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会議室を間違えたまま、知らない会社の定例会に最後まで参加した男の話

会議には七分遅れていた。

七分というのは微妙な時間である。

謝るには短いし、何事もなかった顔で入るには長い。

貸し会議室の廊下を少し早足で進み、案内メールに書かれていた「会議室A」の扉を開けた。

すでに十二人ほどが座っていた。

全員、知らない顔だった。

私が参加する予定だったのは、商業施設の運営に関する月次会議である。取引先や現場の担当者も参加すると聞いていた。

知らない人ばかりでも、おかしくはない。

私は一番手前の空いている席に座り、軽く頭を下げた。

前方の男性も小さく頭を下げた。

遅刻について何も言われなかった。

外部の人間に対する配慮なのだろう。

前方のモニターには、

「月次進捗会議」

と表示されていた。

合っている。

私が参加する予定だった会議も月次進捗会議だった。

世の中には、月次進捗会議が多すぎる。

司会らしい男性が資料を一枚進めた。

「では、東日本エリアの実績からお願いします」

画面には、拠点別の売上と人件費率が並んでいた。

商業施設の運営会議としては、かなり現場に踏み込んでいる。

ただ、最近は施設側もテナントの売上だけを眺めていればいい時代ではない。

人が足りなければ営業時間が短くなる。

運営が崩れれば退店につながる。

退店すれば空室になる。

結局、不動産の問題になる。

私は机の上に置かれていた予備の資料を一部取った。

表紙には、

「第二四半期 店舗運営改善案」

と書かれていた。

店舗運営。

やはりテナント側まで含めて見る会議らしい。

説明役の女性が話し始めた。

三店舗で人件費率が上昇している。

店長の教育が追いついていない。

新しい発注システムが現場に定着していない。

よくある話だった。

会社は違っても、会議で問題になることはだいたい同じである。

人が足りない。

現場に伝わっていない。

システムを入れたが使われていない。

数字は悪くないが、誰かが無理をして支えている。

私は資料に線を引いた。

説明が廃棄率に移った。

前月比で〇・八ポイント悪化。

特に夕方以降のロスが大きい。

食品系テナントの話だろう。

商業施設では、売上だけでなく廃棄も重要になる。廃棄が増えれば利益が落ちる。利益が落ちれば賃料を払えなくなる。

結局、不動産の問題になる。

二十分ほど経ったところで、司会の男性がこちらを見た。

「外部の立場から、何か気になる点はありますか」

私は資料を見ながら答えた。

「数字そのものより、現場が同じ判断を再現できる状態になっているかが気になります」

全員がこちらを見た。

私は続けた。

「一部の優秀な店長が頑張って数字を作っているなら、それは組織の成果ではなく、個人の持ち出しです。発注システムも、導入したことではなく、誰が使っても同じ判断になるところまで設計されているかを見た方がいいと思います」

