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50代ひとり暮らし。小さなワクワクで暮らしを繋ぐ。

2026年6月13日(土)

古い賃貸の我が家には、オートロックも宅配ボックスもない。網戸ひとつ閉めるにもコツが要る。「あらよっ」と、絶妙な力の入れ加減を会得するまで、実に半年かかった。
洗面台は驚くほど野暮ったい。トイレも令和の世界とは縁遠く、お風呂場のドアにいたっては、力まかせに閉めなければすぐに開いてしまう。
キャッ♡のび太さんのエッチ!って、誰も覗かないか。
そんな家の住人は現在無職で、財布は底が見えている。

仕事では散々、一流のデザインや名作家具、ハイエンドな空間を見てきた。老眼の目は妙に肥えてしまっている。
なのに。
この中途半端な古めかしさ。この、取り繕う気すら感じない「いけてなさ」。
……ああ、自己紹介ではないぞ。物件の話。

お洒落なライフスタイル誌には、計算されつくした美しい空間が並び、SNSには「整った暮らし」が流れてくる。けれど、私の日常は真逆だ。
だからこそ、この「いけてなさ」をどう面白がるかに、やり甲斐を感じている。

食器を洗って片付ける途中、
ガラスの美しさにちょっと見とれたりして。
薬味の紫蘇、
ベランダのイタリアンパセリの花と共に。

今日は思いつきで、古いサッシ窓を「窓枠風」に加工してみた。大掛かりなDIYをする気力も、元手もないから、所要時間わずか5分の悪あがきである。それでも不思議なもので、窓から差し込む光の表情が少し変わった。
「ふふん、なかなかいいぞ」
窓に映ったオババが、薄気味悪く、したり顔でこちらを見ていた。

最近は白髪をサロンで染めずに、セルフカラーに移行した。
「今日はこの後、どちらか行かれるんですか?」
脳内カリスマ美容師が話しかけてくる。
「新宿伊勢丹へ」なんてキャミソール一枚で、捨てるつもりだった100均のプラコップで薬剤を混ぜながら答える。気分だけは高級サロン。
自分の手で髪色を変える過程には、どこか実験めいた面白さがある。

お日様の光の中で染めたいの。
4色を使って、独自のレシピで混ぜている。

それから今週は、30年前に買ったアンカーホッキングのガラスジャーを、小さな水槽に変えた。
本当はベランダにビオトープを作りたいけれど、持続させる自信がないのでアクアリウム。
長い時間を共に生き延びてきたガラス越しに、水草がゆらゆら揺れる。
ガラスパイプからちょろちょろと落ちる水音は、渓谷の湧き水のようで心が落ち着く。
はたまた高原の岩清水のようにも思えるし、トイレの音(小)にも聞こえたり。
頻尿の友人には危険かもしれない。

ネオンブルーライヤーテールと、
ネオンタキシードという2匹のオスのグッピーを飼い始めた。
とても仲良しでついつい見惚れてしまう。
あと、エビが大っ嫌いなのにホワイトシュリンプも飼ってみた。
お茶目でちょっと可愛いかも。

「他人と比較するから苦しくなる」とはいうものの、嫌でも目に入り、比べてしまうのが人間ではなかろうか。
だからこそ、私はこの部屋の「いけてなさ」という、狭い世界に集中するのだ。
派手な暮らしや丁寧な暮らしという「足し算」ではなく、手元に残ったささやかなディテールを、どう面白がってやろうかと工夫する。その時間にこそ、暮らしを繋ぐ、贅沢なワクワクが詰まっている。
完璧に整った空間だけが、豊かな暮らしの正解ではない。
これまで積み重ねてきた経験や感覚を使って、自分の内側にあるセンスや知恵を、ただ外に向けて輝かせる。
苦しみや、色々なものが削ぎ落とされた暗闇のあとに、「自ら放つ光」が残ると信じたい。
そして、いつも楽しさを探す人でありたい。

日常の風景に、ちょっとした「好き」を見つける。
ベッドから見るこの景色もその一つ。


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