成功者が必ずやっている共通習慣
【50代からの仏教生活】〜仏教版〜成功者だけがやっている共通習慣
こんにちは!仏教ブロガーカネコです。
いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。
今日のテーマは、「成功者が必ずやっている共通の習慣」ということについてお話ししたいと思います。
ビジネスで成功した人、アスリートとしてプロになり金メダルを取った人、あるいは芸能界で頭角を現して成功した人……。そういったいわゆる「成功者」と呼ばれる人たちには、共通して毎日行っているある習慣があります。
逆に言うと、なかなか成功できない人は、この今から言う習慣がありません。毎日一生懸命に忙しそうに動いているんだけれども、この習慣がないために成果が出ないということがよくあります。
これは私だけが言っている内容ではなく、世の中のさまざまな成功者たちが言葉を変えながら、みんな実践していることです。そして何より、仏教の教えでも非常に大切だと教えられていることなのです。
ぜひ、今日の記事を参考にして、皆さんの日常に取り入れてみてください。
今日の目次
筋トレ(今日やってもやらなくても変化がないこと)
第2領域(重要だけど緊急じゃないこと)
岩清水(地道な一滴が奔流になる)
相撲(3年後の稽古をせよ)
1. 筋トレ(今日やってもやらなくても変化がないこと)
成功者が必ずやっている共通の習慣とは、ズバリこれです。
「今日やってもやらなくても変化がないこと」を毎日やっている
ポイントは、毎日欠かさずやっているということ。しかも、それは「今日どうしてもやらなければ大変なことになる」という強制力のあることではありません。「今日やってもやらなくても、ぶっちゃけ何も怒られないし、何が変わるわけでもないこと」なのです。
分かりやすい例で言うと、食生活なんかそうですね。
体に良い野菜中心のものをちゃんと食べるか、それともジャンクフードで簡単に済ませて体に悪いものを食べるか。これって、1日だけだったらどちらを食べようが食べまいが、体に大きな変化はありません。しかし、毎日毎日積み重ねていくと、将来的に明らかな健康の差として現れてきますよね。
私たちはどうしても、「今日やらなければならないこと」にいつも忙しく追われています。
会社に行けば上司から「今日中にこれをやれ」と言われますし、今日が締め切りのタスクがあれば必死にやります。そうしないと困ったことになるからです。そうやって目の前のことに追われているうちに、1日が終わってしまう。
その結果、「今日やってもやらなくても変化のないこと」は、いくら大事だと頭で分かっていても、結局は後回しになってやらなくなってしまうんです。
しかし、成功した人たちは、今日やってもやらなくても変化がないことであっても、地道にそれを実直に毎日続けます。
アスリートなら地道な筋トレ、芸能人なら日々の勉強の積み重ね。ビジネスの世界でも、成功者は圧倒的に本を読んで勉強しています。本を1冊読んだからといって、今日のビジネスにすぐ儲けが出るわけではありません。それでも、着実に自己投資を続けているのです。
筋トレは裏切らない
つい私たちは、すぐに結果が出るものばかりを追いかけてしまいます。結果がすぐに出ないことは、なかなかやる気が起きないものです。
私も「メタボは嫌だなあ」と思い、腹筋から始めようと筋トレをやることがあります。しかし、筋肉が悲鳴をあげるまで一生懸命やったとしても、終わったあとに鏡の前に映った自分の体を見ても、何一つ変わり映えがしないじゃないですか(笑)。
3日、4日、1週間、2週間と大変な中で続けても、体の形が劇的に変化するわけではありません。
ただ、私の友人に筋トレをしている人がいて、彼はこんなことを言っていました。
「筋トレというのは、努力がすぐさま成果に現れるから実行しやすいんだよ」と。
もちろん、引き締まったなと実感するまでには3ヶ月や4ヶ月はかかります。でも、3〜4ヶ月で確実に結果が出てくるというのは、他のことに比べたら圧倒的に「結果に表れやすい」のだそうです。
