ヴァニティの終宙旅行 その2
前回の旅路
2.『あなたのストレングス適性は…』
「ご乗艦の皆様へご連絡申し上げます。ただいま恒星間移民船『白鯨』はモビィ・ターミナルに到着いたしました。降艦手続きをご希望の方は、エントランスまでお越しの上、お近くのかかりつけ員までお声かけください。なお、当艦は1か月ほどターミナルへ停泊いたします。引き続き乗艦をご希望の方は、お手持ちのIDにて居住区エリアの施設等ご利用いただけますので、どうぞ心行くまでおくつろぎくださいませ。長らくの旅程、お疲れ様でございました。今後とも、皆様のよき旅路を、乗務員一同、心より願っております」
艦内に響いていたアナウンスとともに体にまとわりついていたわずかな浮遊感が抜け落ちた。生まれたときから親しんでいたはずの重力が、気だるげに自分へとのしかかっている。
1か月の旅程を終えて、白鯨は恒星間中央交通局が保有しているモビィ・ターミナルへたどり着いた。人工衛星のようなターミナルの一部に鹵獲された白鯨は、想像できないほど巨大な規模で連結していた。
しかし、惑星ほどの規模を持つターミナルと白鯨のドッキングにはまるで現実感がなく、AIの稼働制御の元に行われたと説明なされたとしても、まるで絵空事にしか感じられなかった。
ここは本当に宇宙なのだろうか。もしかしたら窓の外に投影されている景色も、解像度を極限まで引き延ばしたフェイク映像なのではないだろうか。そんな疑念が頭をよぎるも、考えても意味のないことだと、すぐにその思考を手放した。
メリッサからナビゲーションに連絡が入っている。
「エントランス第13区画で待ち合わせね。ヒロキの居住区から一番近いところだから。迷わないでよ」
端的なメッセージウィンドウがホログラムで立体化された。「了解」とぶっきらぼうに音声入力で返答すると、閉じられたウィンドウの後ろに隠れたもう1つの画面が露わになる。ウィンドウのヘッドラインには「あなたのストレングス適性は…」と表示され、そのあとになぞらえた文章がただただ無機質に映し出されていた。
ストレングス適性とは、端的に言えば自分が活動するにあたってどんな仕事や職業、もしくは創作活動に適合するかといった診断テストのようなものだ。すべての判定基準はAIの中央統制機構によって高度にブラックボックス化されているから、人間である俺たちにはその内容も真意も分からない。だが、結果として「俺への適性は何一つなかった」という事実を、『D』の文字を羅列した無為なリストが物語っている。
そんな人間がいるのかと思わずこぼすと、それを質問だと認識したナビゲーションがまるで人間のような情緒で返答を模倣し始める。
「―――こういった結果には前例がありません、なんらかのエラーや不具合が発生している可能性があると愚考いたします。管理局に当該メッセージとエラーの可否について確認を進めますので、今しばらく時間をください。――ヒロキ様、どうか結果を鵜呑みになさらぬよう、お願いいたします。かならず、あなたにとっての適性値が存在するはずなのです」
そういってバックグラウンドプログラムの動作を示すログが出力されはじめるが、俺にとってはどれも意味のないモノだった。AI同士が記号的に処理しやすいよう遺すアセンブリデータであって、人間が読み取れるようにはできていない。大方、エビデンスを内部的にまとめてストレングスプログラムの是非を問うようなメッセージを当局に投げているのだろう、と推測する。
その献身的なナビゲーションの働きには感心するし、これに依存してしまう人間もたくさんいる。でも、俺はどうにもその心づかいが偽物くさく感じてしまい、心から納得も信頼もできない。まるでそういう人間がいてはならないと、AIが下手な倫理観を模倣しているように感じたからだった。
小型化の指示をしてナビゲーションを変形させる。不便なく携帯できるサイズになった端末をポケットに突っ込んで、目的のエントランスへと足を進めた。
ラウンジとは逆方向に向かい、艦外への案内に従っていくと一層広がった空間が現れる。ラウンジと違って窓もなく、寄木細工のパーツであしらわれた内装がやけに近未来的で、キレイに着飾った案内用AIたちがまばらに接客対応している。駅や空港のターミナルのように座席が豊富に用意され、座ったまま待ち合わせをしている人々も散見された。観葉植物や生垣なども周囲に設置されていて、うまく環境に調和していた。
