人と比べるのをやめたら、豊かさはもうそこにあった
私はかつて、
もっと頑張らなければと思っていました。
もっと稼がなければ。
もっと認められなければ。
もっと人脈を広げなければ。
SNSを開けば、
自分より輝いて見える人がたくさんいて、
気づけばいつも誰かと比べていました。
ビジネスも頑張りました。
たくさんの人に会い、
たくさんの経験をして、
それなりに収入も得られるようになりました。
欲しいものを買い、
食べたいものを食べることもできました。
それでも、
どこか満たされない感覚が残っていました。
本当に私が求めていたものは何だろう。
私は何のために頑張っているんだろう。
そんな問いが、
少しずつ心の中に増えていきました。
そして私は、
一度立ち止まることを選びました。
仕事を手放し、
休むことを自分に許しました。
それまで私は、
ビジネスを学び、
実践し、
たくさんの方と出会いながら
活動していました。
ありがたいことに認知も広がり、
法人化まで経験しました。
だからこそ、
それを手放す決断は
簡単ではありませんでした。
でも正直に言うと、
苦しかった理由は
法人化したからではありませんでした。
私は人をサポートすることが大好きでした。
誰かの話を聞き、
背中を押し、
一緒に前へ進んでいくこと。
その時間は本当に好きでした。
でも、
数字の管理や経営は
得意ではありませんでした。
申告や帳簿の管理。
税理士さんとのやり取り。
やらなければいけないことは
どんどん増えていきました。
もちろん必要なことだと
わかっています。
それでも私は、
そういうことよりも、
目の前の人と向き合う時間の方が
好きでした。
やってみたからこそ
わかったのです。
私は会社経営者になりたいわけではなく、
人をサポートすることが
好きだったのだと。
そしてその頃には、
次に何をやるか考える気力もないほど、
やりきった感覚がありました。
ただただ、
休みたかったのです。
積み上げてきたものがある。
応援してくださる方もいる。
収入もある。
普通に考えれば、
続けた方がいいように見えたと思います。
それでも私は、
少し立ち止まりたいと思いました。
不思議なことに、
休むことへの罪悪感はありませんでした。
むしろ、
「また何かやりたくなったら、
その時に始めればいい」
そんな感覚だったのです。
主人も、
「いったん休んだら?」
と言ってくれました。
頑張っていた頃の貯金もありました。
だから私は、
しばらく主人に甘えさせてもらい、
扶養に入ることにしました。
もちろん、
不安が全くなかったわけではありません。
でも、
自分のことは自分が一番よく知っています。
何もしないまま終わる人間ではないことも、
私は知っていました。
だから、
未来を信じながら休むことができたのです。
一方で、
ひとつだけ意識していたことがありました。
SNSを見ないことです。
頑張っている人を見れば、
きっと心は揺れる。
また比べてしまうかもしれない。
だから私は、
意識的に距離を置きました。
その時間は、
誰かを見る時間ではなく、
自分を見る時間にしたかったのです。
すると少しずつ、
これまで見えていなかったものが
見えてきました。
段々と私は、
モノも人間関係も
少しずつ手放していました。
ブランド品や着なくなった服。
必要以上の付き合い。
「ちゃんとしなきゃ」という感覚。
少しずつ手放していくうちに、
家の中も、
心の中も、
ずいぶんすっきりしていきました。
気づけば私は、
お気に入りのものだけに囲まれて
暮らすようになっていました。
数は少なくても、
本当に好きなものだけがある暮らし。
それは以前よりずっと心地よく、
私に安心を与えてくれました。
休んでいる間の私は、
世間から見たら
何もしていない人だったかもしれません。
でも私自身は、
その時間をとても大切に過ごしていました。
家族のお弁当を作ったり、
少し手の込んだ料理を作ったり。
朝早く起きて、
家族が起きてくる前に
パンを焼くこともありました。
豆から珈琲を淹れて、
ゆっくり味わう時間も好きでした。
以前の私は、
いつも時間に追われていました。
だからそんな暮らしは、
どこか贅沢なもののように感じていました。
丁寧に掃除をすること。
季節の食材を楽しむこと。
家族のために料理を作ること。
そんな当たり前のことが、
思っていた以上に幸せだったのです。
ところがその頃、
身体には少しずつ異変が起きていました。
もともと関節の痛みはありましたが、
次第に骨や筋肉まで痛みが