例えば、芸人が芸を磨く、料理人が料理の腕を磨く、起業家が成功しようと思って一生懸命本を読んで勉強する……これらは、一体いつその努力が実を結ぶのか、暗中模索の不安があります。それに比べたら、筋トレは着実にどんな人でも裏切らない成果を出してくれるから、これほど実行しやすいものはない、と言うのです。
とはいえ、やはり1日や2日では結果は出ません。着実に毎日毎日やっているからこそ、大きな結果を生み出すのです。
これは仏教で「因果の道理(いんがのどうり)」と言います。
まいた種は必ず結果を引き起こすのですが、「今日まいて、今日すぐに結果が出るもの」だけをやっていては駄目なのです。今日やってもやらなくても変化のないこと、あるいは努力してもすぐに結果が現れないこと。そういった、みんなが軽視してやらないことこそを着実に毎日実行していく人が、やがて大きな結果を得られるのです。
2. 第2領域(重要だけど緊急じゃないこと)
皆さんは、ビジネス書などでよく見かけるこのような図(マトリクス)をご存知でしょうか。私たちのやるべきことは、「緊急度」と「重要度」の組み合わせによって4つの領域に分けられます。
【第1領域】重要度:高い・緊急度:高い
緊急かつ重要(重要な商談、トラブル対処など)
【第2領域】重要度:高い・緊急度:低い
重要だが緊急ではない(筋トレ、健康的な食生活、自己投資、勉強など)
【第3領域】重要度:低い・緊急度:高い
重要ではないが緊急(重要ではない会議、突然の電話など)
【第4領域】重要度:低い・緊急度:低い
重要でも緊急でもない(暇つぶし、無駄な長電話、スマホゲームなど)
この4つのうち、仕事や人生の中で最も大事なものはどれかというと、実は「第2領域(重要だが緊急ではないもの)」なのです。
第1領域(重要な商談やトラブル対処)は、今すぐやらないと生活ができなくなったりクビになったりするので、誰でも絶対にやります。これだけで1日が終わってしまうことも多いでしょう。
そうすると、重要なんだけれども「今日別にやらなくてもいい」「今月別にやらなくてもいい」という第2領域のことは、1位の忙しさに紛れたり、あるいは第3領域や第4領域の雑務をやっているうちに、どんどん後回しになってやらなくなってしまうのです。
しかし、成功者と呼ばれる人は、この「第2領域」をものすごく重視します。何とかしてここに時間を割くのです。
面白いことに、この第2領域に時間を投資していると、将来的に第1領域のトラブルや切羽詰まった仕事がだんだん軽減されて、振り回されることが少なくなっていくのですね。
カネコにとっての第2領域
私も10年くらい前からこの「第2領域」を意識し始めました。「今日別にやらなくてもいいけれど、絶対に大事なこと」だと思って毎日やっていることがいくつかありますが、これをするようになってから、やっぱり人生が変わりました。
私にとって、仏教を伝えるということはライフワークです。その点で、毎日の活動の中に第2領域を設けています。
私にとっての第2領域は、「毎日ブログを更新すること」です。
今日ブログを更新してもしなくても、誰に怒られるわけでもありませんし、何かが劇的に変わるわけでもありません。誰かから「やりなさい」と強制されているものでもありません。
けれども、毎日のルーティンワークとして、自分の中でけじめをつけて必ず行っています。これをやらないことには1日が終わらない、「今日も1日やりきったぞ」という一日の乗り切りだと、それくらいの覚悟で毎日更新をしています。
今日やってもやらなくても変化がないことだけど、毎日実行する。
皆さんにとって、この「第2領域」にあたるものは何があるでしょうか?ここを重視できる人が、あらゆる世界で頭角を現す成功者となっていくのです。
3. 岩清水(地道な一滴が奔流になる)
私には、大好きな、そして人生のモットーにしたいと思っている言葉があります。
「岩清水(いわしみず)集めて やがて奔流(ほんりゅう)に」
私は、仏教の教えを伝える時にも常にこの気持ちを大切にしています。
