見出し画像

人間を数秒で右左にスワイプする世界で。北欧・西欧のマッチングアプリという名の「商品棚」のリアル


スイムウェアの面積だけで判断される。そんな「浅はかな世界」が、スマートフォンの画面の中に広がっていた。

数週間してもアプリからの音沙汰ほぼゼロ、あまりにもデートに繋がる反応が少ないので、職場の同僚やマネージャーに見つかるリスクも顧みず、ある日ビキニの写真をプロフィールにアップロードしてみた。結果は、ヒット数が倍増。ありがたい話だが、いかにこの世界がスペックや見た目だけで人間を品定めする冷酷な「商品棚」であるかを、身をもって思い知らされた瞬間だった。

画面の向こうには、メッセージの代わりに自分の男性器の写真を送りつけてくる男や、突然ネイビーのマニキュアを塗った手の写真を送って「どう思う?」と女装趣味を告白してくるアーティストなど、通常の世界と違った、動物園、またはジャングルの様な世界が広がっている。まさに「バーチャルな世界の野生のジャングル」だ。

実は、今年で40歳になる私。昨年末にオランダ人の彼とお別れすることになり、再び独身に戻ったため、数ヶ月前にデーティングアプリの世界へ戻ってきたのだが、3年ぶりにオランダで再びバーチャルな野生のジャングルを目の当たりにする。



2012年から始まったヨーロッパ生活。現在は14年目を迎えているが、彼氏がいたトータル8〜9年ほどを除くと、5年ほどは独身でいた。そうなるとやはりヨーロッパでは、Tinderなどのデーティングアプリを使って人と出会うのが主流になる。

「アプリなんて使いたくない、体目当ての人が大半だろう」とは思いながらも、アプリを使わないと誰にも会わずに人生が終わりそう、という恐怖感に負け、独身時の私には欠かせないツールとなっていた。

ヨーロッパ人は日本人に比べると大胆なイメージがあるかもしれないが、北欧人は特に、街中で見知らぬ人に声をかける、いわゆる「コールドアプローチ、ナンパ」などすることがほぼない。バーやクラブにいって、その場限りの関係、いわゆるONS(ワンナイト・スタンド)の経験はあったとはいえ、北欧人は決してロマンチックな民族ではないと断言できる。

今回のエピソードでは、そんなヨーロッパのアプリの現状を、短い「デートまでに漕ぎ着けなかったエピソード」を交えて紹介したいと思う。
実際、たくさんの人とマッチしてチャットをしても、実際に会ってデートとなるのはマッチしたうちの数パーセントというのが多くの人の現状だ。



友人などの間でも、Tinderで出会って結婚したケースを聞くことはそこまで稀ではなくなってきている 。そうはいっても、やはりアプリでの出会いは運に左右されるし、男女ともにピンからキリまで混在していることを覚悟する必要がある。

冒頭に書いた、私の「ビキニの写真」に対する突然な反応も、見方をかえればありがたい話ではあるのだが、ここで自慢をしたいわけでは決してない。言いたいのは、この世界がいかに「SHALLOW(浅はか)」な世界ということだ。男たちがスイムウェアの面積で態度を変えるだけでなく、アプリ市場そのものの構造もかなり歪だ。

そもそもアプリの世界では、男性のユーザー数が最初から女性の倍近くいると言われている。分母が多いのだから女性側が有利かと思いきや、実際はフィルターの掛け合いだ。男性側はよっぽど魅力的なプロフィールかイケメンでないとデートにすら漕ぎ着けず、女性側は無数の選択肢に揉まれることになる。

そして、このアプリの構造を語る上で、もう一つ付け加えて説明しておきたいのが「DICK PIC(ディック・ピック)」現象。日本人の方は「一体何の物理現象だ?」と思う人も多いかもしれない。量子力学の難しいトピックか何かのようだが、残念ながらそんなアカデミックなものでは全くない。 聞き馴染みのない方のため、説明させていただくと「自分の男性器をスマートフォンで撮影し、相手の許可なく送信する行為」のことである。

私がヨーロッパでアプリを使っていた若いころは、とにかく突然このDICK PICを送りつけられることが多々あった。あまりの遭遇率の高さに、友人からは「DICK PICマグネット(磁石)だね」と笑われているほど。
さすがにこちらも人を見る目が磨かれたため、ここ数年は受信することはなくなった。しかし、当時も今も声を大にして断言させていただきたい。こちらからそのような写真のリクエストをしたことはただの一度もないし、会話の方向をそちら側に誘導したことすら皆無だ。

青天の霹靂という言葉がぴったりだと思う。さっきまでお互いにお気に入りの本の話や、政治の話をしていたはずなのに、次の瞬間、チャット画面に爆弾のように画像が放り込まれたりする。

