、数年前に顔から火が出るほど恥ずかしい勘違いに気づいた。
それは勉強の『勉』の字が、中が『力』だということに、突然気づいたのだ。
今まで何度も見てきたこの字の、こんなに大きな部分を、私はずっと『ム』だと勘違いしていた。
そして、自信満々書いて生きてきた。
私には2人子供がいて、トータル11年小学校に通った。
夏休み冬休みが終わるたびにお家の人から一言の空欄に『よく勉強しました』と書いた気がする。
それ以外にも、何度となく勉強の単語を書いた気がする。
自信満々子供の誤字脱字に赤を入れた宿題ノートにも、私のメモした勉の文字はあったはずだ。
それを見るたび、先生たちはどう思ったのだろう。
下の子の卒業間際に勘違いに気づいた私は、その後の提出物にはちゃんと『カ』の入った『勉』を書いた。
終わりよければ、ということで見逃してもらいたい。
先日、実家の母がふと「『魅力』の『魅』って『ム』が入ってるって知ってた?」と言ってきた。
知っている。
それは、普通に知っている。
「ずっと見てきたし、読んでたし、知ってたのに、あんなところに『ム』があったなんて知らなかったんだよ。ずっとあった?」と言う。
ずっとありましたよ。と思う。
もう70も過ぎた母である。
気づくまでに随分かかったね。と、優しく労りたい気持ちになる。
私の『勉』など、かわいいもんだったな。
んん、そういえば、私の『勉』も『ム』だったな。
『ム』があったりなかったり消えたり現れたり、いい年した親子が『ム』に踊らされている。
我が家にはなにか『ム』との因縁があるのかしら。
ばかばかしい。
ここまで、書いてきてなんだけど、すごくくだらないことを書いた気がする。
どうせ読む人はいないと思うが、うっかりここまで読み進めてしまったあなた。
今すぐ忘れてほしい。
さようなら。
