7月16日 Rest In Peace

2012年3月21日ー2025年7月16日
その視線は、緑の瞳を通じて今も私たちに語りかける
とても愛情深く、優しい仔
君を永遠に愛し、決して忘れない
君が与えてくれた大きな幸せと愛に感謝
Papa Maman 、妹UTA
息子のように大事に大事に愛情をこめて育てたミノア。家族の一員でかけがえのない存在。根治を疑わず、信じて挑んだ手術もむなしく、術後1ヵ月ちょっとで旅立ってしまった。
手術は失敗だった。しかも心臓癌かもしれないと告知された。放射線治療と抗がん剤治療をしますかと訊かれたけれど、断った。
放射線治療がどんなものか、抗がん剤がどんなものなのか身をもって知っているから【かもしれない】では、許容できない。
術後弱っている身体でそんなことをさせたら死んでしまう……。
最期までそばにいる
絶望で涙が止まらなかった。
人間のエゴで辛い想い、痛い想いをたくさんさせてしまった。ミノアがこんなおかしな病気、乳び胸になってしまったのはわたしのせいだ。
放射線治療の影響が周りに出るのは10年後だから、10歳以上の猫には大丈夫だと言われた。放射線治療後は妊婦には近づくなとか子供には触れるなとか注意されたのだから、よく考えたら小さな猫に影響が出ないわけがない。それに抗がん剤も48時間自宅で入れ続けていたのだから、何らかの影響があったに違いない。ミノアはわたしのそばから離れない仔だったのだから。
もっと強く突き放せばよかった。
もっと気を付けなければいけなかった。
わたしを心配してずっとそばにいてくれるミノアに甘えてしまった。結果ミノアの命を削ってしまった。もしくはわたしの身代わりになってくれたのかもしれないとさえ思える。
ほとんど何も食べなくなってしまったミノアにこれなら食べてくれるかなと、最期前日ミノアの大好きなタラのソテーを用意した。もちろんただフライパンで焼いただけで味付けなどない。
出してあげるとすぐに寄ってきて、以前のように嬉しそうに鳴き、食べ始めた。
その後も見違えるぐらい元気でベッドの上でまどろんでいた。もしかしたらまだもう少し頑張ってくれるのかもしれないと期待する。
少しでもそばにいたくてミノアの横に寝転ぶと、うとうととして眠ってしまった。目が覚めた時、わたしを覗き込むようにしてこちらを見つめるミノアのキラキラした緑色の瞳が飛び込んできた。
わたしを見つめるミノアの瞳、なにを語っているのだろう。
もうすぐいなくなるけど、泣かないで
ずっとそばにいるから、悲しまないで
そんなふうに都合のいいように考えてしまうが、本当にそう言っているように思えた。
わたしもずっとそばにいるよ。最期の最期まで。そばを離れないよ。
ミノアの視線に愛情を感じてまた泣いてしまう。こんなに愛情深い仔がいるだろうか。こんなに優しい仔はいるだろうか。
ミノアはもっともっと長生きできたはずなのに。糖尿病だって寛解したのに。頑張ったのに。こんなに辛い想いをしなくてはいけないなんて。
ほんとうに、ごめんね、ミノア。
最期
夕方から2度ほど奇妙な声をあげて苦しみはじめたミノアが今度はベッドの下に行き横になった。その手を握ると強く握り返してくれる。
ミノア、苦しいね。痛かったね。病院に置き去りにされて目が覚めたら痛くて辛くて、悲しかったよね。
ごめんね。辛い想いをさせてごめんね。
何か月も家にいないことがあって、心配させたよね。帰ってきたら怒ってたよね。本当は離れたくなかったよ。ずっとずっと今までみたいに一緒にいたかった。でもできなかってん。
ごめんね。ミノア。
ママンもつらかったよ。ずっとミノアのこと考えてたよ。忘れたこと、なかったよーーと伝えた。
動くのも辛そうだったのにその言葉を理解したかのように頭をあげてこちらを見つめてくる。大きな目を開けて、その瞳が「ほんとう?ママンも辛かったの?一緒にいたかったの?僕をすてたわけじゃなかったの?」と言っているようだった。
その瞳、忘れられない。ミノアの愛情のこもった澄んだ瞳。忘れられないし忘れたくない。ずっと、一生忘れませんように――と祈った。
その夜はミノアの手を握りしめ、少し落ち着いたらベッドで横になり、ミノアの苦しそうな息遣いが聞こえなくなると様子を見て、床に横になりを繰り返した。
ミノアはわたしと一緒にその夜を超し朝を迎えた。
息をするのが苦しそうで、もうこれ以上苦しめられない、安楽死させてあげるのがミノアのためだと思った。