こうして毎日ブログを更新するのも、Twitter(現X)を発信するのも、皆さんから届いた質問に返信をするのも、その一つ一つはすべて、地道な「岩清水の一滴」だと思っています。
ポタポタと落ちる一滴一滴の岩清水のような地道な活動ですが、それがやがて大きな川(奔流)となって、「親鸞聖人(しんらんしょうにん)の教えを聞きたい!」という人が世界中にたくさん現れると私は確信しています。だからこそ、この一滴を大切にするしかないなと思っているのです。
私は親鸞聖人の教えによって救われました。この教えを日本だけでなく、海外も含めた世界中の皆さんに伝えたいと思っています。
そしてやがては、この教えによって世界の思想の潮流が変わっていく、また変えていかなければならないという熱い思いを持っています。
世界にはアブラハムの宗教(キリスト教やイスラム教など)がありますが、それらよりも「仏教、特にこの親鸞聖人の教えをもっと聞きたい」と世界中の人が集まるような大きな流れを作っていきたい。自分一人の力では無理かもしれませんが、その大きな奔流を作るための礎(いしずえ)の一つにでもなれれば、と思っているのです。
そのためには、まずは岩清水ポタポタの一滴一滴が大切です。今日のこのブログも、まさにその岩清水の一滴です。一滴一滴がやがて奔流になるのだと信じて、毎日毎日その一滴を落としていく。そういう1日にしていきたいと、いつも思っています。
4. 相撲(3年後の稽古をせよ)
相撲の世界にも、非常に深い言葉があります。
「3年後の稽古をせよ」
これは、「3年後に強くなるための稽古を、今しなさい」という意味です。 3年後に強くなるための稽古とは何かというと、基本中の基本である「四股(しこ)」や「鉄砲(てっぽう)」です。
その時、目の前の勝負に勝つことだけを狙うなら、「猫だまし」のような小手先の技術でも学べばいいかもしれません。一瞬相手をびっくりさせて、パッと交わして勝つ、というその場限りの白星は取れるでしょう。
しかし、本当に力が強く、足腰のしっかりした本物の力士になりたいと思ったならば、目先の小手先の技術に振り回されてはいけません。「今は勝てなくてもいいから、3年後に勝てるような強いしっかりした足腰の筋肉を今作りなさい」と教えられるのです。そのための基礎が、四股や鉄砲なのです。
四股なんて、毎日毎日ずっと踏んでいると、だんだん筋肉が痛くなって体中から汗が玉のように噴き出してきます。筋肉が上がらなくなって悲鳴をあげている。そこからさらに一生懸命、四股を踏む。
そういった地味な稽古をずっと積み重ねていくと、3年後には、誰も寄り切れないような凄まじい足腰の力を持った力士になるのです。
だから「今勝とうとしなくていい、3年後に勝つための稽古をしよう」と言われるのですね。
これは相撲の世界だけでなく、すべての世界に言えることです。今の評価や今の収入という目先のことよりも、3年後、5年後に自分が本当になりたい姿を見据えて、今本当に取り組まなければならない大切なことをする。これもまた、成功者の共通の習慣なのです。
いずれにしても、「まいた種は必ず生える」というのが仏教の真理です。
今すぐには生えなくてもいいんです。これから先、必ず生えてきます。良い種は絶対に裏切りませんから、着実にまき続けていきましょう。
今日は「成功者が必ずやっている共通の習慣」についてお話しいたしました。それは、「今日やってもやらなくても変化のないことだけど、大事だと思うことを着実に毎日積み重ねる」ということです。
どの世界でも通じる大切な法則ですので、私もこのお話をした以上は、日々のルーティンをおろそかにしてはいけないなと改めて自戒いたしました。皆さんにとっても、何か参考になる部分があればとてもありがたいです。
今日も最後までお読みいただき、どうもありがとうございました!
--- 仏教ブロガー カネコ ---
・・・皆さんが「今日やってもやらなくても困らないけれど、将来のために毎日続けたい」と思っている大切な習慣(第2領域)には、一体どのようなものがありますか?
