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事故に遭って、勝手にロマンス詐欺の話

普段しない事をするもんじゃない。
仕事で絶対に残業はしないと決めている私。

別に早く家に帰ったところで特にやる事はない。
だから残業なんてなんぼでもできるのだが、時間内に仕事を収めるのも仕事のうち!

なーんてことを自らに課しているばかりに就業時間中はがむしゃらに仕事に打ち込み、就業時間終了のチャイムが鳴った瞬間に燃え尽きて有名なボクシング漫画のごとく「真っ白」になってしまう。

だから残業する余力もないのだが…
近頃はどんなに髪を振り乱しながら仕事をしても、休憩時間を削ってもどうにもこうにも片付かない。

も、もう、ダメだ…

残業&休日出勤もしなければ溜まる一方の仕事。
上司に『私は今週から残業をします』宣言をした。

残業宣言をした当日。
1時間30分の残業を終え、「ふー、残業初日なのに疲れるわー」と、思いつつ会社を出ると土砂降りの雨…

ちぇっ、雨か。

雨に濡れつつ車まで走り、車に乗り込んだ時には靴は雨でグッシャグシャ。

あー、もう!
イライラしながら車を発進させて家路につく。

いつもは帰りの渋滞にはまる道も時間がずれればスムーズでスイスイと進む車。イライラも忘れ、鼻歌を歌いつつ「この感じじゃ、思ったよりも早く家に帰れるかも」と思いながら、赤信号で車を停車させた瞬間。

ボンっ!


…えっ、何の音?

っていうか、なんか今、飛び散ったような…
振り向くと、私の車の左後ろ側にバイクが倒れていた。

まさか、ぶつかった?
車を道路わきに寄せ、外に出ると、横たわった宅配バイクをヘルメット姿の若者が起こそうとしている。

「大丈夫ですか?」と話しかけると、「あ、はい」そう答えるものの、通りすがる車のヘッドライトの明かりでもはっきりと確認できるほど手から血が流れ出ている。

「いや、大丈夫じゃないですよね。救急車呼びますね」
と言っても「平気です」と言うので、
「じゃあ、先に警察を呼びますね」
と110通報をしようとするが雨で手が濡れているせいかスマホが上手く反応しないし、特に動揺もしていないはずなのに指先が震えて110がなかなか押せない。

やっとの思いで連絡をすると「事故か事件か」と聞かれ「事故です」と答える。
「救急車が必要か」を聞かれ、流血した若者に「救急車は?」と聞くと「いえ、大丈夫です」との返事。

いや、大丈夫じゃないじゃんと思いつつ「救急車はいらないそうで」と答えると「今、発信元を確認していますが○○高校の付近ですか?」と聞かれ「はい」と答えた。

え? なんでわかるの?
現代って自動で位置情報がわかるの?
私、位置情報OFFにしてるけど…

数秒で頭の中にグルグルと疑問が沸いてきていたが、「それでは近くの警察官が向かいます」と言葉を残し通話が切れ、ふと我に返る。

さ、寒い。
雨でグシャグシャになった靴は気持ち悪いし、とにかく寒い。
あー、傘を取りに車に戻らねば…と思ったのだがなぜか自分が雨に濡れていない事に気が付いた。

なんと!
私が通報をしている間に、通りすがりの女性がそっと私の横に立ち傘を差してくれていたのだ。

「あ、ありがとうございます!」

と言うと「すごい音がしたので…」と微笑んでくれたうえに「お姉さんは大丈夫ですか? 一応明日病院に行った方がいいですよ」とお姉さん呼びをしてくれた上に、体の心配までしてくれて…なんと有難い。

周りを見渡すと、がっしりとした体形の男性も、雨の中、流血した若者に傘を差してあげている。

「あー、雨で滑ったんだね。お兄さん、大丈夫?」
「警察が来るまでの間に保険会社に連絡して、お互いの連絡先も交換しておきな」
事故後の対処方法まで教えてくれた。

この男性は私の車の前を走っていたらしく全く事故とは無関係。
「俺、車屋だから。こういうのに慣れてて」
と言いながら警察が来るまでの10分ほど、通りすがりの女性もガタイのいい男性も近くでそっと傘を差してくれていて警察官が到着すると「じゃ!」と2人とも去って行ってしまった。

あの、ありがとうございましたー!
二人の背中に向かって声を掛けるが、軽く傘を上げただけでこちらは振り向かない。

なんてかっこいい後ろ姿。
この時ほど時代劇の町娘の気持ちが理解できたことはない。

輩に襲われ、通りすがりの侍に助けられた後の別れ際。
「せめて、お名前だけでも…」
なんてセリフがあるが、
名前を聞いたところでさ…
ひねくれ者の私はそう思っていた。