広がっていったのです。
病院にも通いました。
でも、
はっきりした診断はつきませんでした。
おそらく線維筋痛症ではないかと
言われました。
痛みは毎日続きました。
薬もほとんど効きませんでした。
夜も眠れず、
痛みで涙が出る日もありました。
そんなある日、
藁にもすがるような気持ちで調べていた時、
ドッグセラピーで症状が和らいだ
という話を見つけました。
私は翌日には
ペットショップへ行っていました。
そして犬を迎えました。
不思議なもので、
その子のお世話をしている時間だけは、
痛みを忘れられました。
もちろん治ったわけではありません。
それでも、
小さな命に向き合う時間は、
私の意識を痛みから離してくれました。
気づけば一匹だった犬は
三匹になっていました。
毎日のお世話は大変でしたが、
それ以上にたくさんの癒しを
もらっていました。
今振り返ると、
私は休んでいたのではなく、
人生を取り戻していたのかもしれません。
仕事だけではない幸せ。
結果だけではない豊かさ。
以前の私は、
何かを達成した先にしか
豊かさはないと思っていました。
でも実際には、
焼きたてのパンの香りや、
家族と囲む食卓や、
犬たちと過ごす何気ない時間の中にも、
たしかに豊かさはありました。
私はその頃、
失ったものを数えるのをやめて、
すでに持っているものを
少しずつ見つけられるように
なっていたのです。
そんな穏やかな毎日の中で、
私はなんとなくnoteを始めました。
最初は仕事にするつもりも、
収益化を意識していたわけでも
ありませんでした。
ただ、
自分の経験や気づきが、
同じように悩んでいる
誰かの役に立てたらいい。
そのくらいの気持ちでした。
そして私は、
自分の中にあった
もうひとつの経験を思い出しました。
私は過去に、
うつや摂食障害を経験しています。
当時は毎日が苦しくて、
どうして自分だけこんなに
生きるのが下手なんだろう。
どうして普通のことができないんだろう。
そんなことばかり考えていました。
少し元気になってからは、
その経験を話せるようにはなっていました。
でも、
記事として残そうとは思っていませんでした。
私にとっては、
もう過去の出来事だったからです。
だから、
誰かの役に立つ経験だとも
思っていませんでした。
けれどある時、
もしかしたら今、
昔の私と同じように苦しんでいる人が
いるかもしれない。
もしそうなら、
あの頃の私が本当に知りたかったことを
残してみよう。
そう思いました。
そして私は、
初めての有料記事を書きました。
正直、
売れるとは思っていませんでした。
むしろ、
誰にも読まれないかもしれないと
思っていました。
それでも、
たった一人でも届いたらいい。
そんな気持ちで投稿ボタンを押したのです。
投稿したあとも、
特に期待はしていませんでした。
ところがある日、
noteを開いた時に通知が届いていました。
「記事が購入されました」
一瞬、
何が起きたのかわかりませんでした。
何度も画面を見返しました。
本当に購入されている。
知らない誰かが、
私の書いた記事を選んでくれた。
その事実が信じられませんでした。
そして気づいたら、
涙が溢れていました。
もちろん、
300円という金額が
嬉しかったわけではありません。
それまでの私は、
集客をして、
サービスを届けて、
その対価としてお金をいただいてきました。
それも本当にありがたい経験でした。
でも、
この300円は少し違いました。
自分から売り込んだわけではない。
お願いしたわけでもない。
ただ、
心から誰かの力になりたいと思って
書いた言葉を、
必要としてくれた誰かが見つけてくれた。
そのことがとても嬉しかったのです。
そして私は、
その時初めて思いました。
「ああ、今の私でも価値があったんだ」
と。
何かを達成した私じゃなくていい。
無理をしている私じゃなくていい。
遠回りしてきた経験も、
うまくできなかった過去も、
全部含めて誰かの役に立てるんだ。
その300円は、
私にとって金額以上の意味を
持っていました。
あの日の購入通知は、
誰かに認めてもらえた瞬間というより、
私自身が自分を認められた瞬間
だったのかもしれません。
そしてもうひとつ、
気づいたことがありました。
最初の有料記事が思っていた以上に
早く届いたのは、
これまでビジネスを学び、
実践してきた経験があったからだと思います。
媒体は違っても、
「必要な人に届ける」
という本質は同じでした。
だったら、
その方法もまた言葉にできるかもしれない。
