【3分小説】 あなたに花束を
カーテンから漏れる太陽の光が罪悪感を照らしているようで、寝返りを打ってカーテンから背を向けた。圭太はベッドの上で手を伸ばしスマートフォンを探した。
3ヶ月ぶりの休み。形式上は休みが設けられていたものの、休みの日も家で仕事をしていた。メモアプリに埋まるタスク。自分の仕事を細分化して厳密に管理し、後輩へのフォローアップまで自分のタスクに詰め込んだ。通勤時間はニュースアプリで知識を詰め込んだり、聴く読書で自己啓発本を聴いたり。2倍速で。別に疲れは感じなかった。「意外とイケるじゃん」と栄養補助食品をかじりながら感じていたくらいだ。
すべての仕事がちょうど切り良く片付いた。昨日は6時起床、1時間ランニング、カフェで朝ごはん、部屋の片付け、資格の勉強、夕飯を作る、読書…とタスクを入れていたものの、起きたら昼の12時半だった。午後の予定である資格の勉強から始めることもできるが、100が99になってしまうだけで全てのやる気がなくなってしまう。100が99になっただけなのに、自分で13ぐらいまでメチャクチャにしたくなる。
(だる…)
SNSを開いてタイムラインをスクロールした。20代後半、地元の友だちは家庭を持ち始めている。結婚した、家を買った、子どもが生まれたなどなど。東京にいる同期は日比谷でディナー、週末は田舎でグランピング、趣味のイベントなどなど。
いつもなら「俺は何をあげるかな」と考えるのに今日は何となく適当にスクロールしてスマホを裏返した。
(腹減ったな…)
起き上がって適当に顔を洗って、適当に歯を磨く。いつもは髪型も整えるが今日は何もしないでパーカーとチノパンを身に付けた。
駅前で適当に何か食べよう、そう思って家に出て鍵をかける。隣の人が玄関でゴソゴソする音が聞こえたので、素早く階段を降りた。笑顔で挨拶するのがめんどくさい。
駅に行こうと思っていたが、何となく反対の道を進んでみたくなった。いつも最短ルートを選んで、その場でできる限り高速なスピードで歩いていたが、今日は寝坊した時点で何もかもやる気がない。どうせなら今日を0点まで破壊してやろう。
この街には2年ほど住んでいるが、近所の道でさえ一度も通ったことがない道があるなんて。いかに自分が家と会社を往復するロボットであったのか思い知る。道を歩いているときでさえ何かを吸収しようと、イヤホンから何かを聴いたり、スマホをスクロールしたりしていた。
ガラガラ
ボーッと歩いていると、突然ドアが開く音がした。大通りから伸びる小さな道路に面した花屋だった。こんなところに花屋があるのも知らなかった。
古びた外装でガーベラや菊、ユリなどが控えめに並べられており、お世辞にもおしゃれとは言えない。花の匂いよりもお線香の匂いが強かった。おばあちゃんの家の匂いがする。プリザーブドフラワーとかオレンジの薔薇とか、ダリアとか、スモークツリーとか映える花束が買えるような花屋とは程遠い。
「あらっ」
腰が曲がったおばあさんが大きな目を開ける。普段だったら素通りするような量産型おばあさんだが、なぜか今日は「どうも」と挨拶をしてしまった。
「こんな素敵なお兄さんが来るなんてねえ」
量産型おばあさんがニコニコと言う。髪は白髪で顔もしわくちゃだが、なぜかその笑顔が今日は胸に刺さった。おばあさんが自分を客だと勘違いしたことを一瞬で理解した圭太は、思い切って客になることに決める。
「キクエちゃあん、ちょっとお〜」
おばあさんが店の奥に向かって声をかける。店の中を覗くと、自宅兼花屋になっているようだ。領収書や封筒がクリップに束ねられ壁に何個もつるされている。カレンダーの横には孫と思われる女の子の写真が飾ってあった。壁に備え付けられている電話には孫が貼ったのだろうか、シールがベタベタと貼られていた。
「はいはい、いらっしゃいませ」
量産型おばあさんがもう一人出てきた。特に特徴はない。敢えて言うならば、このおばあさん、キクエさん?のほうがほんの少し若そうだが、よく分からない。どちらも判で押したような量産型おばあさんに見える。
「あらっ!」
キクエさんが圭太を見て声を上げる。
「こんな若いお兄さんが!あらあら!!」
こっちが恥ずかしくなるくらい感動している。よく見ると店内の床には枯れた花びらだのリボンの切れ端だの、何だかよく分からない紙屑だのが散らばっており、お世辞にもきれいとは言えない。
(とりあえず何か買うか…)
ここまで来たら何か買わないといけない気がしてきた。店内を眺めるものの、平凡な花しか置いていない。花なんて買っても飾る場所もないし、普通の花すぎて彼女のエマにあげるのもダサい。
「あの…これは1本いくらですか?」
適当に目の前の花を指差して言った。花には値段が書いていない。適当な花屋だ。
「これ?これはね、100円」
「100円!?」
いつもエマに花を買う駅中の花屋だったら1本500円くらいする。
「じゃあ、これを5本ください」
「はいはい、5本ね」
キクエさんと呼ばれたおばあさんが、サンダルを突っかけて自宅部分から降りてきた。キクエさんの白髪頭は、10年前に亡くなったおばあちゃんを思い起こさせた。おばあちゃんもこんな割烹着を着てたな。
「若くていいねえ〜」
キクエさんではないおばあさんがアルミホイルを切りながら圭太に声をかける。
「はあ…あはは」
とりあえずニコニコする。
