回想 あのころのフットボール
327号と432号
1998年の4月、本棚へ無造作に並べたあれこれを整頓していたときの話。
いちばん奥から、文藝春秋のスポーツグラフィックマガジン「NUMBER」が出てきた。
日本代表のユニフォームを着た中山雅史選手がゴールを狙う、まさにその瞬間が表紙を飾っていた。
?
ワールドカップフランス大会アジア地区最終予選の特集号は、いつでも見ることができるよう手前に立てかけてある。ごぞんじのとおり、第3代表決定戦で先制点を決めた中山選手が雄叫びをあげている表紙だ。
どうして本棚の奥の奥から似たような表紙の「ナンバー」が・・・と最初は考えた。
間隔を空けてとはいえ、同じ選手で似たような構図の写真を何度も使うとは、「ナンバー」も意外と工夫がない・・・と次に思った。
そしてようやく、見出しを読んだとき初めて内容のちがいに気づいた。
ああ!!
叫ばずにはいられなかった。本棚の奥から出てきたのは4年前の「ナンバー」327号で、見出しには「完全版 カタール終戦記録。」とあったのだ。
よく見れば中山選手のユニフォームの番号は16で、青いユニフォームは、当然ながらオフト時代のプーマのモデルだった。ちなみに、その4年後はアディダスで、中山選手の背番号は32。
記憶の糸をたどって、この号が本棚の奥にしまわれていた理由を思い出す。
忘れていたのも無理はない。これは、1993年に私が自分で購入したあと、読まずにそのまま、目の届かないところにいわば「封印」したものだったのだから。
1993年10月28日。初めてのワールドカップ本大会まであと17秒というところで、「ドーハの悲劇」は起こった。
当時住んでいた埼玉県某所でひとり、空前の大惨事を目撃してしまった私は正体を失って、気がつくと、日付は29日になっていた。
そのころかかさず日記をつけていたのだが、28日の欄には「慟哭する」としか書けなかった。
(註:コーナーキックからのあの最後の失点。イラク代表に、常識ではありえないプレイの選択が連続する。残された時間はわずか10秒と少々。ためらわずニアサイドに蹴りこむのが順当。だが実際、そうはならなかった。日本の選手たちに致命的なミスはない。想定外のプレイが連続したこと自体、「悲劇」という結果を招いた。
その1.ショートコーナーから始まる。ショートコーナーから始めれば、日本のディフェンス次第ではボールをゴール前に供給できないまま試合は終わっていた。
その2.ショートコーナーからドリブルが始まる。日本のディフェンスがボールに触って蹴り出せば、万事休す。しかもボールは、ゴールラインに向けて運ばれている。もしもボールがゴールラインの向こう側に出れば、それで試合終了。
その3.ボールはニアサイドではなく、ファーサイドに蹴られた。ファーサイドにボールが蹴られた場合、誰もボールに触れないままボールは逆サイドの無人スペースを転々、という事態はありえた。日本がクリアする可能性もあった。イラクがそこからもう一度攻撃を立て直す時間があったかどうかは疑わしい。
あの場面、日本のゴールキーパーの予測は「ニアサイド」一択。ボールがニアサイドに来たらキャッチする、やるべきことはただそれだけだった。ファーサイドへ飛んだボールがゴールのファーサイドに飛びこんだら、GKは止めようがない。
ちなみに、あのイラク戦の最終スコアは2-2。決して負けたわけではなかった。2試合目のイラン戦に1-2で敗れたのが、予選敗退の原因となった。)
自分の中でひとつの時代が終わったような気がして、翌94年4月に東京へ住所を移した。前年の11月に購入した「ナンバー」327号は一度も頁を開かれないまま、あたらしい部屋の本棚の一番奥へ隠された。
悲劇の記録を封印したあとで思った。
次の予選を勝ち抜いたら、どんな記事が書かれていたのか、一行一行たしかめよう。それまでは未来を信じて、ただフランスをめざすことだけを考えよう。
4年後の11月16日深夜、アジアの壁はついに破られた。フランス大会アジア地区最終予選を特集した「ナンバー」432号はあっというまに売り切れた。
私は発売日の早朝、近所のコンビニエンスストアで3冊購入して最初の頁から最後の広告までを呆けたように何度も眺めた。4年前に発行された327号ワールドカップ予選特集のことは完全に忘れていた。
自分がそれを複雑な心境で購入した場面も、恐くて頁を開けなかったことも、引っ越しをしたとき郷里へ残さず東京まで運んだことも、それをあたらしい部屋の本棚の奥へ最初に閉じこめたことも、そのとき何を自分に誓ったのかも、まったく思い出さないまま、1998年を迎えた。
日本代表最初のワールドカップゲームまであと2ヵ月となったところで、私は初めて「ナンバー」327号の頁を開いた。悲劇から4年半が過ぎていた。
サッカーW杯最終予選緊急速報
[イントロダクション]
文●大住良行 写真●朝倉宏二/佐貫直哉/原悦生/山田一仁
夢の終わり、真実の始まり。
[試合速報]
写真●朝倉宏二/佐貫直哉/原悦生/山田一仁
10月28日 日本代表vs.イラク
アウトラインレポート「それでも世界には届かなかった」文●杉山茂樹
精密試合分析「ワールドカップ予選の恐ろしさ」文●後藤健生
カタールの22人「ハンス・オフトという男」文●小松成美
10月15日 日本代表vs.サウジアラビア
アウトラインレポート「緒戦勝負が合い言葉だったが」
精密試合分析「明らかになったディフェンスの問題点」
カタールの22人「柱谷哲二、オフトサッカーを信じて」
*この試合のスコアは0-0。
10月18日 日本代表vs.イラン
アウトラインレポート「サッカーの根源的な部分で負けた日本」
精密試合分析「日本にはゲームプランが存在しなかった」
カタールの22人「ラモス瑠偉、すべては日の丸のために」
10月21日 日本代表vs.北朝鮮
アウトラインレポート「ようやく日本に勢いが出てきた」
精密試合分析「神の意志が紡ぎ出した新布陣の充実」
カタールの22人「中山雅史、『ゴンゴール』、これが僕の仕事」
*この試合のスコアは3-0。
10月25日 日本代表vs.韓国
アウトラインレポート「予想を超える活躍でついに王手」
精密試合分析「テクニックで強さを制しての勝利」
カタールの22人「三浦知良、夢に近づいた時に見せた涙」
*この試合のスコアは1-0。
[選手密着レポート]
文●小松成美 写真●朝倉宏二
極私的日本代表カタール日記。
[ナンバーノンフィクション]
文●鈴木洋史 写真●朝倉宏二
WE SUPPORT NIPPON ~日本代表サポーター、史上最大の作戦。
記事を読んでいるうちに、忘れていたあのころの場面、場面が時空をこえて思い出されてきた。
目の前が涙でかすんだ。
その日の夜は誰にも会わず、4年前の記録と、4年後の記録を交互に読んだ。
(『フットボール共和国』第3号から引用)