侍は「名乗るほどの者ではございやせん」と言い、去って行く。
その背中のかっこよさ。
そりゃ、町娘も「お、お侍様…」となる。
そこで「えー、わたくしは○○と申します」なんて答えられた日にゃ、興ざめだ。

そう思っていたのだが…
全く自分に関係のない事故。
しかも土砂降りの雨の中。
見ず知らずの私を助けてくれたお二人に「せめて、お名前だけでも」と思った。後日、菓子折りを持って「その節はお世話になりまして…」と感謝を伝えたい。

私が鶴なら恩返しにきれいな人間の姿で家に行き、奥の間を借りて機織りでもしたい気分だ。
いや、現代なら家の敷地内で油田を掘り当てるか、家の中から家主も知らぬ金塊を見つけて差し出したい。

世の中捨てたもんじゃないな…
ありきたりな言葉が頭に浮かび、
人の温かさに触れ「私もそんな人間になりたいよ」と思った。

警察官到着後は近くのコンビニの駐車場で一人一人事情聴取をされた。

私が最初に話を聞かれ「それではお相手の方にも話を聞いてきますので、もうちょっと待っていて下さいね」と一人車の中にいる間。

…私は急な雑念に襲われた。
「事故に遭うのは良くも悪くも引きがいい」
たしかそんな話を聞いたことがある。

引きがいい…
ってことは今宝くじを買えば高額当選するのではないか?

外を見ると雨で濡れ、流血した若者が警察官から事情を聴かれている。
きっと彼はアルバイト中。
注文された食べ物をこんな土砂降りの雨の中、バイクで配達していたのだろう…

そんな若者の姿に心臓がギュッとなったにも関わらず、不謹慎な思いに駆られた自分。
さっきまで「世の中捨てたもんじゃない」なんて人の温かさを痛感したばかりなのに…

ダメだと思いつつ、
先ほどまで震えていた指先も今はしっかりとスマホを操作でき、ネットで宝くじをバラで10枚買ってしまった。

私はなんて欲にまみれた人間なんだ…

無事に事故後の処理も終わり、解散となった後、コンビニの駐車場を出てしばらくしてから、ほのかな気持ち悪さに襲われた。

「あー、お腹空いてるんだな」
呑気に考えつつ、家に着き、郵便受けを確認すると私宛の封書が目に入った。

なんだろう?
私宛の封書なんて保険の更新かどこぞの通販会社のチラシしかないはずなのだが。
家に入り、封を開けると中には真空パックされた干し芋が入っていた。

え?
干し芋?
なんで?

同封されている手紙を読むと、ふるさと納税でアンケートに答えたら当たる干し芋との事。

あっ、当たった。
いや、ちょっと待って。
事故に遭って、干し芋って。
いや、ありがたいけど、
宝くじが…
ありがたいんだけど、
あー、干し芋か、干し芋なのか…

干し芋か…と少しばかり落胆しつつ、なんだかもう疲れたから、風呂に入って眠りについた翌日。

目が覚め、起き上がった瞬間に、

あれ…?
首が伸びているような…
っていうか、気分が悪い…

早速、会社に連絡をして整形外科に駆け込むと、首、胸椎、腰椎の捻挫との事。

残業宣言をした翌日から私は半休を連発し整形外科通いの日々をスタートさせた。

きっと事故に遭って、人のありがたみを知ったくせに、直後に欲にまみれ宝くじを買い、せっかく当たった干し芋に落胆したから罰が当たったんだ…

あ、そうか。
良くも悪くも引きがよくて当たりやすい。
だから罰が当たったんだな…

なんと情けない。
ちなみにその時に買った宝くじの当選金額は300円。

そりゃ、そうだよな。
「せめてお名前だけでも…」
そう言われる人間になるには程遠い欲深い自分を知った。

その後、事故に遭って整骨院通いを始めた私。
事故から1か月以上が経ち、私は施術してくれる人にほのかな恋心抱くようになった。

事故に遭って弱っているところに癒しを与えてくれる人が現れたら…
そりゃあ、もう。
ここ5年ほど恋心など忘れていた私でも淡い気持ちは湧いてくる。

仕事でも「こいつ、前世ミーアキャットだったのか?」と思うほど挙動不審で、ほとんど目も合わない部下がウソをつくときだけ曇りなき眼で私の目を見つめてくるという癖まで知ってしまった時期。

