見出し画像

「トラウマを持つ男」が顔面蒼白で引き受けた日 ~かつて参加者3人だった営業所が、101人の壁を越えた奇跡~ 〔管理職生存哲学 第四計【軍形篇】(前編)〕

【この記事の要約】

組織が成長を止める理由は「失敗」ではなく「現状維持」にある。数字が
上向き始めた営業所で、あえて未経験の大型プロジェクトを立ち上げた理由と、過去のトラウマを乗り越えた一人の男のドラマを描く『管理職生存哲学』第四計【軍形篇】(前編)。


【著者より】

本シリーズに登場するエピソード・対話・葛藤は、すべて脚色一切なしの「100%実話」です。 綺麗ごとの教科書や空論のマネジメント論では決して生き残れない、リアルなビジネス現場の真実をお伝えします。

数字が上向き、空気も良くなった営業所。普通なら、そこで満足していい状況でした。しかし、営業所の中だけで完結する成功は、本当に強い組織とは言えません。「千葉では人が集まらない」という業界の常識を壊すために、あえて未経験の100人規模の講演会に挑んだ実話をもとに、成功体験・脳内報酬系・一貫性の原理の観点から、組織を変える本当のきっかけを解説します。


1.一番怖いのは、失敗ではない。


チーム,、そして営業所の空気は、完全に変わっていた。 部下から提案が出る。市場の情報が飛び交う。笑顔も増えた。数字も確実に上向いている。

七年連続最下位だった営業所は、ようやく「千葉だから仕方ない」という雰囲気から抜け出し始めていた。

普通なら、この状況で十分だったのかもしれない。私自身も、少し安心していた。 「このままいけば、日本一も見えてくる。」 そんな手応えも感じていた。

十分だったはずなのに しかし、その頃から私は、あることが気になり始めていた。 営業所の中だけで盛り上がっていても、本当に強い組織とは言えない。

私が目指していたのは、一時的に数字が良い営業所ではない。挑戦し続ける組織だった。

正直に言えば、この違いを人に説明するのは難しかった。数字は伸びている。空気も良い。誰に相談しても、「十分すぎるくらいじゃないですか」と言われるだろう。それでも私の中では、何かが足りないという感覚が消えなかった。

振り返れば、この感覚は名古屋にいた頃には持てなかったものだ。

あの頃の私は、数字さえ良ければ組織は強いと信じて疑わなかった。

しかし千葉での日々は、その前提そのものを疑わせてくれた。

2. 数字は結果の一つでしかない。


本当に見るべきは、その数字を生み出している組織の「地力」だった。

だから私は、新しい課題をつくることにした。 営業数字ではない。メンバー全員が力を合わせなければ達成できない課題だった。

それが、100人規模のセミナーを成功させるプロジェクトだった。

千葉ではセミナーに人が集まらない 。この話をすると、多くの人が驚く。

「なぜ営業所でセミナーなんですか。」 理由は単純だった。千葉では、セミナーに人が集まらない。それがこのエリアの業界常識だった。

実際、私が着任する直前に営業所で開催したセミナーの参加者は、たった
3名だった。

最初にその数字を聞いた時は耳を疑った。

「台風でも来ていたんですか?」

思わず聞き返したほどだった。しかし違った。それが普通だったのである。(3人というのはあまりに酷いが……) 他メーカーの営業担当に聞いても同じだった。

「千葉はセミナーの集客、難しいですよ。」

「50人集まれば大成功です。」

「大手メーカーでもそんなものですよ。」

誰もがそう言った。つまり、『千葉エリアではセミナーに人は集まらない』それがこのエリアの常識になっていた。 そして一度その常識ができると、人は挑戦しなくなる。

「どうせ集まらない。」

「千葉だから仕方ない。」

「他社も同じだから。」

この"仕方ない"という言葉ほど、組織を弱くするものはない。

"仕方ない"という空気の正体 アドラー心理学では、「トラウマは存在しない」という有名な考え方がある。

もちろん、過去の出来事は存在する。

しかし、「過去の失敗を理由に、現在挑戦しないこと」を人は選んでいる、という考え方だ。 私は、この考え方に強く共感している。

営業の世界でも同じだった。

「前回失敗した。」

「昔うまくいかなかった。」

「この地域では無理だ。」

それは事実かもしれない。しかし、その事実を理由に挑戦しなくなるのは、自分自身だ。 営業所にも、その空気があった。だから私は、その空気ごと
壊したかった。

ある日のミーティングで、私はみんなに言った。

3. 「一年後、100人集まるセミナーをやろう。」


みんなが静まり返った。

「100人ですか?」

「千葉で?」

「本気ですか?」

当然の反応だった。私は続けた。

「本気だよ。メンバー全員でやろう。」

そして、一人の名前を呼んだ。

「遠藤君。このプロジェクトのリーダーをお願いしたいんだけど。」

営業所の空気が、また少し変わった。 100人規模のセミナープロジェクト。そのリーダーに指名したのは、年上の古参社員・遠藤君だった。

実は彼には、どうしても消し去りたい苦い過去があった。かつて彼が責任者として開催した前回のセミナーで、集まったクライアントはわずか3人。

ガラガラの会場と冷ややかな空気。その時の光景は彼の中で深いトラウマとなり、長年自分の限界を決めつける原因になっていた。

しかし、新しい戦略をスタートさせてからの遠藤君は、明らかに変わり始めていた。

泥臭く愚直に取り組む中で自らの担当数字が伸び、途絶えていた新規開拓が次々と決まり出す。

手応えを得たことでミーティングでの発言も少しずつポジティブになり、彼の中には「あの3人しか集まらなかった失敗を、今度こそ乗り越えたい」という思いが芽生えていたはずだ。

「遠藤君。この100人セミナー企画、リーダーをお願いしたい。」

指名した瞬間、彼の表情からサッと色が引いた。

あの日、たった3人の前で立ち尽くした苦い記憶と、膨大な不安がよみがえったのだと思う。隠しきれない不安そうな表情が、彼の葛藤を物語っていた。

立派な決意表明も、威勢のいいセリフもなかった。沈黙のあと、彼が口にした言葉は、ただ一言だった。

「……やります」

不安で押し潰されそうな表情のまま、絞り出すように発したその一言。

大言壮語はいらない。過去のトラウマに怯えながらも、彼は逃げずにその
重圧を引き受けた。

その短く重い「やります」を聞いた瞬間、私は「このプロジェクトは必ず
成功する」と確信した。

遠藤君は、私より一つ年上。千葉営業所を長く支えてきた古参メンバー
だった。

私は、営業力だけではなく、人をまとめる力もあると感じていた。

だから任せた。

もちろん、不安そうだった。突然100人のセミナー。しかも前回は3人。
普通なら断りたくなる。 それでも私は言った。

「出来ると思うんだよ」

「困ったら何でも相談してくれてもいいから。」

「でも、このプロジェクトの顔は遠藤君だ。」

その瞬間、私はメンバー全員の表情を見ていた。 驚き。不安。そして少し
だけ、ワクワクしている顔があった。

所長が一番不安そうだった。 私は確信した。 数字を追い続けるだけでは、組織は成長しない。少し背伸びをしなければ届かない目標が、人を成長
させる。

100人という数字は、セミナーの目標ではなかった。

メンバー全員が「自分たちならできるかもしれない」と思える組織になる
ための目標だったのである。


(後編へ続く)


いいなと思ったら応援しよう!