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プロローグ:虚飾の舞台、幸福な剥製

一 予兆

画面の青白い光は、嘘をつかない。  
嘘をつくのは、いつだってその前に立つ
人間のほうだ。

佐藤くんは、今日もスマートフォンの中で
笑っていた。  
角度は少しだけ左。光は柔らかく。肌は均され、言葉は削られ、余計なものはすべて消されている。

投稿ボタンを押す前に、彼は一度だけ
過去の投稿を開く。  
伸びなかったものは消す。  
いいねが少ないものは、時間をずらして上げ
直す。  
友人の投稿が伸びていれば、その日は何も
上げない。

正解だけを並べていく。

僕はその笑顔を、雑誌でも眺めるみたいな
気軽さで見ていた。

深い。

褒めているわけじゃない。穴が、という意味だ。

どれだけ「いいね」を詰め込んでも
埋まらない種類の穴。  
拍手が鳴るたびに壁が薄くなり、歓声が上がる
たびに底が遠くなる。  
彼の瞳の奥には、そういう暗がりが、静かに口を開けている。

僕は指先ひとつで、そこに触れた。

深淵調律師(@Abyss_Tuner):  
その光、眩しすぎませんか。  
影が、泣いているように見えます。


送信して、紅茶を一口。温度はちょうどいい。

返信は、四分後に来た。


二 吐露

雨の夜だった。

名前も覚える気にならない小さなバーで、
佐藤くんはグラスを握りしめていた。  
待ち合わせより十五分早く来て、一杯目はもう
空いている。

「深淵さん……」

顔を見た瞬間、崩れた。

「僕、もう分からなくて。バズればバズるほど、自分が透明になる気がするんです。画面の中の
僕はあんなに笑ってるのに、現実の僕は——」

言葉が途切れる。雨音が、その隙間を埋めた。

……ただの、空っぽなんです

泣き方は綺麗じゃなかった。  
顔を歪めて、声を震わせて、今まで梱包してきたものを雑に押し出す。

承認欲求と、同じ温度の自己嫌悪。  
拍手が鳴るほど空洞が広がり、埋めようとして
また拍手を求める。

逃げ場はない。

あぁ。

その瞬間、僕の奥で音が鳴った。

鐘じゃない。  
ずれ続けていた弦が、ほんの一瞬だけ正しい音に触れたときの——あの、震えるような和音。

彼の背後に、見えた。

無数の鏡が並ぶ迷宮。  
どの鏡にも「正解の佐藤くん」が映っている。  
笑って、頷いて、光を受けて輝いて。

でもその中心で、どれにも映らない「本物」が、
静かに、美しく、剥がれていく。

完成予想図が、立ち上がる。

「佐藤くん」

冷たい手に、そっと触れる。  
指先が小さく震えた。

……昔、似たような夜があった気がする。  
誰かに見つけてほしくて、言葉を並べて、それでもどれも届かなかった夜。

思い出す前に、消す。

君はゴミなんかじゃない。ただ、まだ——
未完成なだけだ


彼は縋るように頷いた。

溺れる人間は、差し出された手が
何でできているかを確かめない。

「安心していい。僕が、君を完成させてあげる」


三 閉幕

廃劇場は、静かに腐っていた。

拍手の残骸。剥がれた壁紙。錆びた照明器具。  
誰にも覚えられていない栄光の死体が、
埃と沈黙の中で眠っている。

いい場所だ。ノイズがない。

まず、掃除をした。  
塵は偶然の産物で、偶然は純度を濁らせる。

床を拭き、椅子を整え、空間を整える。  
触れた場所だけが、少しずつ「意味のある空間」に変わっていく。

深夜零時。佐藤くんが来た。

「ここが……?」

「君が最後に立つ、最高の舞台だよ」

中央の椅子へ案内する。照明を落とし、
用意したモニターを一斉に起動させた。

青白い光が、闇に咲く。

映るのは——笑顔。
旅先の夕焼け。整えられた食事。  

彼が積み上げてきた「正解の自分」。  
承認の海で必死に浮かびながら撮り続けた、
無数の記録。

「見てごらん」

耳元で囁く。

「君を愛した“記号”たちが、最後まで
見守っている」

——その後のことは、語らない。



ただ一つだけ。

廃劇場を出る前、僕はモニターの端に妙な
映り込みを見た。  
見覚えのない顔。

——いや、違う。

それは、画面を覗き込んでいる“自分”の顔
だった。


四 出国

朝の光が、ラウンジに差し込んでいた。

シャンパンを傾けながら、画面を眺める。  
例の「事件」が、静かに広がっている。

事件、か。

完成した瞬間に、作品は手を離れる。  
あとは見る側の問題だ。

何を感じ、何に震え、何を恐れるか。

「……終わりだな」

泡が消える。

制作欲は、もう静かだ。  
燃え尽きではない。ただ、満ちている。

しばらくは休む。  
何も作らない。何も壊さない。

「さよなら、日本」

小さく呟いて、歩き出す。

——あなたは、まだ未完成か?

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