成田空港の第2~第1ターミナル間で『なんちゃって区間新記録』を達成した話。
成田空港の第2ターミナル駅前にあるチケット販売所。
目の前のカウンターで、ぽろりと表情が抜け落ちちゃったおばちゃんが碇ゲンドウみたいに手をついている。
私はその表情を見て、ひそかに絶望していた。
8時57分
つい10秒前、私のノンキな尋ね事と、搭乗予約の記載されたスマホの画面がこの人を碇ゲンドウにしてしまった。
『9時40分、福岡空港 行き』
これが「国際線のパリ行き」とかだったらおしゃれな感出たけど、福岡空港がまぎれもなく私の目的地。着飾らない国内線。
現在時刻は、8時57分。
尋ねたことは、とってもシンプル。
「この国内線の搭乗口は、ここからどう行けばいいでしょうか?」
受付のおばちゃんとはいままさに会話を開始したばかりだけど、その瞳はあらぬ方向をみてる。
その視線は背の低い私の、やや上っかわの後ろのほう。特に何があるわけでもないのに、おばちゃんは虚空をジッと見つめてた。
さらにいえば、柔和な笑顔を見せていたおばちゃんから表情を奪ったのは、ほかでもないこの私だ。
飛行機経験のまるでない初心者丸出しの私は「よし、余裕をもって到着してやったぞ」と、なぞに自信満々で構えていた。
しかし、間もなくしてこの見積もりは甘いにも程があると判明する。もはや糖尿病になりそうなレベルで甘すぎたことを、否応なく分からされようとしていた。
「あ~…うん、第一ターミナルだね…この便。受付は基本30分前だから、あと10分しかないんですけど、ここ、第二ターミナル、なのよね」
おばちゃんは虚空を見つめ続けていた。
同時に、隣の受付嬢さんも気の毒そうな顔を私に向けていた。
なんとなく、CV:立木文彦さんの「飛行機に乗れ、でなければ帰れ」セリフが脳内で聞こえた気がした。まったくの幻聴だけど。
というか、「飛行機にはもう乗れないので、帰るしかないかもね」と、CV:おばちゃんで宣告されるほうがよっぽど現実的だったかもしれない。
空港に詳しくない方向けに補足をすると、成田空港には第一から第三ターミナルまで存在している。国内、国際線の区分けや航空会社ごとといった単純な搭乗口の違いではあるが、空港自体が大規模なためそれぞれの区間も相応な縮尺になる。
なので電車の駅のホームやバス亭、みたいな次元で考えていると痛い目に合う。私のように
参考までに、「第一ターミナル」から「第二ターミナル」間の距離はおおよそ1km。

さらにいえば「エントランスtoエントランス」で「1km」なので、ただ到着するだけではアウト。ターミナル内に入り、林立する受付窓口の中からお目当ての空港会社と搭乗口を発見し、速やかに手続きを行わなくてはならない。
何よりも空港内の構造を完璧に把握して正しいルート取りができなければ、そもそも目星のターミナルにたどり着く、という前提すら成り立たない。
私が降り立っていたのは、お察しの通り「空港第2ビル駅」。
バリバリ第二ターミナル側の駅だった。
さらにいうと、バリバリの成田空港バージンでもあった。
「空港いうても、せいぜい渋谷とか新宿とかそれくらいの規模感でしょ~?」「案内辿ってけばどうにかなるでしょ!」
って、かんぜんに舐めてました。本当にすみませんでした。
つまり、私こと猫暮の置かれている状況は、
「9時10分」までに「予備知識も何もない」同然の状態でここ「第二ターミナル」から「1km以上」優に離れた「第一ターミナル」の「福岡空港行きの受付口」にたどり着かなければならない、
ということだった。
遠くを見つめるおばちゃんの言葉を反芻して、
あ、終わった。
ってなりました。
というかもうこの旅行計画を立てた段階で、既に終わってたんだなぁ、って後悔がドッと押し寄せました。
到着時刻も到着駅も、もうなんか全部”そもそも”って感じだった。
たとえ今から向かうにしたって、道も定かじゃないままバカでかい空港を駆けまわる度胸は持ち合わせてないし、なんなら私は大の方向音痴なんだぞ。どうせ第三ターミナルとか行っちゃうに決まってるんだ…!
ついでに走るのも遅いし、背中の総重量約4kgのリュックも、心なしか数字以上にズシリと重く感じる。
自然と、もう無理か、って諦めがつきはじめる。
そうすると逆に私の思考回路も振り替え便とか予約変更とかの方向性にちょっとづつ切り替わる。
このままおばちゃんと一緒に虚空を見つめながら、別口の案内をしてもらおうかな…。
正直めちゃくちゃ落ち込んだけれどなんとか気持ちを切り替えて、ガラガラのチケット案内所に居座ろうとした。
と、その時。
おばちゃんが、おもむろに碇ゲンドウのポーズを解除した。
次の瞬間、手元のラップトップを叩きながら話はじめた。
「…シャトルバスでますね、2分後。ココを出て右のエスカレータを上がって、8番乗車口のT1行きね。」
主語は何も言わなかったけれど、意図は明白だった。
これ、私の乗るべき搭乗口だ!
