天ぷら油が粉石けんに。35年間市民の手で作られ続ける「きなりっこ」に込められた想い
天ぷらやフライのあとに残る油、そのままシンクに流していませんか?
実は、コップ1杯(200ml)の油を流すと、魚が住める水に戻すためにバスタブ200杯もの水が必要になるんです。
本来なら水を汚してしまうところだった廃食油を再利用して生まれたのが、粉石けん「きなりっこ」です。
食器洗い・洗濯・掃除すべてに使える優れもので、35年間大切に作り続けられています。
不要になった油が、暮らしに役立つ石けんへと生まれ変わる――その過程と長く愛され続ける理由を知りたくて、神奈川県川崎市にある「きなりっこ」の製造現場を訪ねました。

地球と体にやさしい「きなりっこ」とは
川崎臨海部の工業地帯、多摩川河口付近の大型工場や物流施設が立ち並ぶ一角にある白い建物が「きなりっこ」の製造工場です。
NPO法人として福祉事業も行いながら、代表の清水真理子さんは障害を持った方々とともに働いています。

きなり色の粉状の石けん「きなりっこ」の材料はシンプルです。使用済み食用油と苛性ソーダ水溶液、炭酸塩のみで作られています。
捨てるはずの油が、一体どのように粉石けんになるのでしょうか。
その作り方は、まずは使用済み油を沈殿・濾過・湯洗いして汚れを取り除き、白土を入れて臭いや不純物を吸着させ、フィルタープレスを通して透明な油にします。この精製油と苛性ソーダ水溶液を2日間反応させてジェル状のせっけん生地を作り、炭酸塩を混ぜると団子状に固まります。最後にこれを乾燥させて粉末にしたら、サラサラのきなり色の粉せっけん「きなりっこ」の完成です。

②美しく透き通った精製油。
③団子状になった石けん。これを乾燥させて粉末状にします。
④完成した粉石けんは一つずつ手作業で量り、袋詰めしていきます。
「きなりっこ」の使い方は簡単です。200mlのお湯に2gの粉を入れ、スポンジで泡立てるだけ。少量でもよく泡立ち、油汚れもしっかり落ちます。食器洗い・洗濯・掃除など何にでも使える万能ぶりです。
特徴は、手荒れしづらいこと。合成洗剤は皮脂を過剰に洗い流すものが多く手荒れの原因になりやすいですが、「きなりっこ」なら保湿成分であるグリセリンがそのまま残る作り方なので、しっとりと潤います。
「昔は油臭さを理由に使わない人も多く、においを取り除くことが課題でした。試行錯誤を重ね、ようやく現在のようなにおいの気にならない粉石けんを作れるようになったんです」と清水さんは誇らしげに話します。

清水さんは「香害(こうがい)」という言葉についても教えてくれました。香害とは、合成洗剤・柔軟剤・香水などに含まれる合成香料(化学物質)によって、不快感や健康被害が生じる現象です。
清水さんは、ご自身の娘さんの体験から、その深刻さを実感しているそうです。
「娘が友達と同じ香りの強いシャンプーを使った時、気分が悪くなりお風呂から飛び出してきたことがありました。」
香りに敏感で体調を崩してしまう人にとって、無香料であることがいかに重要かが分かります。

また、「きなりっこ」は環境に優しい粉石けんでありながら、汚れ落としの実力も確かです。白いTシャツの黄ばみや黒ずみ、上履きの汚れもしっかり落ちて、真っ白に。
汗がついた衣料を一度水洗いするひと手間はかかりますが、その価値は十分にあります。さらに、香害予防と水質保全にもつながるのですから、「きなりっこ」を選ぶ意義は大きいといえます。
油を無駄にしない「きなりっこ」の取り組み
「きなりっこ」を支えているのは、市民参加による循環の仕組みです。工場設立後、せっけん運動をすすめてきた生協の組合員の中で始まった油の回収は、現在「かわさきかえるプロジェクト」という市民団体が中心となり、市内全域で行われています。
この粉石けんの原料となる廃食油は、小学校給食の油を主として年間約75,000ℓ回収。そこから年間55トンの粉石けんが生まれています。
区役所や協力店舗、個人宅などに回収拠点を設けて、誰もが気軽に参加できる仕組みをととのえているのも特徴です。天ぷらやフライ調理で出る細かい残りかすが混入していても問題ないと、市民が気軽に協力できるよう工夫されていました。

