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平成ドラマティック【#noteでBL】

というわけで、今回も参加させていただきます。

ジャンル
SF

あらすじ
一向に進展しない恋をどうにかするために、僕(章介)は裕太を盛岡に連れ出した。盛岡は、かつての僕らの思い出の地。盛岡食堂でお互いのことを語り合った日々が、僕らのはじまりだから。
それでも、恋は進展しない。真夜中の開運橋に立ち尽くしていた僕は、とあるきっかけで二千十年の盛岡にタイムリープしてしまう。平成の只中にタイムリープした僕を待っていたのは、懐かしいものの数々と、悲しい運命だった。


本編(3108字・字下げ含)

 逆に問いたい。「猛烈にアタックされたらすぐに好きになっちゃうタイプなんだよな、俺」と言いながら、僕の長年のアプローチにひとつも靡かないのは何故だ。だと言うのに、丑三つ時の開運橋から川を見下ろしながら僕の左手に優しく触れたのは何故だ。

 お互いに同性愛者だと打ち明けた日、僕達は盛岡食堂でラーメンを食べた。昨今の物価高からは考えもつかない一杯二百八十円のラーメンを啜りながら、僕らは相互性のあるカミングアウトをした。その後で、他愛のない話をした。スライド式のガラケーを手持ち無沙汰でカシャカシャとスライドさせながら、賑やかに外を歩く岩大生を見送った。

 僕はあれからずっと──いや、その前からきっと──裕太に恋をしている。


 元号は令和に変わり、ガラケーは事実上絶滅した。だと言うのに、僕らの恋は一向に進まない。このままでは身体にマイクロチップが埋め込まれてネコ型ロボットが生み出されるまで、恋の進展は望めない。
 僕は焦った。焦りに焦った結果、今回の盛岡再訪を半ば無理矢理に決めた。そして、明日の朝にはここを離れる。盛岡、ああ盛岡。あの日、カミングアウトをしたあの日に戻ってしまえたら──。

 そう願った、その時だった。突然に機嫌を悪くした空から、轟音と共に光が降った。その雷に打たれた僕の耳に、さんさ踊りのメロディ。

 さっこらーちょいわやっせ、さっこらーちょいわやっせ。


 目を開くと、盛岡食堂の店内だった。左手に黒いスライド式ガラケーを握りしめた僕は、ラーメンを啜る裕太と向き合って座っている。まさか、まさか。
 急いでメニューを確認する。ラーメン、二百八十円。ガラケーを開く。二千十年七月十三日。出会い系からの迷惑メールが七件。
「……嘘だろ」
「嘘じゃねぇって」
 裕太が啜っていたラーメンを丁寧に咀嚼して飲み込んでから言う。
「俺もゲイ。章介と一緒。そんな嘘つくわけないじゃん」
「あ、あー……いや、うん。それは知ってる。痛感してる。そうじゃなくてね……」
「……章介、なんか隠してる?」
「……驚かないで聞いて。それで、できたら信じてくれる?」
 追加注文した唐揚げが運ばれてきた。大きく息を吐き出してから、僕は未来から来たのだと告げた。ガラケーが着うたで『CHE.R.RY』を奏でる度、それをそっと消しながら。


「……なるほどなぁ」
 裕太は背もたれに身を預けながら、ゆっくりと天井を見上げた。外を歩く岩大生であろうカップルが、この暑さと湿度に負けないほどにべたべたしている。身長差だけ見れば、犯罪のようなカップルだ。唐揚げを頬張りながら、それをぼんやりと見送る。小柄な女性の握り拳くらいある唐揚げはとてもジューシーで、肉を喰らうことの喜びを痛感する。

「……大きな地震が起きるんだな」
 裕太はどう考えても一口では食べられない唐揚げをどうにか全部頬張ろうとしながら、ぽつりと呟いた。
「……起きる。津波が来て、原発事故も起きる。その後も、色んな場所で色んな災害が起きる」
「そっか。んで、タチの悪い病気が流行ったり、各地で戦争も起きたりする」
「うん」
「『明るい未来』は何処に行ったんだか」
 裕太は片方の口角を上げて、乾いた笑いを漏らす。少しショックを受けているときに裕太がする表情。それがどうしようもないほどに悲しいけれど、起きてしまった未来は変えられない。