おばちゃんは虚空を見つめているわけじゃなかった。
その実、私の示した航空会社の搭乗口までの経路を、脳内で真剣にシュミレートしてくれていたのだ。
おばちゃんは諦めてなんかいなかった!
すべてを察した私は、その瞬間から(気持ちだけ)クラウチングスタートの体勢に入った。聞いたら即出発。とにかく余計なタイムロスを削って急ぐしかない。自分の中にふつふつと希望が湧きあがってくる。
だから半身になりながら、おばちゃんの話を全力で傾聴。
その状態のままちょっとづつ出口に向けて離れていく。
食い気味に話しを聞いてるのに体は物理的に離れていくという、あまりにツッコミどころ満載な光景。
でも、今は文字通り1分1秒無駄にはできない。
正直、半身のまま離れていくのだって、めっちゃ失礼な態度だって自覚はある。おばちゃんもそれは分かっているはず。だから失礼を承知で、無条件の信頼を置いた。
あと、おばちゃんとかいってごめんなさい。おばあさまって呼ばせてもらいたい。でもそれだと別の意味で失礼な気がしたので、やっぱりおばちゃんでいかせてください。
おばちゃんは、半身なことも離れていくことも気にしなかった。
それだけじゃない。
経路だけじゃなく、受付が間に合わない可能性まで考慮してくれた。
「オンライン受付は試しました?まだだったらやってみて。30分前なら大丈夫ですから。ピーチさんの公式。」
言葉はだんだん短く端的になり、反対に声量は大きくなる。
それもそう。こうして伝えている間にも私はどんどんカウンターから離れていってるから、物理的に大きい声ださないともう聞こえない位置関係なのだ。リアルタイムに斥力が発生してる私に向かって、おばちゃんは一言一句を漏らさず伝えようとしてくれた。
ちなみにこの案内所の中は、長蛇の列に耐えうるようそれなりに奥行がある。入口からカウンターまでは15メートルくらい。
最終的におばちゃんと私の間には小池知事も思わず眉を顰めちゃうくらいソーシャルなディスタンスが保たれていた。おおよそ日常会話ではありえない膨大なスペースが、おばちゃんと私の会話のためだけに拓かれていた。
おばちゃんに向けて「本当にありがとうございます!」と最大限のお礼を返す頃には、私の体は自動ドアをくぐって案内所のほぼ外。
はたから見たらホームの中心で感謝を叫んでるだけの不審者である。せめて世界の中心で愛を叫びたい人生だった。
人生でも稀に見るRTA(リアルタイムアタック)が、唐突に幕を開けた。
8時59分
(タイムリミットまで後11分)
おばちゃんと完全に視線が切れると、地上への出口となるエスカレータに目星をつけた。
『中央に乗ってくださーい』とさんざん口酸っぱく緘口令が敷かれているエスカレータさん。今回ばかりは申し訳ない。右側を全力で駆け抜けたい…!
追い越し車線はキレ―に閑古鳥が鳴いてた。関西出身の人が居たら厳しかったけど、運よく関東育ちの方だけだったみたい。ガッツリ空いてる右側をありがたく全力疾走させてもらった(※大変危険なので真似しないでください)。
長めのエスカレータの果て、左手側のガラス越しにバスのターミナルが見える。
視力の悪い目を凝らしながら、おばちゃんの提示してくれた番号を思い出す。「8番」。それも探すのは「出口」じゃなくて「乗車口」。言ってる場合じゃないけど。
正確には何番でもいい。目についたホームの番号さえあれば、そこから番号の並びでどっち方向に目当ての搭乗口があるか逆算できる。もしも、1番とかだったら少し覚悟が必要かもしれない。
でも運がいいことに、8番はちょうど駅出口の真ん前だった。イイ感じに減速しながら、重そうなトランクに四苦八苦している旅行者たちを待ってから乗車した。
『T2➡T1』って表記が見慣れなさ過ぎて、しっかり運転手さんにも「第一ターミナル行きですよね?」って確認を取って腰を据えた。こと、こういう方向系に関してはあんまり自分のことを信用しないことにした。ことことこと。
9時02分
(タイムリミットまで後8分)
シャトルバスが出発してすぐに(あ、Suicaかざしてないじゃん!)とかいう心配が湧いて出る。
だけど2秒くらいで(いや、シャトルバスやこれ!いらへんよ!何言うとんねん!)って激しめの自己ツッコミで平静を取り戻した。いや、ぶっちゃけかなり焦りまくってて気が気じゃなかった。
焦りながらも、乗車口のド真ん前に陣取る。
到着したらすぐさまイヤッフー!しなきゃいけない。焦りに対して、意外にも思考回路はRTA走者のそれになってた。
バスで揺られている間に、おばちゃんの言葉を思い出す。
