【躁うつと生きる】離婚やめます⑤警察への通報(7割無料🆓)
本記事は、私が離婚しようと決意してから、それをやめようと思うまでをまとめているものです。
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離婚を決意したことが、この度の躁転からの鬱転、休職の一因になっている部分もあります。
離婚する決意をしてからやめるまでを整理することは、私の今後にとって大変意義のあることで、3月半ばに控えた職場復帰以降は、きっちりと自分の気持ちに蹴りをつけて、ブレない軸を持ちたいと考え、まとめることにしました。
連載記事の⑤です。
読みに来てくださり、大変ありがとうございます。
〈①〜④までのあらすじ〉
私は躁うつ病を抱えながら小学校に勤務している教師です。家族は会社員の旦那さんと三人の息子です。コロナ禍により会社員のリモートワークがほぼ義務付けられた時期、旦那さんの家事育児のストレスが、発達凸凹でADHDの長男への虐待という形で向かいます。私は恐怖と子どもたちを守る覚悟で離婚を決意します。ところが決意して数ヶ月、長男が部活でいじめに遭い、その対応を夫婦で協力して進めることにします。半年かけて解決に至ったいじめ問題で、父親の存在の大きさを実感し、このまま離婚を踏みとどまれると思ったのも束の間、いじめ協議中収まっていた旦那さんの虐待が、再発してしまいます。それが発端で私は鬱転、仕事を一旦休み、子育てに専念します。
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家族構成
私・・・小学校教師(現在休職中)
旦那さん・・・昭和な男、会社員
躾という名の鞭を打つ
長男・・・野球大好きADHD
次男・・・定型発達の気遣いさん
末っ子・・・落ち着きのない発達凸凹疑い
仕事再開
2学期が始まりました。
病気休暇が明けて、仕事に戻ることになりました。
休暇中に悩んだ挙句、私は、手を抜くべきは仕事である、と判断しました。
この期間、徹底的に子どものケアに集中できたので、旦那さんの暴力は格段と減っていました。相変わらず暴言は吐きましたが、間髪入れずにポジティブな言葉で私が言い換えることで、長男の反抗を抑えることにも成功していました。
だからこその考えでした。
児童の登校に合わせて出勤するのは控えよう、定時には帰ろう、仕事を持ち帰るのはほどほどにしよう。
そうして、子どもの学校行事や保育園行事、部活の管理や片付けに、重きをおこう。
大事なのは我が子。
他人の子に時間をかけている場合ではない。
そう決心したのです。
した、つもりだったのです。
ダメでした・・・。
いちいち無駄に気を使う私は、上手に手を抜いて仕事をすることなど、全然できていませんでした。
本当に下手です。働き方改革できない、働き方脱落です。
このままでは元の木阿弥です。
躁転してハイになり、鬱転するのは目に見えています。
このままでは良くない、
ヤバい、
分かっていながら、何もかもを手放せない、自分を追い込む我儘な生活スタイルになっていました。
それでも突き進んでいました。
「無茶はしないが、無理をする」
そんな言葉で自分を騙して。
一難?数難?去ってまた一難
暑さが和らぎ、秋を感じるようになった頃。
長男の反抗がずいぶんと落ち着いてきました。友達関係が安定してきたのです。部活の中での評価も、上がり調子でした。
ただ、特質はそのままです。
朝の寝起きの悪さ、指示は入らない、集中力はない。夏の暑さで体の疲れが顕著になる時期ですから、発達凸凹の長男にとって、特質もそれに伴って顕著になるものです。
夏の病気休暇のきっかけを反省に、長男には「朝練が無理な日は休んでもいい、でも学校にもいけない時はちゃんと朝から言うこと」という約束をしました。
私は長男より先に出勤するので、朝練に行かない日は職場から長男のスマホにコールします。
その「モーニングコール」に出てくれない時も、何度もありましたが、そんな時は長男の学校へ連絡し、遅刻するか、来なければ欠席でお願いしていました。
けれどもそれは、旦那さんにとっては単なる甘えでしかなく、許すことのできない姿でした。
私の病気休暇中は収まっていた旦那さんの暴力が、また、復活してしまったのです。
仕事から帰宅すると、結局登校できなかった長男がベッドにうずくまっているのです。
聞くと、「あいつに殴られた」「めっちゃ暴言吐かれた」と話します。
やっぱり元に戻ってしまったのか、という気分の悪さと疲労感に襲われました。
しかし、もっと最悪なことは、次男におきていました。
次男はこの時小学6年生、旦那さんの暴力が深刻化した当時の長男とほぼ同じ年です。
長男は旦那さんの暴力に対し、同じ手段で立ち向かうという方法で反抗期を露わにしましたが、次男のそれは、長男とは違いました。
反抗期が長男から移るようにその時期を迎えた次男は、長男に対して罵声を浴びせるようになっていたのです。旦那さんと、同じように。
これまで泣いて悩んできた優しい次男は、自分の心を守る方法として、長男を攻撃するようになっていたのです。
長男も次男も守るために
私は猛烈に危険を感じました。
それまで父親の役割や存在意義について、迷いと悩みがうずまいていましたが、そんな場合ではなくなりました。
このままでは、長男は身体と心に傷を負い、次男は歪んだ正義感を持ってしまいます。
離婚は必須と判断しました。
そして私は禁断の手段だと思っていた、警察への通報も、覚悟しました。
暴力が一瞬でもあれば、迷いなく警察。
その覚悟です。
穏やかな秋晴れの休日。
長男は朝から部活に行っていました。
次男の心の修復もやらねばならなかったので、次男とその友達が遊ぶ公園に、私は末っ子と一緒に行って遊びながら、遠目に次男を見守っていました。
元来甘えっ子な次男は、私がいるとわかると、「お母さん、喉乾いたんやけど」など、何かと理由をつけて話しかけてきます。友達と一緒にいる手前、お母さんとベタベタするのは恥ずかしい、でも母親には甘えたい、そんな可愛らい思春期の反抗期です。
天気のように穏やかな気持ちで、私も子どもたちも笑顔でした。
こんな時間を過ごしてあげることで、きっと次男の歪んだ心も元に戻せると、思うことができました。
そして夕方になり、公園から帰ろうとした時のことでした。
部活帰りの中学生たちが、通り過ぎて行くのが見えたのです。
やばい!と思いました。
何がやばいのかというと、長男は部活から帰ると、旦那さんはまず第一に野球のユニフォームやグローブなどの道具の片付けを徹底してやらせます。それをしないと激怒するほどです。けれども長男にはそれはできません。片付け、というものが特性上苦手なのですから。そのため、部活帰りの片付けは、ほとんど私がやるようになっていました。
部活が終わる時間はもう少し遅かったはずです。
ところが、秋めいてきて、日が暮れるのが早くなったので、この日から下校時間が早まっていたことを、私は知らなかったのです。
このままでは、私より先に、長男が帰宅することになるーー。
そうなったら、片付けもせずに玄関でくたばる姿を旦那さんに見られるーー。
長男が危ないーー。
連想ゲームのように悪いことが頭を巡り、私は一気に血の気が引きました。
警察への通報
警察に電話する場面を、次男と末っ子に見せるわけにはいきませんでした。
なぜなら今の状況は「未遂」でもないのだから。
でも私は何かに追い立てられるように、もう通報するしかないと、決断しました。
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