日記|図書館にみた『非日常』。
昼休憩。
すっかりご飯をかき込むだけの時間になってしまった気がする。
いつもと同じメニューを。舌をびっくりさせないように。
同僚に気を使いながら、10分ごとに時計を確認。
「さぁ行きましょう」
そこからは自席に向かって一直線。
短く、どこまでも有限なランチタイム。
ある日のこと。
「今日は用事があるの」と、ランチを飛び抜け昼下がり。
人生はじめての遠足のように、足取りが軽い。
待っているのは大冒険でもなんでもない。
市営の図書館に行きたいだけ。
でも私は、テーマパーク前で整理券を握りしめる子供みたいにワクワクしてた。
待望だった図書館は目の前。
足を踏み入れると、まずシンっと空気が冷えた。
子供の時、社会科見学で連れてこられた時の記憶から、なにも変わっていない。
レイアウトも、そこにある空気も。
ただただ静かで、ただただホッとした。
自分が何者であるか証明する必要もなく、スルッと入っていけた。
図書館には様々な人が居た。
入り口から近いところ。
一人用のソファで新聞を広げるスーツ姿の人たち。
深く腰掛け、一休みするように文庫本を読む人。
少し奥にいくと大きな4人がけの丸テーブル。
たくさん本を机に重ねて、無心に読む人。
何も持たず、テーブルに突っ伏して仮眠を取る人。
待ち人がいるのか、そわそわと周りを見渡して落ち着かない人。
さらに奥に足を踏み入れ、本棚たちとすれ違う。
ウィンドウショッピングを楽しむかのように、一定の歩幅で過ぎゆく人。
食い入るように一つの棚を見つめ、吟味する人。
目当てのジャンルをキョロキョロと、首を振りながら探しまわる人。
本棚たちの雑踏を抜けると、一面の長机。
その上に、一定の間隔で配置された仕切り板。
ピンと張り詰めた空気に、ひとつ音が加わった。
ノートにペンを走らせる音だ。
あちらこちらから、わずかに、でも耳を澄まさなくてもハッキリ聞こえる。
焦燥感を煽るかんじではない。
いろんなリズムで走り描かれる。
本との対話している音だ。
もの静かだが、それでいて雄弁なその音は、とても真摯で混じりっ気がない。
紙をめくる音も、どこか相槌のように聞こえてくる。
仕切り1つ越すごとに、その人と、その本の為だけの空間が切り抜かれていた。
元々は、目当ての本を見つけて、借りて帰るだけにしようと思っていた。
”外”は落ち着かない。
喧騒の中では、心が揺らいでどうしようもない。
私にとって”内”は”家”しかなかった。
しかし、ふと、”ここ”で読んでみたくなった。
借りる本に加えて、たまたま目についた本を手に取る。
空いている席を探し、目当ての場所に近づく。
イスを引いた時の「ギギッ」っという音に、一瞬たじろぐ。
サッと座って、一呼吸。
意を決して本を開く。
そこから本と私だけの対話が始まった。
ああ、そうか。
みんな、ここにいたのか。
机と仕切りで空間は区切られた、と思っていた。
しかし、さらにその内側にもレイヤーがあった。
時間も、人の目も、自分をしばりつける自分も、そこにはなかった。
わたしも、この図書館の一部となった。
しばらくして、我に帰ったかのように時計を見やる。
さすがに愛猫の事が頭をよぎり、切り上げることにした。
慣れないことをしたからか、やはり家で読むより疲れた。
過集中によるものなのか、”外”で読んでしまった反動なのか。
静寂は、毒にも薬にもなる。
私は、外の喧騒に慣れすぎてしまった。
ここの空気は、私にとって”非日常”なのだと気づいた。
しかし憧れる。
もしもここを”日常”にできたならば、心ゆくまで本と対話を続けられる。
少しづつ、少しづつ。
ここの空気に慣れていきたい。何事も経験。
ゆったりとした、でも忙しそうな司書さんに声をかける。
目当ての本を借りて、出口を進む。
”図書館”と”外”との隔たりと越えると、喧騒が戻ってきた。
その当たり前の雑音に、どこか安心してしまった。
日常生活ですっかり喧騒に慣れてしまった体に、ちょっと愛想をつかしそうだった。
帰りにミスター・ドーナツに寄った。
お気に入りのエンゼル・フレンチを買っている時、
立派な白髪と今どき珍しいモノクルを付けた男性が、カウンター席で何かを一心不乱に書きなぐっていた。
興味本位で、手元を覗いてしまった。
そこには、おびただしい量の数式が紡がれていた。
わたしには理数系の脳はない。
しかしそんな私でも、世にでていない解を探し求める数学者だと気づいた。
自分が何者かを理解した先に、その人だけの静寂が待っている。
図書館には、机と仕切り、そして対話の相手である本があって、やっと空間が切り取れた。
己の命題に立ち向かっている目の前の彼は、
この喧騒の中にあってなお、どれだけ深い空間の中にいるのだろう。
私のように物珍しさに負けて、何十、何百人もが彼の手元を覗いたに違いない。
それでも彼の空間には、きっと誰一人…。
平日の昼下がり。
傍からみれば、取るに足らない小さな発見。
わたしの心は大きく揺れた。
まだまだ学びの旅は続いていく。
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