【世界史探究】 人類の出アフリカと拡散① 〜原人・旧人編〜
人類の「出アフリカ→拡散」は,ホモ・サピエンスに始まったことではありません。この記事では、サピエンス以前の原人・旧人の出アフリカと拡散について,その概略をおさえておきたいと思います。
ちなみに,猿人については,アフリカ以外で化石や遺物が発見されることがないため,「出アフリカ」はなかったとされています。
1.原人の出アフリカと拡散

⑴ エレクトゥス初期の出アフリカ
アフリカに誕生したホモ属の人類として,初めてアフリカを出てユーラシアに定住したのは初期のホモ・エレクトゥス(原人)でした。
ヨーロッパとアジアの境目にあたるカフカス山脈の南麓,ドマニシ遺跡(ジョージア共和国)で発見されたホモ・エレクトゥスの化石人骨は,およそ185〜178万年前のものと推定されました。
ホモ・サピエンス誕生より百数十万年も前にアフリカを出ていたことになります。
ただ,のちにアジア方面へ拡散したエレクトゥスと比較すると,かなり原始的な形質を残しており,脳容積は600〜780mLほどで,ホモ・ハビリスと大きく違わないものでした。

あごが大きく,脳容積はかなり小さい。
この初期段階のホモ・エレクトゥスは,シナイ半島からレバント(東地中海沿岸)経由でカフカス地方へ至ったものと考えられます。
アフリカ北東部から中東にかけては,現在は乾燥した気候ですが,気候変動によって湿潤な環境になった時期があり,この原人は,そのタイミングで食料となる大型動物を追って,アフリカを出たものと推察されます。
⑵ アジアへの拡散と進化
アジアでは,19世紀末以降,ジャワ島各地で発見されているジャワ原人(脳容積:900mL〜)や,1920〜30年代に周口店で発見された北京原人(同:平均1000mL)がよく知られています。
これらは,ドマニシの原人より後に,ユーラシアの各地域に適応して進化を遂げた系統と考えられます。
一方,2000年代初めに,インドネシアのフローレス島で6万年ほど前まで生息していたとみられる小型の原人が発見され,ホモ・フロレシエンシス(フローレス原人)と名づけられました。
ジャワ原人との類似点が多いのですが,身長は1m 程度で,脳容積はアウストラロピテクス並みの400mLほどでした。「島嶼化」と呼ばれる特殊な進化によって小型化したものと推測されています。
その後,2024年までの調査で,70万年前の地層からホモ・フロレシエンシスの祖先と思われる原人の化石骨が複数発見されました。推定身長はやはり1mほどで,70万年前までには,すでに小型化が生じていたことがわかりました。
およそ100万年前にフローレス島に渡った初期の原人が,数十万年かけて小型化したのではないかと考えられています。

孤島では,大型動物は小型化し,小型の動物は大型化する傾向があるとされる(島嶼化)。フロレシエンシスの場合,狭い島で捕食者がいなかったことや,食料が乏しかったことなどから,繁殖に有利な小さな身体に進化したのではないかと推測されている。
⑶ ヨーロッパへの拡散と進化
ヨーロッパに目を転じると,50万年前より古い時代の人類(原人)の存在を示す証拠は,長らく発見されていませんでした。が,1990年代になって新たな発見があり,流れが変わりました。
1990年代半ばにスペイン・アタプエルカ地区のグラン・ドリナ遺跡で,およそ95〜77万年前の原人の化石が発見され,ホモ・アンテセッサーと名づけられました。
この原人は,頭骨や鎖骨,四肢骨がホモ・サピエンスや旧人のネアンデルタール人・デニソワ人(後出)に似ており,特に顔の中央部分はサピエンスに近いとされています。
ホモ・アンテセッサーはグラン・ドリナでしか発見されておらず,ほかの人類との系統関係は解明されていません。
ただ,2020年の研究報告では,ホモ・アンテセッサーの歯から抽出したタンパク質を解析した結果,ホモ・サピエンスやネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先とは近縁の姉妹系統である(つまり直系の祖先ではない)という結果がでました。

カルスト地形が広がるアタプエルカにはグラン・ドリナのような洞窟が多く,古人類の遺跡が点在している。
一方,2022年には,同じアタプエルカのシマ・デル・エレファンテ遺跡から,140〜110万年前のものとされる原人の顔面の一部が発見され,2025年現在,ヨーロッパ最古の化石人骨とされています。
現時点では,ホモ・アンテセッサーよりは原始的で,ホモ・エレクトゥスと類似点が多いことはわかっていますが,今も研究調査中であり,種の分類に関する結論はまだ出ていません。
これらヨーロッパで発見された原人が,ユーラシアでドマニシの原人などから進化したのか,あるいはアフリカで進化したものが,新たにユーラシアへ渡ってきたのかについては,まだ定説がないようです。
2.出アフリカを経験した(?)旧人

