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AM4:00

朝4時に家を出て散歩をしていた時期がある。
22歳前後の半年間、明け方の盛岡の街を歩くことを習慣にしていた。やめたきっかけは冬になり吹雪が続いたことだったと思うが、始めたきっかけは覚えていない。大して意味を持って始めたわけでもなかった。大して意味のある人生を歩んでいるわけでもなかった。

当時の僕は、二度目の登校拒否の只中にいた。大学は義務教育でもないのだから、無理にしがみつく必要もなかった。今となってはそう思う。ただ、当時の僕は「これ以上逃げてはいけない」という強迫観念に近いものに支配されていた。盛岡に7年もいた最大の理由は、それだったと思う。

当時の生活は完全に昼夜逆転していた。明け方の散歩を終えると、帰り道にある吉野家で朝食を食べ帰宅し、NHKの連続テレビ小説を見てから眠りに就いていた。夕方まで眠り、夜は適当な食事を大量の酒で流し込み、何の役にも立たないような文章をつらつらと書いた。そして、明け方になると再び散歩に出た。
つまりは、おおよそ普通とは程遠い暮らしを送っていた。


明け方の盛岡の街は、そこまで静かでもなかった。
24時間営業の店舗があったことや、先を急ぐ大型トラックがものすごい速さで走行していたこともあるのだろう。僕が望んでいた「静寂」というものとは違う。ただ騒音の種類が変わっただけだった。
当時から聴覚過敏のような症状はあった。イヤホンを耳に押し込んで音楽に頼ることで、いわゆる喧騒からは遮断される。あの頃の僕は、音楽だけが頼りだった。今よりもずっと、僕は孤独だった。

よれよれの黒いパーカーのポケットには、財布と音楽プレーヤーだけを入れていた。携帯電話は部屋に置いたまま。誰かからの連絡を待ってはいなかったし、誰かに連絡するつもりもなかった。
一人でどこまでも歩いた。音楽だけを味方に。

当時聴いていた音楽を聴くことは、今となっては滅多になくなった。
あの頃好きだったロックバンドの音楽は、ドラムの脱退をきっかけに聴かなくなった。古いジャズの魅力は上手く理解できなくなった。年月のせいなのか、僕が変わったのか。どちらにせよ、あの頃に戻ることはきっともうない。戻る必要がない。


その日は珍しく、大型トラックは一台も走行していなかった。
アパートを出てすぐの交差点で、信号が変わるのを律儀に待った。18歳の春、横断歩道の向こう側で僕を待っていたあの子は、もうこの街を去った。赤信号の向こうに一度だけ浮かんだ顔は、泣き顔だった。
僕は彼女を何度泣かせたのだろうか。記憶を辿っているうちに、信号が青に変わった。僕は、交差点を渡る。
二度と出会えませんように。そう思った。嫌いなわけでもなく、会いたくないわけでもないけれど、彼女の未来と幸福のため、彼女が二度と僕を見つけませんように。奇妙な願いだとしても、叶いますように。

通えなくなった大学へ向かう道に、少しだけ立った。両足は小刻みに震え、口の中は瞬く間に乾いていった。遠ざかるように、僕は道を曲がった。そうやっていつも、逃げていた。そういう人生だった。逃げた先に幸運が待っているなどとは、このときの僕には思えなかった。

北上川を見下ろせる橋の途中で、僕は魚になりたいと思った。今ここから北上川に身を投げて、海まで泳いでいく夢を見た。淡水から海水に変わった瞬間に息絶えてしまうとしても、海に行こうと思った。
逃げてばかりの自分が願っているのは、「死ぬこと」なのか「生きること」なのか。何もわからなくなっていた。
橋の途中で立ち止まった。欄干に手をかけ見下ろした北上川は、「おいで」とも「来るな」とも言わなかった。ただそこにあった。そういうものだと思った。世界はただそこにある。それだけ。欄干にかけていた手を、そっと離した。宙ぶらりんの「死にたい」からも、僕は逃げた。
イヤホンから流れるロックは、寂しそうに愛を叫んでいた。所詮自分はピエロだと、ボーカルは歌う。僕は来た道を引き返した。

アパート近くの交差点に戻ってきた頃、向こう側に朝焼けが見えた。見覚えがあるかすら定かではない人々がまばらに行き交う。
当たり前に朝が来て、一日が始まる。それを幸福と思うか、残酷と思うか。どちらも認められるべきだと思った。世界とか世間とか、そういう曖昧で凶暴なものに認められるべきだと言いたかった。ただそこにあることを、ただそこにある世界が認めてくれることを願った。それだけだった。
行き交う人々の幸福を願える誰かの幸福と、行き交う人々の不幸を願ってしまう誰かの幸福。誰かの希望は当たり前に誰かの絶望で、この地方都市でさえ、価値観や思想は星屑よりも多く存在していた。それはきっと素晴らしいことであるけれど、受け入れられなかった気持ちはどこへ向かうのだろうと思った。死にたいと口にした。少しだけ違うような気がした。

僕が望んでいたのはきっと、死ぬことではなかった。
ただ、世界から遠ざかってしまいたかったのだ。

薄く傷をつけた太腿に、汗の染み込むような痛みを感じた。たったそれだけで泣けてしまうほど、寂しいと思った。傷の痛みよりもずっと悲しかったのは、自分で傷をつけたことだった。そうしなければ上手く呼吸ができない自分を認められないことだった。
もういいよ、全部もういいよ。


アパートの鍵を開けて、部屋に入る。
消し忘れたエアコンの作動音。カーテンを閉め切った部屋。携帯を確認する。一件のメール。
「誕生日、おめでとう」
古くからの友人がくれたメール。その一文を何度も読み返してから、携帯をそっと置いた。返事は後にしようと思った。言葉を選ぶには、気持ちが溢れすぎていた。気持ちや心を完全に表現できるほど、言葉は完璧ではない。

「おめでとう、僕」
薄暗い部屋に自分の声がした。
遠ざかりたいと思った世界に祝福されて、僕はその日23歳になった。
それからも、日々は続いている。

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