【エッセイ】 30歳目前。私はまだ、自分の武器が分からない。
とにかく最近頭の中で考えてることを書き殴ってみる。
私は今年でじつは30歳になる。
20代後半で公務員から転職をして、私立大学の職員になった。
これからはVUCAの時代なんて言われ続けてる。
VUCA時代とは、
変動性(Volatility)
不確実性(Uncertainty)
複雑性(Complexity)
曖昧性(Ambiguity)
の4つの単語の頭文字をとった言葉で、
先行きが不透明で将来の予測が困難な現代の社会・ビジネス環境を指す。
雑に言うならこれからの時代、何が起きるかマジで分からんよ。ってこと。
そんなこと言われても。と、わたしも生活していく上では、国民の三大義務を果たしていかないといけないので、何とか生きていかねばならないのである。
タイトルにもある「専門性」という言葉は、これまでも一回だけぶち当たったことがある。
それは転職のとき。
私は国家公務員として、ある地方機関で勤務してきた。それもゼネラリストとして、1.2年の異動スパンで働いてきた。
もちろん、そもそも5年ほどしか勤務してない上、ゼネラリストとして育てられてたから専門性なんぞ1mmしか育ってない。
そんな中、いわばポテンシャル採用とでも言おうか。私にポテンシャルがあるわけではないけど、年齢が若いという強力な要素によって、転職を成功させたと思っている。
一見、人生における職の終着点に辿り着いたと思われてる方もいるかもしれない。
私はそうは思ってない。
だって、VUCAの時代というやつは、私をそのまま生きさせてはくれないのだから。
私立大学なんて、どんどん潰れていってるじゃないか?
私がそのまま一生安泰なんて誰が決めつけた?
誰がコロナによるパンデミックを予想してた?
正常性バイアスに囚われた考えをしていては、いつか詰むことになるのは自分なんだ。
じゃあ、専門性を磨こう。
専門性を磨けば、勤め先に囚われない働き方ができるんだ!
そのように私の頭の中は、ユートピアを作り上げているのだ。
そして、そのユートピアを頭の中で夢見て、なんとなく専門性を磨こう!とただ思っているだけ。
私は、社会人になったばかりのころ、30歳までにギターを弾けるようになり、英語もペラペラになるように頑張ろうと思ってた。
そのどちらも、29歳の今、達成してない。
あと数ヶ月どんなにがんばっても、私が理想としてた姿にたどり着くのは無理だ。
そんなふうに、専門性を身に付けたい!とただ問題意識を抱いてる風に日々を過ごし、この中途半端に考えてる感を自分の中に醸し出すことで、自分の外に追いやろうとしていることを今この私は認知している。
私は自省録のように、ここに書き綴っているが、書くことによって、自分と向き合えている思う。
同じように、世の中の動きを大衆よりいち早く察知して「専門性を身に付けたい。」と思っている方たちは、たくさん存在すると思う。
そこに辿り着いただけ、すごいと思う。
でも、そこからすごく高い壁を感じている方はどれくらいいるだろうか?
私は今、そこに辿り着いたばかり。
自分とは何か?何が強みなのか?
自己分析はたくさんしてきたつもりだ。
自己分析しても、私は何の専門性もない人間で、これからもきっとそうだろうと思ってしまう。
よく、〇〇×〇〇×〇〇の掛け算で、その人独自の希少性、専門性を作ることができるという言葉を聞く。
わかってる。わかってるけど、未来が見えない。
そんなんは専門性じゃない。やっていける自信がない。
わりとポジティブ思考な私でも、ここはマイナス思考である。
多分、自分へのハードルを上げすぎてるのもあるかもしれない。そういう性格なのだ。
こういうとき、誰かから後押ししてもらえると自信を持つんだろうか。
先が見えなくて、孤独な海にポツンとただ流されてる私が、いつか明るい光を灯した島を見つけ、辿り着くことはできるのだろうか?
このエッセイは、そんなときが来た時に見返したい。
未来の自分、うまくやれてるかい?
そうか、さすが自分だ。信じてたよ。
