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売りものの薔薇では感じられなかったこと

【INNER BLOOM 001】

先日、友人が庭に咲いていた薔薇をブーケにして、手渡してくれました。

ふっくらと色づいた蕾、しなやかな茎のカーブ、花弁の重なりの可憐さ——

優美さと強さに加え、友人が持っている朗らかさとまっすぐなあたたかさが、薔薇の中に鮮度高く内包されているように感じ、幸せなきもちになりました。


13年ものあいだ薔薇のエネルギーに助けられて仕事をしてきた私ですが、実は薔薇に感動した体験は、これまでにたった一度だけでした。

それは、奥出雲の薔薇園を訪れたときのこと。

お世話になっている園主・福間さんが、ご自身で育てた薔薇を一輪、手折って差し出してくださった時のことでした。

あの時の感覚、なんて言えばいいんだろう。

人を信じる力に満ちていて、心を開くことが上手な子猫が、突然すっと手のひらに乗ってきてくれたような——

そんな、生きもののかたまりのような「愛」がやって来てくれた感覚でした。

福間さんにとって薔薇は日常の一部。だから私の感動は大げさに感じられるだろうなと、お礼を伝えるだけに留めましたが、心の中では、

「ねえ、私、今、薔薇に恋をした……!」

と、驚きに近い感動を味わっていました。


薔薇に宿るのは、美しさだけじゃなかった


花屋さんで売られている薔薇はたしかに美しいのです。「きれいだなぁ」と思います。でもなぜか心の奥深くは反応していないように感じます。

薔薇園に咲き誇る無数の花々を前にしても、やはり、「きれいだなぁ」と思うだけで、深い感動の泉にはたどり着かない氣がします。

とはいえ、薔薇そのものに興味が無いのではなく、例えばルドルフ・シュタイナーが語る薔薇のエネルギーについての言葉には、深く心が動き、何度も何度もその言葉を読み返すほどですし、金星やアンドロメダなど、天体と薔薇との関係の話には、夢中になって耳を傾けたくなります。

美容効果や効能のような、実利的な説明にはあまり心が動かないけれど、神話や天体、精神性の話になると、急に薔薇が私の心に語りかけてくれるように感じています。

私にとっての薔薇は、もしかしたら——祈りや想いを媒介する、“人間に近い存在”なのかもしれません。

だからこそ、思いの生まれる原理や、宇宙の法則に照らし合わせながら薔薇を見つめるとき、私の心は、ようやく深く動き出すのかもしれないと感じています。

そして、その薔薇が誰かの手によって育てられ、誰かの想いとともに手渡されるとき、そのエネルギーはよりいっそう立体的になって、私たちの目の前にあらわれてくれる気がするのです。

薔薇がほんとうに咲くとき——

おおげさかもしれませんが、育てる人から発された薔薇への愛と、その薔薇を受け取る私の想いとが、深いところで共振したとき、薔薇が喜び、真に花開くということなのかもなと思っています。

友人の庭の薔薇たち。愛おしいぃぃ……

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