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NPD気質は「ある・なし」じゃなく「濃淡」だった——愛着形成という視点から


※NPDヒューリスティックについては
こちらの記事を参照してください。


前回の記事で、NPD気質を持つ人の人口割合は過半数を超えているのではないかという仮説を提示した。今回はその根拠を、愛着形成という視点から掘り下げてみる。

NPD気質は「持っているか、持っていないか」の二択ではない。濃淡のグラデーションとして存在している。

その濃淡を決める最も大きな要因が、愛着形成だと私は考えている。

乳幼児期に養育者との間に築かれる愛着の質が、その後の自己認識や他者との関係構築に大きな影響を与える——これは愛着理論として広く知られている視点だ。安定した愛着が形成されると、「自分は愛されている」「他者は信頼できる」という基盤ができる。その基盤があるから、他者への共感が自然に育つ。

逆に言うと、愛着形成に課題があるほど、不安定な自己像を支える防衛として、自己中心性や他者操作といったNPD的な特性が濃くなっていく。

そして、愛着形成が完璧だった人はほぼいない。

程度の差はあれ、養育者からの一貫性のない対応、条件付きの愛情、感情の無視——こういった経験は多くの人が持っている。だからNPD気質は「特殊な一部の人の問題」ではなく、濃淡はあっても広く分布している。

私が観察してきて思うのは、いわゆる「常識人」とは、愛着形成がある程度安定していて、NPD気質が比較的薄い人たちのことだ。ゼロではなく、薄い。

医学が捉えているのは、愛着形成の課題が深刻で社会生活に支障をきたしたごく一部のケースだ。しかし気質レベルで見ると、濃淡を持った連続体として分布している。

少なくとも私には、「ごく一部の特殊な人の問題」として見るより、濃淡を持った連続体として捉える方が、現実の人間関係に整合的に見える。


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