そう思って書いた記事は、
たくさんの方に
読んでいただくことになりました。
そこから少しずつ、
「教えてほしい」
という声もいただくようになりました。
私は売り込んだわけではありません。
ただ、
目の前の人の力になれたらと
思っていただけでした。
気づけば、
相談やサポートという形が
自然に生まれていました。
さらにもうひとつ、
私には大きな転機がありました。
それは、
父の本を出版したことです。
父は長年、
不動産業をしています。
以前からよく、
「宅建を取ったのに、
その先どうしたらいいかわからない人は
多いと思う」
と話していました。
私はその話を聞くたびに、
「それなら教えてあげたらいいのに」
と言っていました。
でも父は忙しく、
自分の仕事で手一杯でした。
人のために何かをしたい気持ちはあっても、
形にする余裕がなかったのです。
そして私自身も、
当時は別の仕事に追われていました。
だからその話は、
何年も雑談のまま終わっていました。
ところが、
私が仕事を手放し、
少しずつ心の余裕を取り戻していた頃、
ふとその言葉を思い出したのです。
もしかしたら今なら、
私が手伝えるかもしれない。
そう思いました。
そこで父のnoteアカウントを預かり、
記事を書くことにしました。
まずは父へのヒアリングから始めました。
父は経験も知識も豊富です。
でも、
本人にとっては当たり前すぎて、
どこが大事なのかわからなくなっていました。
だから私は、
質問をたくさんしました。
これから始める人なら何を知りたいだろう。
どこでつまずくだろう。
どんな不安があるだろう。
そんなことを考えながら、
話を聞いていきました。
すると父も、
「なるほどなぁ」
と驚いていました。
教える側からは見えていなかった視点に、
気づいていったのです。
私は不動産の知識はありません。
でも、
わからない人の気持ちはわかります。
だからこそ、
書けた内容があったのだと思います。
そうして記事を形にしていくと、
少しずつ購入してくださる方が現れました。
その様子を見た父が、
ある日ぽつりと言いました。
「ほんとにプロだね」
と。
私はそれまで、
ビジネスコンサルとして活動してきました。
でも、
父からそんな言葉をもらったのは
初めてでした。
その言葉が、
とても嬉しかったのを覚えています。
そして本が完成した日。
父は子どものように喜んでいました。
何度もページをめくりながら、
嬉しそうに眺めていました。
その姿を見た時、
私はようやく気づきました。
私は本を書いたのではなく、
父がずっと心の中で温めていた想いを
形にしたかったのだと。
そして同時に、
「私も今なら書いていいのかもしれない」
と思いました。
私は以前、
自分の本を作ろうとして
途中で止まってしまったことがあります。
忙しさを理由に、
いつしか諦めていました。
でも、
誰かの夢を形にした経験が、
今度は自分の夢を信じる力に
なっていました。
父の本は、
ただ一冊の本ではありませんでした。
私にとっては、
もう一度自分の人生を動かし始める
きっかけだったのです。
気づけば私は、
「書けなかった人」ではなく、
「書けるようになっていた人」に
なっていました。
そして、
比べることをやめていくほどに、
少しずつ見える世界が変わっていきました。
収入の大小ではなく、
誰と比べるかでもなく、
どんな気持ちで日々を過ごせるか。
その方が、
ずっと大切だと思うようになりました。
今の私は、
以前より収入は少ないかもしれません。
それでも不思議と焦りはありません。
それよりも、
静かな安心があります。
人から見たら、
なんでもない毎日かもしれません。
でも今の私は知っています。
私がずっと探していた豊かさは、
もっと遠くにあるものでは
なかったということを。
もっと頑張った先でも、
もっと成功した先でも、
もっと認められた先でもありませんでした。
豊かさは、
誰かに勝つことでも、
何かを手に入れることでもなく、
すでにある大切なものに気づくことでした。
人と比べるのをやめた時、
豊かさは突然やってきたのではありません。
最初から、
ずっとそこにあったのです。
ただ、
私が気づいていなかっただけでした。
もし今、
何かが足りないと感じているなら、
少しだけ立ち止まってみても
いいのかもしれません。
豊かさは、
遠くにある未来ではなく、
案外すぐそばにあるのかもしれません。
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