集められた油は粉石けんになるだけでなく、バイオディーゼル燃料にも活用されます。2年ほど前までは工場で燃料を製造し、自社トラックに使用していました。しかし、車の性能向上に伴う品質要求が厳しくなり、現在は余剰油を専門業者に販売し、燃料になったものを購入しています。
「水環境を守りたい」市民の想いが誕生させた工場
「きなりっこ」の歴史は、1970年代の合成洗剤による水質汚染問題から始まりました。当時の日本では、泡立ちの良いABSという界面活性剤を使用した洗剤が、多く使用されていました。
ところが、この成分は分解されづらく、河川に蓄積されてしまうという問題を引き起こしていたのです。
「風が吹くと、川に流れた合成洗剤の泡が電車の扉まで飛んできたそうです。合成洗剤を使うことは、被害者になるだけじゃなくて加害者にもなる。そんな気づきから水環境を守る運動が始まりました」

しかし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。水環境を守る取り組みの中心にいたのは主婦たちでしたが、当時の議会メンバーはほとんどが男性。
しかも「男は仕事、女は家庭」という価値観が強かったため、男性議員の生活課題への関心は薄く、合成洗剤と石けんの違いすら十分に理解されなかったそうです。
多摩川を守るため神奈川県内で始まった直接請求運動も、川崎や横浜など複数の自治体で請願が出されたものの、すべて否決されました。
「当時、主婦は審議会にすら入れず、オブザーバー扱いだったそうです。だからこそ議会に入り発言しなければ何も変わらないとの結論に至り、女性議員を市議会に送り込む運動が始まりました。そしてついに1983年に川崎市議会初の女性議員が誕生したんです」
女性議員誕生の使命は、水環境を守り、合成洗剤に代わる石けんを作ること。環境にやさしい石けん工場の実現に尽力した結果、1984年に転機が訪れます。川崎市長から「石けん工場建設のために、市の土地を貸すよ」という提案があったのです。
この絶好の機会を逃すまいと、生活クラブが呼びかけ、6000人の市民から1100万円のカンパが寄せられました。そして1989年11月、ついに「石けん工場」が誕生。名前も市民公募で決まりました。
「きなり」の部分は「何も着色していない自然な色合い」を表しています。名前の決め方からも、市民とともに歩む姿勢がうかがえます。

人とのつながりで広がる新たな販路
市民活動の結晶として生まれた「きなりっこ」。現在どのような場面で使われているのでしょうか。
最大の用途は学校給食です。給食調理で出た廃食油を回収して粉石けんを作り、その粉石けんで使用後の食器を洗うという、理想的な循環システムが成り立っています。他には、石けん運動をすすめ、工場の設立に出資し、油の回収もしてきた人々が集う生協でも取り扱われています。
一方で、小さな市民工場が活動を広げる難しさもあります。それでも清水さんは、できることを一つずつ続ける努力を惜しみません。
工場見学や子ども向けのイベントを通じて、粉石けんの良さや環境問題を伝え、地道に活動を広げています。
そうした思いは、少しずつ周りの人たちの心に届き、賛同する企業がノベルティとして「きなりっこ」を配布してくれるなど、応援者が増え続けています。粉石けんを通じた環境保護の取り組みは、人と人とのつながりによって着実に広がりつつあります。



毎日の掃除洗濯で、環境にやさしい選択を
取材の最後に清水さんは、こんな想いを語ってくれました。
「環境問題への取り組みというと、プラスチックごみの削減、電気の節約、食品ロス対策など、あれこれやらなければと思いがちですが、そんなに難しく考える必要はありません。一つのことから始めるだけで地球への負担は軽くなります。まずは、毎日使う食器洗い洗剤を『きなりっこ』に変える、それだけでも大きな一歩だと思うんです」

一人一人の小さな行動が積み重なれば、地球を守る大きな力になります。この想いをみんなで共有し続ければ、未来はきっと少しずつ変わっていくはず――清水さんの信念は工場の仲間たちにも受け継がれ、今日もまた水環境を守る粉石けん作りが続いています。
きなりっこ公式サイト
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