数人が頷いた。

司会の男性は「確かに」と言った。

隣の女性がメモを取った。

話は通じている。

「人件費率だけを下げようとすると、現場の負担が別の場所に移る可能性があります。廃棄率や客数とのつながりを見ないと、数字だけきれいになることもあります」

また数人が頷いた。

外部の人間が呼ばれる理由は、こういうことなのだろう。

社内で薄々分かっていることを、知らない顔で言う。

会議はそのまま進んだ。

新商品の投入時期。

ピーク時間帯の人員配置。

持ち帰り客への対応。

店舗ごとの客層の違い。

かなり細かい。

施設全体の方針を話す会議だと思っていたが、今回は食品テナントの改善が中心なのだろう。

テーマが事前に共有されていないことは、たまにある。

資料だけ当日に配られることもある。

外部の人間には、あえて余計な情報を入れずに意見を求める会社もある。

三十五分ほど経った頃、説明役の女性が言った。

「唐揚げの新商品についてですが」

画面に唐揚げの写真が大きく表示された。

かなり近くから撮られていた。

衣の粒まで見えた。

商業施設の会議で、ここまで唐揚げに寄ることは珍しい。

しかし、売上を改善するには商品まで見なければならない。

現場を見るというのは、そういうことなのだろう。

「現在、持ち帰り後に衣が硬くなるという意見が出ています」

次のページには、揚げた直後、十五分後、三十分後の唐揚げが並んでいた。

見た目ではあまり違いが分からない。

「特に十五分を超えたあたりから、食感が落ちます」

運営とは細部で決まる。

私は頷いた。

司会の男性がこちらを見た。

「この点、どう見ますか」

唐揚げの衣について意見を求められたのは初めてだった。

ただ、問題の構造は同じである。

私は答えた。

「商品そのものの問題なのか、提供方法の問題なのかは分けた方がいいと思います」

商品開発担当らしい男性が顔を上げた。

「衣を変える前に、提供から喫食までの時間と、容器内の状態を確認した方がいいです。運用側に原因があるなら、商品を変えても同じことが起きます」

会議室が静かになった。

商品開発担当の男性が、大きく頷いた。

「確かに、容器の検証は十分ではありませんでした」

私は唐揚げについて、正しいことを言ったらしい。

専門外でも、構造は使える。

少しうれしかった。

その後、議論は容器へ移った。

通気口の数。

紙かプラスチックか。

油分の逃がし方。

持ち帰り用の袋に入れるタイミング。

私は、分からない言葉が出るたびに、目的と工程を分けて考えた。

何を改善したいのか。

どの時点で問題が起きているのか。

誰が判断するのか。

何を測れば比較できるのか。

便利だった。

不動産にも唐揚げにも使えた。

四十五分を過ぎた頃、ポケットの中でスマートフォンが震えた。

同僚からだった。

《会議終わりました。どこにいました?》

少し早く終わったらしい。

私は画面を伏せた。

こちらの会議も、もうすぐ終わる。

途中で返信するほどの話ではない。

五十分後、司会の男性が会議を締めた。

「では、今日いただいた視点を踏まえて、次回までに容器別の検証を行います」

私の意見が、次回まで残ることになった。

会議が終わり、全員が立ち上がった。

隣に座っていた女性が名刺を差し出した。

「本日はありがとうございました。非常に参考になりました」

名刺には、

株式会社まんぷく亭
商品企画部

と書かれていた。

食品会社だった。

当然である。

食品テナントの運営改善をするなら、食品会社の担当者が参加する。

私は自分の名刺を差し出した。

株式会社白峰コンサルティング
シニアコンサルタント

名刺にはそれしか書いていない。

私が普段、不動産案件しか扱っていないことは、どこにも書かれていない。

女性は名刺を見て、納得したように頷いた。

「やはり外部の方に入っていただくと、整理の仕方が違いますね」

「いえ」

謙遜した。

本当に、唐揚げについては何も知らない。

司会の男性とも名刺を交換した。

「次回は、新店舗候補についてもご意見をいただければと思います」

新店舗候補。

ようやく不動産の話になった。

私の専門である。

「立地ですか」

「はい。駅前型と郊外型で迷っていまして」

話がつながった。

今日の会議は、店舗運営を理解した上で、次回から出店戦略へ進む構成だったのだろう。

よくできている。

私は会議室を出た。

廊下には、同僚が立っていた。

「どこにいたんですか」

「会議室A」

「ここ、A-1ですよ」

振り返った。

私が出てきた扉には、

「会議室A-1」

と書かれていた。

その隣に、

「会議室A」

と書かれた扉があった。

同僚が言った。

「うちの会議、そっちです」

私は二つの扉を見比べた。

よく似ていた。

名前も似ていた。

会議の内容も、途中までは似ていた。

「何の会議に出てたんですか」

「唐揚げ」

同僚は少し黙った。

「気づかなかったんですか」

気づかなかった。

廃棄率も、店舗運営も、人員配置も、新店舗も、全部仕事の範囲に見えた。

唐揚げだけが少し近かった。

「名刺交換したんですよね」

「した」

「向こうは?」

「気づいてない」

私の名刺には、コンサルタントとしか書いていない。

相手は最後まで、呼ばれてきた専門家だと思っていた。

私も最後まで、呼ばれてきた専門家だと思っていた。

会社に戻ってから、まんぷく亭の担当者からメールが届いた。

本日は貴重なご意見をいただき、誠にありがとうございました。

容器の比較検証につきまして、早速準備を進めてまいります。

また、次回の新店舗出店会議にも、ぜひご参加ください。

日程調整用のリンクが添えられていた。

私は返信画面を開いた。

会議室を間違えました、と書こうとした。

その前に、もう一通メールが届いた。

商品開発担当の男性からだった。

ご指摘いただいた「商品ではなく運用の問題ではないか」という視点について、社内でも非常に評価されております。

私は返信画面を閉じた。

会議室は間違えた。

先方は、まだ気づいていない。

次回の議題は、新店舗の出店計画である。

今度は、たぶん私の仕事だった。

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セイ この構造整理やレイヤー観測が刺さったら、チップで投げてもらえるとうれしいです。