あ、そうか。
人間ってこんなにもウソを平気でつけるのか…
心も闇に飲まれてしまい、整骨院通い当初は人の目を全く見ることも出来ない状態。

そんな私に施術中に他愛のない話をしてくれる存在。
しかも、ツボを心得ている術師。
その巧みな技。
巧は話術。
私はまんまと恋に落ちてしまった。

でも私はちゃんとした大人。
そんな恋心など一切感じさせないし、術師を前に浮足立つことなんて絶対にしない。

整骨院に行くときは、
スウェット、腹巻、5本指ソックスを着用。

何か話題を振られても、決してウキウキ感を出さず必要最低限の言葉を発するのみ。

そもそも『小粋でポップな会話』なんてできやしないから一人こじらせ41年間独身でいるのだ。

テンション低めの私に、趣味や休日の過ごし方などを聞いてくる術師。
それに対する答えが全く思い浮かばない私。
「あ、そうか。私自分に無関心なんだ」と気付かされた。

ある時は、「キンモクセイさん、普段から静かというか、落ち着いているんですか? お笑いとか見て笑います?」
なんて聞かれたこともあった。

あ、そうだ。
私、お笑いが好きだった。
バラエティー番組を作りたくて就活でテレビ局を受けたり、お笑い事務所に入ろうとしたこともあるくらいお笑いが好きだったのに。
いつから笑えなくなったんだろう?

いや、そんな事を聞かれる私ってどれほどテンション低いんだ!と、今となっては思うのだが、その質問にハッとさせられた。

術師は続けてポツリとつぶやいた。
「なんか静かとか、落ち着いているとはちょっと違うんだよなー」と。
その言葉が私の中にぶっ刺さり、原因をずーっと考える日々。

原因は通勤途中に桜並木を見た瞬間にわかった。

満開の桜。
淡いピンク色の塊。
それを見て「うす汚ねーな」と思ってしまったのだ。

そうか、静かとか、落ち着いているとかと違うのは、私の心が死んでいるからなのか…

術師との会話は気づきの連続。
そんなこともあり心惹かれてしまったのだ。

術師のお陰で心が少しだけ回復し、体の調子も良くなってきた。
調子がよくなる、それは術師とのお別れが近付いているという事。

少しばかりの悲しさを抱え通院をしていたある日。
私は知ってしまった…

「術師が結婚をしている」という事を。

いや、雰囲気でわかっていたけども。
そこはさ。
お互いなんとなーく触れずにきていたじゃない?
たとえ独身だったとしても私はただの客でどうこうなる相手ではないよ。
それはわかっていたけども、せめて通院最終日までは隠していてよ…

この感覚、なにかに似ている。
そうだ、あの感覚だ。
年に数回、地方にある私の会社に東京から出張でやってくるスタイリッシュなスーツ姿の男性。
「初めまして」と挨拶をする数秒で無意識にみた左手薬指にキラリと光る結婚指輪。

それを見た時の感覚。
好きとか嫌いとか脳が判断するより前に何故か感じる『振られた』感。

術師の結婚。
それは最初から叶うはずのない、負け戦。

そっか、そりゃそうだよな。
電気治療機を腰につけるときに腹巻を目にしたとて、
その下の「これ、野球のホームベースですか?」ってサイズの下着を見たって、なにかを思うはずがない。

そもそも私は論外なのだから。

勝手に恋をし、
勝手に振られ、
テンション低めの私に一生懸命話掛けてくれていたのは「仕事」だから。

はぁー、あぶない、あぶない。
事故通院をやめた後は普通に通院をしようと思っていた。
巧みな術師に絆されて、整骨院無限地獄に陥るところだった。

って、術師はなにも悪くない。
私の勝手な被害妄想。
彼はただ仕事をしていただけのこと。

恋から冷めた今、私は己の事ながら「なんと愚かな…」と思っている。
恋は病。
なんと恐ろしき…

そういえば、1年前に車を買った時の事。
銀行窓口でお金を引き出す際に、
「あの、失礼ですがお金の使用目的を教えていただけますか?」
と窓口の女性に聞かれた。

えっ? なんでそんな事を聞くの? と思いつつも、
「車の買い替えで…」
と答えた私に、窓口の女性は、
「あ、そうですか。ロマンス詐欺とかあるのでー」
と微笑みながら言っていたっけ。

詐欺ではなく、あえての「ロマンス詐欺」
傍から見たら私はロマンスに飢え、うっかり大金を支払ってしまう人に見えているんだな。

それもそうか。
ロマンス詐欺を疑われて1年も経っているのに、
うっかり整骨院の術師に恋をしてしまったのだから…

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