「でもお兄さんも、いつかはジジイになるんだよ」
量産型おばあさんに、よく分からない脅され方をする。
「そうですね…はは、がんばります」
何を頑張るのは分からないが適当にやり過ごす。
「私はねえ、でずにーらんどにも行けないの」
キクエさんが花の茎をぶちぶち切りながら唐突に告白する。駅中のおしゃれな花屋なら「長さどうされますか?」と茎の長さを尋ねたり「プレゼント用ですか?ご自宅用ですか?」と尋ねたりしてくるが、キクエさんはお構いなしに茎を切り続けている。切られた茎はあっちこっちに無造作に飛んで行った。
「今は機械でチケットも買うんでしょう?私は93歳だからそんなことできないの」
そもそも93歳のおばあさんがディズニーランドに行きたいのか?という疑問が残るが、そこは何も言わずに頷いておく。
「私はねえ、昔の万博にミニスカートで行ったのよ」
話が全く分からない。何でこんな非生産的な会話を繰り返すのか?意味が分からない。
「私はねえ、昔ねえ、太陽デパートのエスカレーターが珍しくて何度も乗って、係の人にねえ、止められたよ」
「あははははは」
二人のおばさんが謎のタイミングで爆笑した。
「私たちはねえ、年金が少なくて大変なのよお」
「あら、あの白いのなくなっちゃったんだわ」
話は相変わらず散らかり放題だが。
「ほら、きれいだよ」
キクエさんが花にかけられているビニールを外して圭太に見せた。最初は「普通のダサい花」だと思っていた花が命をふんわり広げた。外側から内側にかけてグラデーションになっており、花びら1枚1枚ピンと張っていた。心なしか駅中の花屋の花よりも元気なように見えた。
「ほんとだ…」
圭太は素直に答えた。そう言えば、子どもの頃、おばあちゃんも、庭に植えた紫陽花を切って活ける前に「ほら、きれいでしょ」とわざわざ見せてくれた。あのときはゲームに夢中で花の美しさなんてどうでも良く「ん」としか答えなかったが、おばあちゃんがいなくなってから、なぜかそのときのことが忘れられなくなった。
「おにいさんもねえ、元気で頑張ってねえ」
突然キクエさんじゃない方のおばあさんが言う。
「……」
元気で頑張って。なぜかその言葉が胸に響いた。
「そうそう、元気が1番だよ。こんな婆さんでも生きてんだから、おにいさんなんて余裕だよ。ああ疲れた」
キクエさんが花をビニールで巻きながら言う。昔おばあちゃんの家で見た、セロファンに模様がついたやつだった。こうやってじっくり見ると模様がレトロでいい感じだ。セロファンの模様替え太陽の光に当たってキラキラと虹色に光る。
「はい、500円です」
元気で頑張って。という言葉がまだ胸にこだましていたが、平然を装って小銭を出した。
「ありがとうございます」
この言葉は「元気で頑張って」に対して言ったつもりだったが、キクエさんは「リボンはおまけだからねえ」と笑っていた。
店の外に出て、とりあえず100メートルくらい前進する。不慣れな経験をしたので、自分を落ち着かせる。ふと止まって花束を見ると、茎はぐちゃぐちゃ、セロファンには他の花のものと思われる枯れた茎が何個もくっついていた。しかも5本で500円のはずだったのに、花が6本入っていた。
「仕事できねえ…」
(世の中こんなんでいいの?)そう思ったら笑えてきた。客の話を聞かない、好き勝手話す、オーダーをミスする、包装もぐじゃぐじゃ。自分がこんなレベルの仕事をしたら、1週間くらい落ち込みそうだ。
圭太は走って花屋に戻る。ガラガラとドアを開けると、キクエさんがテレビを観て爆笑していた。
「あの!」
キクエさんが「あら」と振り返る。
「これ!5本じゃなくて6本入ってます!だから!お金!」
100円を台の上に乗せた。キクエさんが立ち上がって花と100円を一つずつ確認して状況を理解する。
「いらない!」
キクエさんが100円を返してきた。
「いやいやいやいや!」
圭太も負けずに100円を押し返す。もう一人のおばあさんが顔を覗かせて来たところで圭太は「じゃあ!」と外に出た。
何でもない普通の花が太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。なんだか走り出したい気分だったが、それは1分1秒でも早く目的地に行きたいためではない。圭太が走るたびに花の茎が大きく揺れたが、健やかな茎はそれもものともせずに衝撃を受け入れていた。
30年代は20代の答え合わせなんだ。コツコツとスキルアップするヤツが最後には勝つ。シゴデキの要はバリバリ仕事してプライベートもゴリゴリ楽しむ体力。そんな誰が言ったか分からないSNSの言葉を信じ込んで、自分を追い込んできた。
「うそじゃん…」
また笑いが込み上げてくる。あのおばあさんたちは絶対スキルアップなんてしてないし、人生の答え合わせなんて興味なさそうだった。花束を一つ作っただけで疲れるくらいの体力だけど、幸せそうだった。そして何より、あそこの花はお世辞ではなくきれいだった。
圭太は駅ではなくコンビニに向かった。今日はカップラーメンでも適当に食えばいいや。「元気で頑張って」という言葉が心の中で光を放っていた。
この花束、誰にあげよう?エマに会うのは来週だし。まあいいや、頑張ってる自分へのご褒美ということにするか。はい、どうぞ。俺に花束。
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