開かれた空間からしばらく奥に進むと、透明で分厚いガラスで仕切られた検査エリアが見えてくる。さらにその奥には、複数の搭乗口が等間隔で並び、それぞれの前に大勢の人が列をなしていた。ドッキング部へと直結したそれら搭乗口の先は、巨大なモビィ・ターミナルへと通じている。上部には巨大なデジタルスクリーンが設置されていて、デジタル調のフォントで「13」と表示されていた。
「また一段と辛気臭い顔をしちゃって、今度は何を調べたの」
横合いから現れたメリッサから開口一番にそんなことを告げられる。
「ほっとけ。もともとこういう顔なんだよ」
軽口をたたきながらも微笑の一つも浮かべられなかった。だんまりしたまま、ナビゲーションを展開しメッセージの転送を指示する。直後にメリッサのナビゲーションから反応が漏れた。彼女がポケットからナビゲーションを展開すると、そこに表示されているだろう内容をまじまじと見つめた。
端末は物質的な外枠フレームを除けば、厚さがほぼない薄青色のフラットスクリーンで構成されている。やや彼女の視線の斜め下に展開されているスクリーンを覗き見ることはできないが、徐々に曇っていくメリッサの表情を見れば、俺の想定した通りの内容が表示されていることは明白だった。
「今度はストレングス適性ね…地球にいた時も、同じようなのやってなかったっけ」
「――ああ、やったな。相当生きにくそうですねあなた、なんてアドバイザーから言われたよ。そのあともいろいろあーだこーだ言われてたけど、結局いまの俺はなにも変わってねぇな」
「意固地なとこはほんと変わんないよね。まぁでも、この結果はさすがにエラーだと思うから、ちょっと返答待ってみたらいいと思う。さすがに全部Dってふざけてる」
「…はっ、案外、間違ってないかもよ」
「ちょっと、冗談でもそんなこといわない!」
そういってバシッと肩を叩かれた。結構本気で発言したことだったが、活発なこいつには分からないだろう。
『白鯨』で過ごした1か月のうち、メリッサとはよく話した。ラウンジの施設は飽きさせないだけの種類が揃えられていて、IDがあればどれも気兼ねなく利用できた。だけどどれも地球にいた頃の焼き増しのようで、絢爛さとか豪華さとか物珍しさが増しただけで、相変わらずの虚栄心ばかりが自分の中に響き続けた。
メリッサはよく希望を口にした。人類の偉大な発展だとか、この移民船に乗れていることの運の良さだとか、まだ見ぬ惑星への期待だとか、とにかく未来の話をするのが彼女は大好きに思える。メリッサの受けた適性テストの話も聞いた。
はじめこそ「ええ、ヒロキの前でその話題口にするのって、なんか私最悪な人にならない…?」とかよく分からない前置きを入れていたが、俺が構わないと念を押すと観念したように話した。
彼女は平均的ながらも、どんな道でも卒なく選択できるような未来が提示されていた。大きく落ち込んだものもないが、それほど秀でたものもない、と努めて明るい口調で語った。ユーザビリティも”可”の判定だったという。なぜメリッサが段階設定を漢字表記にしているか不思議だったが「ヒロキだって日系なのにアルファベット表記にしてるじゃん」と返されて「…たしかに」と納得せざるを得なかった。
メリッサがナビゲーションを閉じると、俺に向かってわくわくした様子で聞いてきた。
「じゃあ、そろそろターミナル行く?」
「そんなにワクワクするもんかねぇ」
「えー、だって新しいターミナルじゃん。そりゃ気になるよ」
「ここまで色んなターミナル見てきたけどさ、対して内装変わらなかっただろ。ってかさっきホロで調べた外見だって、他のターミナルとほぼ一緒だったしな。目新しさも何もないだろ」
「まぁそりゃそうなんだけど、乗ってる人が違うんだよ。そこでいろんな話聞けるし、他の移民船とか、出身とか、どういうルートでこのターミナルに着いたのかとか!」
「そこまで他人に興味もてりゃどこでもやってけるさ」
「なによそれ。ヒロキは他人に興味もたなさすぎ!」
「どうせ他の船に乗り継ぐまでの短い間だろ。目的の惑星についてからの長い時間に比べりゃ、ほんのちょっとだよ」
「そうだけど、こんな広い宇宙ですれ違ったんだよ。奇跡みたいな出逢いじゃない?」
「地球でだって大差ないさ」
感情的な表情を浮かべるメリッサに反して、俺はどこまでも冷徹だった。それに、どれだけ本心を紐解いたって、あの搭乗口の奥には興味がわかない。この1か月到着を待ち望んでいたわけでもなく、ただ揺られるままに来ていただけだ。俺自身の本心だって宙ぶらりんなままだった。
