見出し画像

第1話「目覚め」|異世界転生マンガ『拾い神』

体が……動かない。

暗い。どこだ、ここは。

目を開けようとしたが、視界が霞んでいた。右手に生温かいものが触れる。手を見ると——血だ。

ゆっくりと周囲を見渡した。石造りの洞窟。薄暗い空間の中に、見覚えのない鎧や武器が転がっている。そしてその隣に——人の形をしたものが、いくつも横たわっていた。

冒険者だ。全員、死んでいる。

起き上がろうとしたが、体がいうことを聞かない。腕に力を入れるたびに激痛が走り、そのまま崩れ落ちた。

そのとき——目の前に、何かが浮かんだ。

半透明の光。文字。数字。まるでゲームの画面のように、宙空に表示が出ていた。

【 STATUS 】

HP 3 / 240  MP 0 / 0

STR 1  AGI 1

スキル:拾得 Lv1

「……なんだ、これ」

思わず声に出た。HP3。最大値は240あるのに、今は3しかない。残機ではなく、命の残量だ。STRとAGIは最低値の1。スキルは「拾得」ただ一つ。

周囲を見渡す。洞窟の奥から、低く重い唸り声が聞こえた。何かいる——大きな何かが、暗闇の中で動いている。

俺の名前はカイ。二十八歳、元会社員。

……どうやら、異世界に転生したらしい。

どうにか体を起こし、周囲を確認した。HP3。このまま動けば死ぬ。剣を掴もうとしたが、指に力が入らない。STR1——剣すら持てないのか。

近くに倒れている冒険者に目が止まった。まだ若い。装備は本格的だ。この廃坑に挑んで、全滅した一人なのだろう。

恐る恐る、その手に触れた。

瞬間——手から光が溢れた。

【拾得発動 / 冒険者ダルク(享年34)/ 記憶・技術を取得】

誰かの記憶が、洪水のように流れ込んでくる。草原を走る冒険者たち。酒場の喧騒。仲間の笑い声。そして——「廃坑の奥には古龍がいる。絶対に行くな」という誰かの警告。

頭が割れるように痛い。

それでも——わかった。

気づいた時、体が勝手に動いていた。右手が剣を探すように伸びる。

一瞬——自分が、自分でなくなりかけた。

「……仲間はどこだ」

その言葉が、口から出た。俺の声で。俺の言葉ではなく。

ハッと我に返る。手のひらを見つめる。俺はカイだ。元会社員だ。ここは異世界で、俺は一人だ。

「……俺は、カイだ」

拳を強く握りしめながら、もう一度だけ言った。記憶に飲まれかけた。危なかった。

状況を整理する。この廃坑は迷宮の最深部。奥には強大なモンスターがいる。出口は上。HP3では戦えない。

近くに食料があった。ポーチの中に干し肉と水筒。まずい。でも食える。

食べるごとにHPが少しずつ回復していく。ゲームのルールが、そのまま適用されているらしい。

周囲の死体から使えるものを集めた。折れた刃。革ベルト。火打石。武器はない。でもナイフくらいなら作れる——ダルクさんの記憶に、その技術があった。

黙々と手を動かす。ダルクさんの記憶を「借りる」。俺が「なる」のではない。あくまで「借りる」だけだ。

粗末なナイフが、できた。

「使えるものは全部使う」

それが、俺のやり方だ。

遠くから、重い足音が響いてくる。ドスッ、ドスッ——地面が微かに揺れる。

来る。

瓦礫の陰に身を隠した。体を丸め、息を殺す。隙間から覗くと——巨大な四足のモンスターが、ゆっくりと廃坑を進んでくる。腐食した鱗。赤く光る眼。見るからに強い。

モンスターは死体を一瞥し、興味を失ったように奥へと去っていった。

はあ——と、息が漏れた。

手が震えている。当然だ。怖い。本物の恐怖というのは、こういうものか。

不意に——頭の中に、何かが浮かんだ。

誰かの手。小さくて、温かい手が、俺の手を握っている。

顔は見えない。声も聞こえない。でも——確かに、いた。

……誰かがいた気がする。でも顔が思い出せない。

首を振った。今は関係ない。

生きて戻れたら——思い出せるかもしれない。

立ち上がった。

表情は変わらない。でも目の奥に、何かが灯った。

転生した。

スキルは一つだけ。

仲間も金も武器もない。

どう考えても詰んでいる。

——でも光がある。

岩の隙間から差し込む一筋の光が、廃坑の底を細く照らしていた。

光に向かって歩き始めた。足を一歩、また一歩。死体の傍を通るたびに、手をかざす。

【拾得:記憶取得】【拾得:技術取得】【拾得:記憶取得】

七人分。全員分、拾った。

「無駄にしない」

ふと——前方に、小さな影が現れた。

ネズミのような形。赤く光る目。小型のモンスターだ。

ナイフを握る手が、わずかに震える。

「戦える……か?」

ダルクさんの記憶が浮かぶ。剣を振る軌跡。体の使い方。

「借りるぞ」

動いた瞬間——モンスターの爪が直撃した。

壁に叩きつけられる。HP 1 / 240。赤く点滅する数字。

……一撃で瀕死。この世界は本物だ。

迫ってくる影。カイの目だけが動いた。

七人分の声が重なった。「右に転がれ」「喉元を狙え」「怖くない、行け」

右に転がった。ギリギリで回避。

喉元を——一突き。

モンスターが光に分解されていく。HP 14 / 240。腐食耐性(小)を取得。

荒い息のまま、立ち上がる。

このスキルは、俺だけのものじゃない。みんなで生き延びる。

「まず、生きる」

光の中へ、足を踏み出した。

——誰かが待っているかもしれない。

──次回、第2話「腐れ姫」へ続く──

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集