美意識
「ちょっと肩揉んで」
と、夫に言われ、はいはい、とソファへゆく。
背の低い私のため、夫は床に座り背を向ける。
さあ、揉みますかと腕まくりをして前を向く。目の前に夫の頭頂部がある。
ハゲていらっしゃる。
思わずハッと息を呑む。この時夫は32歳。ハゲていらっしゃる。ハゲていらっしゃることに初めて気づいた私30歳。
どうしましょう。ハゲていらっしゃる。いえ、まって、ハゲているという程ではない。そうね、うっすらハゲかけていらっしゃる。地肌が見えていらっしゃる。
「どうした」
あまりのことに肩を揉むことも忘れ、口に手を当てはわはわしていた私はハッと我に返る。
「ううん、なんでもない」
夫の両肩に手を置き、親指に力を入れ揉み始める。視線は夫の頭頂部を見つめている。ハゲていらっしゃる。
何度見ても、角度を変えて見ても、上から見ても下から見ても間違いなくハゲていらっしゃる。
どうしたものか。夫はおプライドが高い。ご自分をイケメンの類に分類されると思っていらっしゃる。決してそんなことはないのだけれども。どうもそう思い込んでおられるようで、若い時分はロン毛などにしておられた。キムタクの影響である。髪色も金髪などにしておられた。金髪がカッコいいと思っていたのである。今となってみれば、あのブリーチが命取りだったのでは?と思う。娘の花ちゃんに「パパ、イケメン?」などと聞いて、まだ幼い花ちゃんに「イケメン…イケメンゴリラ」と言われていた。正式名称「ゴリラゴリラゴリライケメンゴリラ」である。花ちゃん最高!そんなご自分を金髪キムタク似イケメンと勘違いしていらっしゃる夫に「あなたハゲてます」とは口が裂けても言えない。気取られる訳にもいかない。
心にそっとしまって秘密にしなくては……。
そう心に決め夫のおプライドを守るべく善処した。
毎朝、階段を下りる夫の後ろから「ハゲていらっしゃる」と思いながらついて行き玄関で見送る。ソファで寝てしまった夫の無防備な頭頂部を見つめ「ハゲていらっしゃる」と思いながら「風邪ひきますよ」と起こす。懲りもせずブリーチする夫が「なんか染みる!」と騒ぐのを「ハゲているからですよ」と思いながら見つめる。
そんな日々が続いたある日、出かけていた夫が帰ってくるなりこう言った。
「ママ、大変だ!俺、ハゲてるかもしれない!」
気づいた!
なぜ、あんなにひた隠しに隠し通してきたのに。あなたなぜそのことに気づきなすった!?と、内心驚く私に夫が、
「たまたまいた電気屋のテレビに俺の頭頂部が映ったんだ。…あれ?俺…ハゲてない?って…」
なんと!そんなところに刺客がいたとは!
あまりのことに口元が緩みます。面白すぎる。それを見た夫が私に、
「おまえ…気づいてたのか」
「ぶはぁっ!」
思わず吹き出してしまいました。ごめんなさい。気づいてました。かれこれ1年以上前から気づいてました。泳がせてました。ごめんなさぁい。
もう我慢できずに笑い始めたわたしを見て夫も笑い始めました。
「おまえ、早く言えよ〜!めっちゃハゲてんじゃん!」と。
心配していたよりずっとすんなり受け入れられたようで、むしろゲラゲラ笑う私を見て「おまえ、笑いすぎだよ」と一緒になって笑っていました。
あれから、数年。じゃあ、もう諦めきったのかと言うとそんなことはありません。夫の職場の同じような境遇の人によく効く薬があると教えられ、それを取り寄せ飲んでいます。海外から届くその薬の成分がなんなのか私にはわかりません。効果はあるようで薄っすら増えているようです。
そして、その薬は髪の毛以外にも効果を発揮するようで腕、すね毛なども濃くなってきたと気にし始め、誕生日プレゼントに脱毛器を所望。風呂上がりにせっせとピッピピッピやっております。ミスターマリックのようなサングラスをかけながら。
あなた一体どこへ向かってるのですか?生やしたいの?生やしたくないの?あっちの毛は生かしてこっちの毛は殺すの?もういっそ全部剃ってしまってはどうなの?お薬代高いんですけど。連日ハゲの薬から何百円引きクーポンのメールが来るんですけど。お義父様にも勧めるのやめてくださらない?父の日に所望されましたけど。高いんですけど、あのお薬。なに、なにが入ってるの?あのお薬。怖いんですけど。丸刈りじゃだめなの?
と、口には出せない矛盾を感じながら私は私の腕に生える産毛を撫でる。
よーく見ないと見えない程度に生えている。かわいい。名前を付けようかしら。臼井さんにカールくん……うーん、あー、一郎、次郎、三郎、四郎、男の子ばっかりだわ。いち子、二子、三子、四子……あぁ眠たくなってきた。
あとがき
書きました。
念願の「なんのはなしです家」です。
大丈夫でしょうか。
昨今のコンプラやルッキズムに抵触しますか?
コニシ木の子さん。
だめなら別のものを提出します。
よろしくお願いします。
文具