けれど病院が開くのは9時だ。
それまで持つだろうか? しかもこの状態で車に乗せて連れて行けるだろうか? ミノアはもう病院なんて行きたくないに違いない。
最期は妹猫を含むわたし達家族に見守られこの家でサヨナラしたいのではないだろうか。
そんなことを考えているとミノアがよろよろと立ち上がり、寝室の横にあるバスルームに移動した。もうトイレも自分で行けなくなっていて、阻喪してしまっていたから、体を綺麗にしたかったのかもしれない。
タオルで体を拭いてあげ、寄り添う。
次第に苦しみ始め、3度ほど絶叫を上げた。
壮絶だった。
息ができず苦しみながら、それでもまだ生きようとしているように見えた。やせ細った体、痛々しい傷跡、それでも頑張れる。頑張るんだ。諦めたくないんだと伝えているように見えた。
夫は見ていられないと離れていき、妹猫はドアの前でその状態を茫然自失の状態で硬直したまま見つめていた。
わたしは号泣しながらミノアに詫びた。
苦しませてごめん。
わたしが弱いばかりに、楽にさせてあげられなかった。
苦しませてごめんね、ミノア。ごめんね。
何度も何度も謝った。
ミノアを抱きしめて、ただひたすら謝った。
四十九日が過ぎるまで、ミノアの死に向き合うことができず、文章にしようとすると涙が溢れて一行も書くことができなかった。
今、少し落ち着いてきたので、文章にしているけど、やっぱり途中で号泣してしまった。
ミノアは20歳まで生きるねんで、余裕やんな!
それが口癖だった。
正直余裕で20歳まで生きると信じていた。わたしのほうが早く逝くだろうからその時はミノアもきっとわたしの後を付いてくるに違いないと思っていた。
不思議なもので、ペットは人が亡くなった数日後、後を追うように亡くなることがある。結構な頻度でわたしの周りで起きていた現象だった。
例えば、親友が亡くなった後、彼女が「娘」というほど慕っていた時々面倒を見ていた猫が亡くなった。義母が亡くなった時は、義姉の猫が亡くなった。
友人のお母様が亡くなれば息子の犬が亡くなる。
そんなことがあったので、わたしが死んだらミノアもついてくるのだと思ったのだ。しかし現実はミノアはわたしの身代わりとなって先に逝ってしまった。
そして、ミノアが亡くなったその5日後、義父が他界した。
ミノアのいた場所
四十九日が終わるまで、ミノアはこの家にいた。
ミノアがいた場所に気配を感じる。気配を感じるときは最期のミノアの匂いがしたから。
ソファに座っている時、ミノアの匂いとともに、歩く振動を感じることもあった。キッチンで食事の支度をしている時、脹脛に頭を擦りつけられる感触を感じた。妹猫かと思ってみると誰もいない。妹猫は椅子の上で丸くなって熟睡していた。
別の日には夫と夕食中、ミノアの匂いがした。夫もそれを感じふたりでミノアがいるね――と、きっとキッチンマットの上に寝そべっているのかもと話をした。ミノアの好きだった場所。マットの上で寝転ぶ姿が見えるようだ。
食器を台所に持ってマットの上に立った時、マットに触れた素足に温もりを感じた。
ああ、ミノアがここにいた。
もう涙をとめることはできない。子供のように声を出して泣いた。夫にしっかり抱きしめてもらいながら、気づけば夫も泣いていた。
四十九日の前日、夜ベッドに横になってもなかなか眠れずにいたら、ベッドの上を歩く振動を感じた。横向きに寝ていたので妹猫かと思い振り向くと誰もいない。ドアも閉まったままだ。
あ、ミノアが来てくれた。一緒に寝てくれるんだ。いつものように。
足踏みをする振動も伝わってくる。ゴロゴロ喉を鳴らす音さえ聞こえてきそうだ。その後脹脛に体を預ける重さと温かさを感じた。
不思議なことに幸せな気持ちが押し寄せてきてすぐに眠りに落ちて行った。
きっと同じ経験をした人はたくさんいると思う。決して珍しくない現象のはずだ。義父の葬儀の時にそういう話になって同じことを叔母が言っていたし。宗教など関係なく同じような現象を経験しているのだから、ミノアはわたし達の傍に確かにいる。
お気に入りの場所に
わたし達のそばに
確かにそこにいた。
匂いと感触でここにいるよと、傍にいるよと、悲しまないでと伝えたかったのかもしれない。

わたしたちの家族になってくれてありがとう
幸運を運んできてくれてありがとう
たくさんの笑顔と癒しをありがとう
たまに降りてきて会いに来てね、ミノア
