気持ち悪さとセックスと欲望
すっごい気持ち悪いセックスを描きたい。
何でだろうか。急に湧いてきた感情だった。私は、小説でセックスシーンがあるのに、特段必然性を感じたことはなかった。
三代欲求、食欲、性欲、睡眠欲。これらで主に食欲が描かれてることは多い。なぜか。その人物の個人的な選択や、それを含む思想が現れやすいからだ。横文字のよくわからないものをテーブルマナーがしっかりしているお店で頼んでいたら、美食家であることがわかる。あるいは、名前のない炒め物を作っていたら、生活するために食事をする、また食事をつくる最低限の労力を労力とは考えてない、生活力のある人だとわかる。一方で、睡眠はどうだろうか。眠れないという描写があったり、睡眠の中の夢は扱われるが、睡眠自体についてはあまり描かれない。いわば睡眠の周辺部には、その人が現れるが、睡眠そのものには人間固有のものがあり、描くに及ばないと考えられているんだろう。
では、セックスは?こちらは非常に描かれる。一冊の本に何回も登場したりする。でもそれにしたら、あまり人物描写に役に立っているとは思えない。表現も一辺倒な気がする。レパートリーが少ない。
歯の当たるような激しいキス、陰部にそっと指が差し込まれた、その湿り気具合、首を絞める。それくらいのバリエーションだろう。結局、睡眠と大差ない表現だと思う。唯一、意味のあるシーンだと思ったのは異類婚姻譚である。そこでは、確かに夫婦がセックスする意味と、その行為が物語に与える影響まで描かれていた。
すごい気持ち悪いセックスが描きたい。それは、どうしようもなく、人間の欲望だから。そんなものを持ち合わせていないように繕うのも欲望で、そんな欲望に今だに過剰に反応する大人を憐れんでいるのも、欲望だ。それを憐れむくらいに余裕があるよと、そんな欲望。
気持ち悪いよ。全部。
私は、そんな欲望全部を書きたい、書かなくてはならない。欲望は、気持ち悪さを手段にして書くべきなんだ。愛情みたいな行為に似せたセックスなんて、嘘だよ。それならちゃんと欲望と愛情の拮抗を見せてよ。
そんな欲望を急に描きたくなるなんて、イカれてる。いや、拗らせてるのかも。でも、もうそういう成形された欲望にさらされるのにうんざりなんだ。頼むからそんな目で見るな。純愛だと言い訳するな。憐れんだ目をするな。味方だよって猫撫で声で言うな。私とどこかに行けることを期待した発言と懇願する眼差し。
もうやめて。
私は、気持ち悪いセックスを描かないといけない。お前の喉元に包丁を近づけて、その仮面、剥がさせてやる。