「――じゃあ、ヒロキはどうするの?」
「しばらく、白鯨に残る。…ラウンジもまだ回り切れてないしな」
とってつけたような言い訳にラウンジを挙げたが、もうそこにすら興味はなかった。確約された個人部屋とベッドの感触だけが恋しかった。ただ、一つ本音を挙げるとすれば、あの巨大な窓から広がる宇宙の光景を、独り占めしてみたいという欲求はなんとなくあった。
「そう、じゃわたしは先いってるから。どうせ3か月くらいは滞在する予定だし、ヒロキが白鯨からとぼとぼ出てくるのを迎えに来てあげる。また連絡ちょうだいね」
「なんでとぼとぼしてんだよ俺。ああ、またな」
そういってメリッサは近くの乗務員に声をかけて本人確認とIDの返却作業を行う。AIに案内されて巨大な「13」の下へと向かっていく途中、こちらを振りかえって大きく手を振った。俺もそれに気づいたが、手を振り返すのはやめた。調子よく合わせた「またな」だって言葉にも本心が乗っているかは怪しい。
ラウンジで彼女と話し続けた「ありのままでいる」って約束を忠実に守った結果、そんな選択になった。
搭乗口に吸い込まれたメリッサ。後ろから見たその金色のロングヘアは、どうにも人間離れしているように思えた。それを見送って俺は居住区へと引き返した。
最低限視界が保てる明るさと足元の案内灯によって導かれたラウンジの上階層は、シンと静まり返っている。残る人はほとんどいない。コールドスリープから目覚めた人はいの一番にターミナルへ降り立つし、逆に眠らなかった人達は変わらない艦内の風景に若干の飽きが生じてターミナルへ飛び出していくだろう。
だだっ広い空間に人の気配はほとんどない。窓の外に広がる宇宙が、ぼんやりと光る街中を包み込んでいた。光源の消えた艦内から眺める宇宙は、平時のそれと異なり星の瞬きが幾重に連なっていて、黒というよりも輝かしい虹の連鎖のように見えた。ターミナルに着艦したとはいえ、『白鯨』の後尾に位置するこのラウンジから見える宇宙に曇りはなかった。どこか、似ても似つかないはずの故郷の海を思い出していた。
そういえば、故郷の海はどんな様子だったろうか。ただただ灯台からの明かりが地平線に伸びては途中で立ち消えていた。汚染の進んだ地球の空には星の瞬きもないから、海がどこまでも暗く、深さすら分からない黒々とした水面が揺れている気配だけが、音を通してやっと伝わってくる。潮風と匂いが鼻腔を刺激して、確かな海の感触がすぐそばにあった。
一方で、目の前にあるはずの宇宙には一切の感触がなかった。音も匂いもない真空には実体がなく、ただ窓の向こうに広がる炸裂したような星々と、真夜中の海すらも及ばない深い黒のコントラストだけが唯一の所在だった。何にもなれない欠けたピースみたいな自分と同様に、宇宙に想いを馳せるには、ありとあらゆる構成物が足りなかった。目に見えるだけの宇宙もまた、漫然と感じる虚栄そのものなのだろうか。
なぜこんなことを考えているのか分からない。それでも、1か月前にメリッサと見た神秘的な光景に、何か思うところがあったのかもしれない。
変わらず連絡の届かないナビゲーションの存在も頭の片隅に放られて、スロープに寄りかかって窓の外の深淵を見つめていた。
未来も過去も今も、ありもしない虚栄も捨てて、ただ見つめていた。
俺が目にしているのは、現実なのか、それとも虚栄なのか。
何か一つでもいい、宇宙の感触が欲しかった。
その時、ナビゲーションに通知を知らせるバイブレーションが響く。ストレングス適性に関するアナウンスか、それともメリッサからのお節介な初報メッセージか。
暗い艦内の一部にぼんやりした青が灯る。
無人の宇宙に、ナビの読み上げ音声だけが響き渡った。
「この度は当艦『白鯨』をご利用いただき、誠にありがとうございます。突然のご案内申し訳ございません。こちらは限られた方、特にユーザビリティ指数、ストレングス適性で稀有なデータを算出させたヒロキ様に折り入って案内させていただく特別なメッセージとなっております。
『白鯨』と一体になることを目的とした、特殊選一プログラム『ピークォド』について、ヒロキ様はその参加権限を獲得いたしました。詳細につきましては資料を添付しております。艦内の落ち着かれる場所で、ゆっくりとお読み込みいただければ、幸いです。
何かご質問等ありましたら、専用チャネルを解放しておりますので、お気軽にメッセージをお送りください。それでは、良き旅路を」
つづく
