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③作文教室リターンズ。友人のお子さんを巻き込み失敗が許されない無謀な挑戦へ。

前回は、私がヘンテコな作文教室を始めた経緯を話しました。この話が最初に書いた本の執筆へどう繋がるのか、その続きをお話します。


魔物に蹂躙された我が家に平穏が戻った

2011年2月10日、東京都立小石川中等教育学校の合格発表日。

早朝の電車で合格発表会場の中高一貫校へ。
学校へ向かう歩道は、保護者や塾関係者でごった返していた。
これほど多くの人たちが中学受験に臨んでいたことをあらためて実感する。

満面の笑みで駅へ戻る家族。
ため息を吐き、視線を落としたまま歩く母親。
塾の資料を手に無表情で歩く子ども。
すれ違う人たちの思いが洪水のように押し寄せてくる。

一歩また一歩と学校へ近づくたび、私の手先が冷たく、足取りが重くなる。

数字が羅列された真っ白いボード、その前に人だかり。
喜びとため息が混じる異様な空間。

怖い。最悪の結果が頭をよぎる。
視線が定まらず番号を見つけられない。

「あった!」隣で妻が叫ぶ。

「え?」喜びより驚きが先に立つ。
長男の受験番号を見つけたとき、胸が苦しくなった。

成績が上がったときに見せた満面の笑顔。
解答欄をえんぴつで塗りつぶしたときの悔しそうな顔。
理不尽に子どもを叱りつけた自分のエゴ。
妻との言い争い。
身を潜める次男。
この1年余りで家族に起きた、さまざまな場面が甦る。

よかった。本当によかった。それ以外の言葉が出てこなかった。

私の作文教室が役に立ったのか、正直わかりません。
でも、結果が出たから、それでよしとしよう。

こうして中学受験という魔物に蹂躙された我が家に、平穏な日々が戻りました。

作文教室リターンズ。失敗が許されない無謀な挑戦へ。


あれから2年、再びドス黒い雲が我が家を覆いました。中学受験という名の魔物が今度は次男に襲いかかってきたのです。
長男と戦いに挑んだ以上、次男の戦いを前に尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。

次男も公立中高一貫校に的を絞り、失敗したら公立校へ進学する捨て身の戦略で臨むことになりました。
もちろん、私の担当は作文力強化です。
長男のときの実績を生かし、次男にも万全のサポートをしたいと腕まくりをした。

そこに想定外の話が持ち上がります。
大学時代の後輩と、仕事上の友人に、次男と同じ年齢の子どもがおり、中高一貫校受験を考えているとのこと。

これは絶好の機会だと思い、無料で作文教室を開催するので参加してみませんか?と持ちかけました。

今思えば、恐ろしい提案をしたものです。もしも成果があがらなければ、私は友人との間に禍根を残しかねません。
リスクを犯しても開催したかったのには理由があります。
複数人で学べば、
「そんな表現の仕方があったんだ!」
「そういう書き方、おもしろいね」
「どうやって思いついたの?」と、子ども同士が刺激しあい、大人が教えるより大きな成果があがると考えたからです。

こうして生徒3人に月2回60分の作文教室を開催することが決まりました。

順調に滑り出した作文教室。甘い目論見で事業化に向けて動き出す

コピーライター流のヘンテコなカリキュラムを体系化し、アニメーションや動画を使用した約90ページの教材を作成しました。

授業は、20分ほど教材で学び、その後課題を出す。書き上がった作文を添削し、終了時に課題作文を出題。次の回で添削しながら、次の単元へ進む、という流れだった。

最初の2ヶ月は順調でした。
アニメーションや動画をつかった教材は、子どもたちの心をつかみ前のめりに学んでくれました。お互いの作品が刺激となり、表現が活性化し、表現力・文章力が向上していきました。

「これはいける」と、私の中に確信が芽生えました。
このカリキュラムをブラッシュアップして「作文教室」を事業化しようと決意し、ホームページと生徒募集のチラシ作成に着手しました。

予想以上に良いスタートダッシュを切った作文教室、次回はカリキュラムとの内容や、子どもたちの学びの成果についてお話しします。


終わり

<次回予告>
ビジュアル思考を使った作文教室の正体と、子どもたちの反応。







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