見出し画像

HAZUKI 「霊蕾-laylay」が人生で大切な一曲になった日

※今回のnoteはかなり個人的な内容ですが、自分の素直な気持ちを残しておきたくて、PCのキーボードを叩いています。
客観的な楽曲のレビューではなく、かなりパーソナルなお気持ち全開なのでその旨ご承知ください。


2026年の正月、長年一緒に過ぎしてきたペットの犬があの世へ旅立った。

年齢は16歳の女の子。
3年ほど前に腎臓病が発覚し、血液検査の結果が悪く、動物病院の先生にはもう長くないかもしれないと言われていた。

元々彼女とは寝るときも一緒で、気がつくとトイレにまで着いてくるので、お風呂の時間以外、ほぼ23時間くらいは一緒に過ごしてきた。
病気を宣告されてからは特に、一層彼女が私の生活の中心となっていた。

それからというもの週に何回も病院に通い、自宅でも点滴をしたり投薬治療を続けてきた。

食事が思うように取れず、食べられるものが日によって変わるので、すごく多くの種類のフードを試したし、高価な療養食も常備してきた。

食費も通院費も気にせず生活の最優先。
仕事も在宅勤務を認めてもらって、ほぼ毎日一緒に過ごしてきた。

何度も体調を崩すたびに「これが最後かも」と思いながら、3年以上不調・好調を繰り返し、ボーナス・ステージのような時間を過ごすことができた。

いつしか病院の先生にも
「この状態でここまで長生きできているのは当院でも例がありません」と言われるようになった。本当に長く頑張ってくれている。


そんな中、昨年末からまた体調が悪くなり、歩くのも難しい状態になってきた。
すでに平均寿命を過ぎているので弱っているのだろう。

それでもこれまで何度も体調不良を乗り越えてきたので、きっと今回も大丈夫だろうと心の何処かで思っていた。


そして2026年1月3日。
いつものように一緒の布団で眠り、朝起きるとすぐ側で動かなくなっている彼女に気がついた。

その後の数日間、あまりに綺麗な状態で横たわっている姿を見て、もう起きないのは頭ではわかっているものの、まだ息をしているように見えて、いなくなってしまったというのが信じられなかった。

後悔はないが、一緒に過ごした時間が長いだけに、ただただ寂しさが募る。

火葬までの数日も、抱きかかえたり、冷たくなった足を握ったり。
物質的なお別れまで最後の時間を過ごした。


前置きが長くなったが、本題はここから。
Lynchというヴィジュアル系バンドのヴォーカリストHAZUKIのソロ・プロジェクトの曲に、「霊蕾-laylay」という曲がある。

歌詞の内容は、亡くなった女性の霊が、この世に残してきた恋人を想う気持ちを歌う楽曲である。


悲しみに触れる中で思い出したHAZUKIの「霊蕾-laylay」の歌詞があまりに自分の状況とリンクして、まるであの子の霊が歌っているような気がして、涙無しには聴けなくなってしまった。

まだ触れられるこの時に
手と手を絡ませながら
絶対 アナタに伝えたいの
離さないよ

あくまでペットの話だが、まるで恋人のような存在だっただけに、感情移入せずにはいられない。

神様 もう少しだけお待ちあそばせ
この世に置き去りの未練に触れさせて
呼吸を止めたアタシはまるで人形のよう
やがて この御空に咲く花の蕾

さあ 咲き誇るこのヨルに
花びら吹雪かせながら
ただアナタが気がかりなの 寂しがりだから


HAZUKIはYoutubeやインタビューで、
「伝えたいメッセージなんてない。歌は気持ちではなく物理だ」
なんて発言を何度もしており、この曲もただのフィクションだって理解している。

けれども、そもそも音楽なんて個人にとっての極めてパーソナルな想い入れによってだけ、価値が生まれるものだと思う。

幾億と存在する音楽の中で偶然巡り合った奇跡と、それが心情にマッチする運命的なタイミング。

そんな瞬間に出会った、この曲。

あからさまなバラードではなく、切なくもアップテンポな曲のため、気持ちが落ち込み過ぎないので助けられている。

これから先もこの歌を抱きしめながら、何度も抱きしめたその温もりをこれからも思い返して行きたいと思います。

自分語りが長くなり失礼しました。
よかったら上記Youtubeで曲を聴いてみてください。

laylay アタマのなか アタシを咲かせるわ
laylay 哀しまないで アナタを見てるから

いつだって 護ってる


いいなと思ったら応援しよう!