そうだ、オンライン搭乗手続きができないか試さねば。
スマホを取り出して、peach航空会社のアプリをダウンロードを開始…したけど、月末の通信制限にひっかかっていたので亀みたいな遅さだった。この一ヶ月で何をそんなに使ってんねん私よ。今以上にパケットが大事な瞬間なんてなかろうが!頭の中で過去の私をポカポカ叩いてた。
とりあえず、進捗のパーセンテージをじっと見守る。
…いや、ぜったい無理だこれ。信じられんくらい遅かった。1分で3%くらいしか進んでない。ダウンロード終わったころには飛行機空の上やん。本末転倒がすぎる。
大人しくスマホをポケットにしまい、覚悟を決める。
こうなったら直接手続きしかない。
全力疾走、からのスタッフさん凸だ。
専用機によるチケット発券すらも選択肢から省く。
最もクラシカルで最も伝統的な方法しか、私には残されていない。
この際だから、恥も外面シャトルバスの中に置いておくことにした。ガッデム。
到着直前、心の中で3カウントを取る。
2、と、1、の間で(気持ち)アクセルを踏んでおいた。ヒゥ…ウィー…
9時08分
(タイムリミットまで後2分)
念願だった第一ターミナル到着と、同時にロケットスタートを切りだす。
脳内マリオカートを忠実に再現しながら、成田空港サーキット第一関門、自動ドアに飛び込んだ。
すると予想に反して国際的な空気感エントランスが目の前に広がる。並んだカウンタースタッフさんも、バラエティ豊かな国籍がうかがえる。あれ、第一ターミナルって国内線オンリーなイメージだったけれど、意外とそうでもないのかしら?
や、やばいあと2分しかない。
私にとってはこの状況は致命的だった。
とりあえず国内線ってどこだ!?
目の前のカウンターにいる明らかに国際線対応向けの空港員さんに、すみません!と飛びつく。
一瞬凄いびっくりされたけど、気にしてる場合じゃない。
最短で聞いて、最短でいかねば。
息を何とか整え、頭の混乱も収めながら、尋ねた。
「国内線!ピーチ!福岡!って、こっち?!(左側の通路を差しながら)」
日本人なのにすっごい怪しい日本語。
ぜんぜんまだ混乱してた。
ここが国際線の対応窓口で良かった。
「LCCの福岡行きですね。そちらを奥まで進んで頂いたところです」
不思議そうな顔をされながらも、私よりよっぽど饒舌な日本語を返してくれたアジアンビューティネキに感謝しながら一目散にかけていった。
一目散、ってこの文脈だと不適当かもしれないけれど、己の日本語を恥じて駆け出した側面もあるので一部あってると思う。顔アッツ。
奥に進むと、映画やドラマでしか見かけたことのなかった広い空間に出る。ターミナルだ。
念願の、第一ターミナルだ!
思わずテンションがあがって「広ッ」とか大きめの独り言を漏らしながら、全力で駆けていく。縦長のターミナルがおあつらえ向きな国体のトラックに見えてきた。ぜんぜん選手とかじゃないけど走らねばならぬのよ…!
今この瞬間、第一ターミナルを走ってるのは私ただ一人。
道行く人たちのグローバルな視線がとにかく体の色んなとこに刺さったが、脳内で映画のワンシーンを変換して力に変えた。
今の私は「ターミナル」に出演している時の若かりし「トム・ハンクス」、あるいはそのヒロイン役を務めた「キャサリン・ゼタ・ジョーンズ」よ。コートをバサバサとはためかせながら、第一ターミナル初日にして端から端まで完全制覇してやった気分。
実際はただの「空港を駆ける変人」である。
そうして不穏な風になっている間にも、審判の時はやってきた。
9時 ??分
(タイムリミットまで後…?)
左手側、エスカレータの搭乗口の脇に、桃色の特徴的な装置が見えてきた。
(あ、Peachの発券機だ!)
やった、着いた!
第2ビル駅のおばちゃん!
私、ついにたどり着いたよ!
そうして券売機の反対側に位置する窓口に駆け込んだ。
まだ安心はできない。タッチの差でダメ、という可能性もある。無我夢中で走ってきたターミナル内。時間を確認する余裕もなかった。
だから、もう祈るような気持ちでベルトパーテーションを調整しているスタッフさんへ話しかけた。
「すみません!9時40分福岡行き、なんですが…!?」
「はい。福岡行ですね~。どうぞこちらの列にお並びくださ~い」
そのまま列に通される。
なんか、ふっつうに受付してもらえた。
え、よかった。
よかったけど、え、そんなに余裕な感じだったんだろうか。
あ、もしかしたらこの土壇場で、とんでもないスピードを発揮したのかもしれない。
やるじゃん私。
とりあえず、安堵しながらもスマホを確認する。
9時15分
あっれぇ~??