とにかく伝えたかったポイントは、デーティングアプリという場所は、私たちが日常で出会う世界とは少し違う「野生のジャングル」のようなものだということ。

プロフィール写真が爽やかだからといって、画面の向こうの相手を「自分と同じ常識(コモンセンス)やモラルを持っている人だ」と思って足を踏み入れると、毒蛇に嚙まれたような、思わぬショックを受ける可能性がある。
結局はバーチャルな世界なのだ。ネットでの立ち回りが巧みな人であれば、当人の作りたいイメージをプロフィール上でいくらでも作り上げ、その役を演じきることだってできてしまう。そして、必要がなくなればブロック一つで簡単に関係を切るなんていうことも、可能といえば可能な世界なのだ。

ではさっそく、その冷酷なシステムに届かないまま、画面の向こうでフェードアウトしていった男たちの話を始めよう。まずは、アーティスト系スウェーデン人の一件から。 


30代半ばのスウェーデン人と、大学で勉強している当時にマッチした。同じ町に住んでいるのでデートもしやすい。イケメン、芸術家タイプ、話しやすく、アーティスト系の感受性の高そうな興味深い人。
彼とは、会ってみて相性を確かめようというよりは、チャットをダラダラと長期間続けていた。今振り返ると、実際に会うステップに進まないままメッセージを重ねていたのにも、何か理由があったのかもしれない。
ある日の会話で、多趣味な彼が「実はちょっと変わった趣味があるんだよね」と、何かを匂わせるコメントをしてきた。その時は特に気にも留めずに数日が過ぎたころ、彼から1枚の写真が送られてきた。
男性の手だが、ネイビーのマニュキュアがきれいに施されている。

更にメッセージ

「どう?きれい?」

言葉を失った。どうやら彼はゲイではないが、女装することが趣味とのこと。Dick Pic現象と同様、画像はミニ爆弾のように送られてきた。突然、言葉少なく、なぜか突然見知らぬ口数少ない女性と話しているようなエナジーがチャットから感じられてくる。

数年前のことなので、そこからどうやって連絡が途絶えたかははっきり覚えていないが、写真と大きな秘密を会ったこともない人に打ち明けられたような空気感を忘れることができない。




そんな奇妙な余韻に浸る間もなく、アプリという名のジャングルは、また新たなエピソードをナイーブな大学生の私の前に連れてきた。

スウェーデン在住時にマッチしたデンマーク人男性。アプリから自然な流れで携帯番号を交換し、話も弾んで、デートをアレンジしようかという話になった。
当時私の住んでいたマルメから、彼の街コペンハーゲンまでは電車で30分ほど。国境を越えた2国間のデートも気軽にできるのが楽しい。デートの日を決めた矢先、彼から突然メッセージが届いた。

「会う前に、どうしても話しておきたいことがある」
「絶対ひかないで欲しい」

以前の楽しいチャットから、突然真剣なトーンになり、何のことなのか私も緊張してきた。
そこで彼が告白してきたのは、彼の身長。
日本人平均身長の私だが、彼の身長はやや私より高いくらいだという。「それくらいなんてことないのに」と思ったが、身長の問題よりも、彼のコンプレックスの重さ、身長のトピックが出た瞬間に会話の空気がガラリと変わってしまったことが残念ながらケミストリーを壊してしまった。

男性の知人や友人から聞いた話では、女性のプロフィール欄に「身長XXX㎝以下の方は、素通りでお願いします」と冷酷に書き添えられていることも珍しくないらしい。私の感覚からすると、実際の生活で人に会う時、誰かを魅力的だなと感じる時、身長でフィルターをかけることは大抵しないと思う。しかし残念ながらアプリの世界は実際の生活とは違う。多くの人は人を商品のように見ているのかも、身長、学歴、数枚の写真から見えたイメージ。アプリのプロフィールからー人の人間の本当の価値を見抜くことは難しいと思う。

デーティングアプリに関して、いろんな記事を目にした。多くの人が、人を右へ左へスワイプすることに疲れ、気分の悪化、また疑問を感じているとのこと。そんな記事を見つけて、少しほっとした私。人間を数枚のイメージを数秒見つめただけでYESか、NOか判断することは普通の状況ではない。それに対して疲弊している人々がいる、気分が悪くなっている人がいる、またそれを記事にして問題提起や、呼びかけを試みようという人間性、モラル感に安心感を覚える。

マッチした際のアドレナリンキック、自信を与えられるような気分、高揚感、によってスワイプするのがやめられず、次から次へと新しいアプリを使い、新しいアドレナリンキックを求め続ける人もたくさんいる。
一方では何か少しの気に食わないコメント一言で全てリセット、ブロック、消去、関係を1秒もしないうちに断絶。オンラインだからこそ、本当に顔見知りではないからでこそできる軽薄な、衝動的な行為も毎日のように起きている。

古き良き時代の本当の、本物の人間関係、深い関係をお互いに育んだことでこそ得られる一時的ではない”キック”は、どこにいってしまったのだろう。


いいなと思ったら応援しよう!