「他には? 何か起きる?」
「あー……長澤まさみが結婚する。SMAPが解散する。嵐が活動終了する。あとは……」
「待て待て待て待て! 色々起きすぎだろ!」
「……あ。『こち亀』、『NARUTO』、『BLEACH』は終わるけど、『HUNTER×HUNTER』と『ONE PIECE』はまだ終わってない」
「待て待て待て待て! どういうことだ!?」
「『ガラスの仮面』も続いてる」
「……信じられん」
 裕太は頭を抱えた。その様子が面白くて、僕は思わず笑ってしまう。

「……知ってるか、章介。タイムリープをして戻るとな、ひとつだけ何かが変わっているらしいぜ」
「そうなんだ」
「そう。まぁ、SF小説の受け売りだけどな。お前が戻った後きっと、何かが変わっているよ」
「……いい方向にだといいな」
「確かにな」
 唐揚げを頬張る間だけ、僕らの間に沈黙。その後で、僕がいた未来の話。『秒速5センチメートル』が実写化されると教えると裕太は、「嬉しいけど、世の中ってわかんねぇな」と笑った。

「章介」
 いつの間にか、裕太は真剣な顔になっていた。最後の一個の唐揚げに箸を伸ばしながら、僕をじっと見る。
「……俺も、裕太も、その地震では死なないんだよな?」
「……うん。僕はその当時青森にいるし、君は盛岡市内にいた。ライフライン面で困ることはあったけれど、僕らは地震から二十日後に連絡を取り合えるようになる」
「……そっか。良かった」
 裕太は安心した様子でビールを飲んだ。いつ頼んだのかわからない盛岡冷麺がテーブルに運ばれてきて、裕太はそれをすぐに食べ始める。ちゅるちゅると麺を啜る唇を、思わずじっと見つめる。
「……あのさ、章介」
「あ、ごめん。凝視しちゃった」
「そうじゃなくて。未来の俺に会えたら伝えておいてくれ。『正直になれ』って」
「……え? それって……」
 ガラケーが先程までの『CHE.R.RY』とは違う曲を奏でる。聴いたことのない、もの悲しいメロディ。
「……じゃあな、章介」
「え? え? これって、そういう……」
「さよならだ」
 裕太は悲しげに微笑んで、それから豪快に麺を啜った。左手を、ひらひらと振りながら。


 気がつくと僕は、開運橋にもたれながら川を覗き込んでいた。盛岡食堂店内の賑やかさは消え失せ、丑三つ時の静寂が僕を包む。
「……夢、かな」
 周囲を見回しながら呟く。裕太の姿は、何処にもない。
「裕太?」
 裕太、裕太、裕太。何度名前を呼んでも、彼はその姿を現してはくれない。何処かに行ってしまったのだろうか。電話をしようとジャケットの右ポケットからスマホを取り出したときにふと、裕太はもう何処にもいないのだと気付いた。

──お前が戻った後きっと、何かが変わっているよ。

 そうか、そういうことか。「変わった」のか。スマホを操作して、スケジュールを確認する。来年の予定に「裕太 十七回忌」の文字を見つけた。血の気が引いて、立ち眩みを起こした。欄干に掴まって、どうにか転ばずに済んだ。

 裕太。この未来の君は、あの日に死んだのか。

 たったひとつ、たったひとつだ。たったひとつしか何かが変わらない「未来」で、どうしてこんなに残酷なことが起きるのか。地震が起きなかった未来なら良かったのに。コロナ禍が起きなかった未来なら良かったのに。戦争が起きなかった未来なら良かったのに。どうして、よりによって、君のいない未来なんだ。

 叫びだしそうになって、どうにかその衝動を飲み込む。細胞に染み付いた愛が、反射的に君の名を呼んだ。
「裕太」
 返事などない。あるはずもない。ここに、君はいないのだから。
「裕太、裕太。裕太裕太、裕太!」
 叫んでも、喚いても、君はいない。知っている、わかっている、理解している、頭では。それでも細胞とこれまでの日々が、脊髄反射のように、当たり前に、君の名前を呼ぶ。

 涙を拭おうとした左手に、輝く何かを見つけた。薬指に、月明かりのように弱く光る指輪。
「……『ひとつだけ』じゃないのかよ」
 嘘つき。でも、そうか。そうなんだね。僕らの恋は確かに、叶ったんだね。僕らは、恋人になれたんだね。

 涙がいつまでも溢れて、それでも僕はずっと空を見ていた。仄かに明るくなっていく未来に、もう君はいないけれど。確かな恋の証だけが、薬指に残っている。


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