なんか全然オーバーしてるんだけど。
え、ターミナルでだいぶ長いこと風やってんじゃん私。
風、というか、そういう早いやつじゃなくて、ほんのそよ風くらいの速度だったんだろうか…。
扇風機でたまにある「弱」と「止」の間くらいの風量。
たぶん「微」とか。
別にぜんぜん早いわけじゃなくて、ちょっとメゲル。足おっそいんだな私って…。
にしても、受付してもらえたのは嬉しいけれど、タイムリミットをそれなり過ぎてるよね…。いいんだろうか?
そういう心配が先にきてしまう。
結果からいうと「福岡空港行き:9時40分」の便が発進したのは「9時55分」。少し遅延したんです。
どうも当日乗機予定だった海外の団体さんが、荷物検査前でうっかり待ちぼうけてしまったらしく、それに合わせてか発着も緩やかな感じになっていた。私にとっては渡りに船。というか渡りに飛行機。窮地を救われた気分。
さらに少しして「姿の見えないお客様は空港内のアナウンスでもろに呼び出される」という事実も知りました。
いい年した迷子として人々の記憶に残る、という不名誉もあやういところで回避できたので、本当に、本当によかった。
もし、ターミナル内で風になっている瞬間そんなものが掛かったら(…今のアナウンス、100%コイツのことやん)って衆目に晒されること間違いなしです。ひえええ。
ということで、人生でも初となった一人飛行機体験は、ぎりぎりところで何とか成功におさまりました。
いや本当にギリギリ。つくづく詰めが甘いな私。これから新しいことやる時は慣れてる方に聞いとこうと思いました。
良い子のみんなは、友人に聞いたり、ちゃんとググったりしてから飛行機に乗りましょう…!AIでもいいよ…!✈
さもないと私みたいに区間新記録に挑戦することになっちゃうかもよ!
🏅区間タイム
『成田空港第一ターミナル』~『成田空港第二ターミナル』
(peach福岡空港搭乗口)~(空港第2ビル駅:地下案内所)
猫暮てねこ Record:約16分!
よだん。の映画紹介ゾーン🎬
と、こんな感じでハラハラした飛行機体験でしたが、不思議と私の脳内には飛行機にまつわる映画がいくつか浮かんでました。
私自身が来たことはほとんどないターミナルという空間ですが、最初にパッと飛び出したとき「わっ、懐かしい!」って思ってしまったんです。
それに「これこれ~、これが空港のターミナルだよね!」なんていう、え、そもそも旅行とかめったに行かないあなたが?って感想まで浮かんできちゃうほど。奇妙ですよね。
今回の記事の中でも登場したトム・ハンクス主演の「ターミナル」なんかは真っ先に浮かびました。
国籍を失いホームレスならぬカントリーレスになった男の空港暮らしは、空港を身近なモノに感じさせてくれる最高の映画。今回トムになったつもりで空港を走ってました。

孤独なリストラ屋がマイルをため続ける、ビターテイストの大人作品。
ジョージ・クルーニー主演「マイレージ・マイライフ」。
ライフステージや環境が変わるたび、観なおしたくなるこの映画なんかも浮かんでました。これはターミナルの次かな?
一周回って現代人にもグサッと刺さるんじゃないだろうか!

本格派密室サスペンス「フライト・ゲーム」なんかもパット思い出しました。「ド派手な舞台装置としての飛行機」にフォーカスしたアジのある作品。特に「機内トイレ」での仕掛けが面白かった…!(正直、搭乗前に思い出す映画ではない…!)

他にも、パイロット詐欺師の若き逃避行を描いたノンフィクション映画「キャッチ・イフ・ユーキャン」や

大の実話好きで有名なクリント・イーストウッド監督によって再現された、ニューヨーク・ラガーディア空港の着水事故「ハドソン川の奇跡」(洋題は『SULLY』だった気がする)も猫暮的映画史に残る傑作でした。
こういう実話系の題材になりやすい気がする!

…で、いまちょっと思い返してて気づいたんですが、この飛行機に関する映画5本中3本にトム・ハンクスが主演クラスで関わってるんですよね。
え、何その飛行機モノの時の採用率。
ただ飛行機の映画あげてるだけでなんか私がトム・ハンクスの大ファンみたいに見えちゃうのちょっと面白いと思いました🐈
ふつうに好きだけどね!
あともう一個めっちゃちなみになんですが、本記事のサムネ画像は「羽田空港」のです。なんでやねん。
