見出し画像

【掌編】ずっと

俺を繋ぎ止めるものを、俺は上手く知覚できずにいる。

例えば、野田洋次郎の世界観だとか草野マサムネの歌声だとかそういうものは確かに俺の足取りを軽くするけれど、絶対的に俺を繋ぎ止めているわけではないのかもしれない。マセガキだった頃に好きだったAV女優が大麻で捕まって、俺は童貞を捨てるよりも先に枯芒のような大人になった。憧れたヴィジュアル系ミュージシャンが自殺して、生きることの虚しさを知った。そういう日々を生きて、面白くもないことで愛想笑いする大人になった。

煙草に火を点けて、橙色の火種をぼんやりと見た。まだ葉さえ茂らない百日紅の枝に、一羽の鵯が留まる。ああ、くそったれなほどに春が近づいている。晴れた空に雲は見つからなくても、心は上手く晴れ渡ってはくれない。
煙草を咥えようとすると、鵯がけたたましい声で鳴いた。禁煙しろって言う医者みたいだ。俺は吸うのを諦めて、煙草を灰皿の近くまで下ろした。

「ずっと一緒にいようね」

そう微笑んだあの子の顔を、よく思い出すようになった。高校生として生きた日々を社会人への片想いという無駄な時間に費やした俺にとって、高校生らしい恋の思い出はそれしかない。

──「ずっと」なんて、なかったな。

結局一度も吸わないまま燃え落ちた煙草を灰皿に押し込む。ずっと火の点いたままの煙草なんてないし、ずっと葉の茂らない百日紅もない。ずっと生きている鵯は存在しないし、俺もすぐに死ぬのかもしれない。それでも、あの子の笑顔だけがずっと心から消えてくれない。
永遠なんてない。どれだけ願っても祈っても、永遠はない。きっと神様でさえその在処を知らない秘宝を、俺達は探し続けたまま死んでいく。そういう日々を生きる、神様も含めた全部が笑顔であればいいと、新しい煙草に火を点けながら思う。

俺は、幸せなのかもしれない。
今手元に残っているものが何一つとしてなくても、俺の心には少なくとも一つの永遠がある。ずっと消えないものがある。それを幸せと呼ばないでいられるほど、俺は大人でも子供でもない。
煙草を咥えると、鵯がまた大きな声で鳴いた。禁煙なんかしてやらねえよ。俺はただ、生きるだけだ。色々あって苦しくなったりおかしくなったりする日々を、ただ生きるだけ。
ちょっとだけ、あの子に会えるのに期待しながら。

了(943字)

いいなと思ったら応援しよう!

ナル いただいたチップは、通院費と岩手紹介記事のための費用に使わせていただきます。すごく、すごーくありがたいので、よろしくお願いします。チップって名前にちょっとだけ違和感ありません…?