フランス南部のアラゴ洞窟出土。45万年ほど前のものと推定されている。
およそ60〜30万年前にアフリカからヨーロッパ・アジアの一部にまで広く分布していた人類として,ホモ・ハイデルベルゲンシス(ハイデルベルク人)が挙げられます。
この人類については,ホモ・エレクトゥスに含める見解もありますが,推定身長180cmと大柄で,ホモ・エレクトゥスより脳容積が大きい(1100〜1300mL)ため,日本では「旧人」に分類されることが多いようです。
最初の化石発見地(1907年)がドイツのハイデルベルク近郊だったため,「ハイデルベルゲンシス」と名付けられましたが,その後,アフリカやヨーロッパ各地で同時代の同様な化石が発見され,広範囲に分布していたことが確認されました。
この人類はアフリカでホモ・エレクトゥスから進化し、その後,アフリカを出てユーラシアへ拡散したという説が一定の支持を得ています。つまり,旧人のうち「出アフリカ」を経験している可能性がある人類です。
ただ研究者の間では,「ハイデルベルゲンシス」については,一つの種というより,年代や形質の近い多くの種を便宜的にまとめた総称的グループであり,いずれ再分類されるべき,とする意見が多いようです。
一方で,長い間,このハイデルベルゲンシスこそがホモ・サピエンスやネアンデルタール人の共通祖先だとする説が有力視されていました。
アフリカのハイデルベルゲンシスからサピエンスが,ヨーロッパのハイデルベルゲンシスからネアンデルタール人が進化したという説もありました。
しかし,近年の新たなゲノム解析から,ホモ・サピエンスの系統とネアンデルタール人・デニソワ人の系統が分岐したのは約76.5万~55万年前頃と推定され,ハイデルベルゲンシスの時代よりも古い可能性が高くなりました。
現時点では,サピエンスとネアンデルタール人の共通祖先は,ハイデルベルゲンシスよりさらに古い時代に生きた人類である,とする意見が強くなっています。
3.出アフリカ後に進化した旧人

この項では,ホモ・エレクトゥスがアフリカを出た後にユーラシアで進化・拡散したと考えられる旧人2種を取り上げます。
⑴ 「旧人」といえばネアンデルタール人

ネアンデルタール人は,胴体が太くがっしりした体格で,前腕部や下腿が短かった。これは厳しい寒さに適応するため,末端部を短くして熱の放散を防ぐ進化と考えられている。
「旧人」を語るにあたっては,やはり誰もが知るネアンデルタール人を取り上げないわけにはいかないでしょう。
19世紀半ば,ドイツのネアンデル渓谷の採石場から掘り出された化石人骨によって,現生人類とは別種の人類の存在が明らかになり,新たにホモ・ネアンデルタレンシスと名づけられました。日本では標準和名のネアンデルタール人で呼ばれることが多い人類です。
ネアンデルタール人の化石や遺物については,ユーラシアでしか発見されておらず,およそ30万年前までにヨーロッパで進化して,4〜3万年前に絶滅したと考えられています。つまり「出アフリカ」は経験していないことになります。
ただ,その化石の発見地は,ヨーロッパを中心に,西アジア・中央アジアからシベリア南部のアルタイ地方までの広域に及びます。
氷期と間氷期が繰り返された氷河時代に,高緯度地方の寒冷な環境に適応して進化した人類であったことがわかります。
これまでに発見されたネアンデルタール人系統の最も初期の例として,スペインのアタプエルカ地区にある,シマ・デ・ロス・ウエソス遺跡で出土した28人分もの人骨群が挙げられます。これらは,当初,60万年前のものと推定されたため,ホモ・ハイデルベルゲンシスだと考えられていました。
その後,年代が43万年前に訂正され,さらに,2016年に発表された核ゲノム解析の結果,これらの人骨が初期のネアンデルタール人の系統であると確認されたのです。
一方,2010年にクロアチアの洞窟から発見されたネアンデルタール人女性のDNAを解析した結果,現代人のうち,サハラ以南のアフリカ出身者を除くアジア人とヨーロッパ人では,DNAの2.5%ほどをネアンデルタール人から受け継いでいることがわかりました。
アフリカとユーラシアで差が出るということは,ホモ・サピエンスがアフリカを出たあとの段階で,ネアンデルタール人と交雑(異種間での交配)していたことを示唆しています。[→この件の詳細は後日の記事にて]
⑵ 謎の人類 デニソワ人

2010年,ロシアのアルタイ地方にあるデニソワ洞窟から出土した古人類の指骨と臼歯をDNA分析した結果,ネアンデルタール人とは近縁の未知の人類のものであることがわかりました。
この人類がこの洞窟に住んでいたのは,およそ20万〜5万年前と推定されています。
そして,頭骨など骨格の化石がなく,顔形や体型など形態的特徴が不明のまま,初めてDNA解析のみで新種の人類と認められ,デニソワ人と通称されるようになりました(正式な学名はまだ付けられていません)。
一方で,ゲノム解析によって,現代人のDNAとデニソワ人との共通部分を探した結果,パプアニューギニアなどメラネシアの人々では,DNAの3〜6%がデニソワ人から受け継いだものであり・・
さらに,デニソワ人とメラネシア人の間には,3万年前と4万年前の2度の交雑があったことも判明しています。
メラネシア人ほどではありませんが,南アジアや東アジア,アメリカ先住民のDNAにもデニソワ人由来のものが確認されています。
2019年には,チベット高原東部の白石崖溶洞(中国・甘粛省)で1980年に発見されていた約16万年前の下顎骨について,タンパク質の解析を行ったところ,デニソワ人のものであることが判明しました。
デニソワ人はチベットのような酸素の少ない高地での生活に適応する遺伝子変異を有しており,現代のチベットに住む人々の赤血球を調べたところ,その遺伝子変異を受け継いでいることもわかりました。
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人,デニソワ人の三者の系統は,数十万年もの間,共存しており,この三者間では交雑が行われ,互いに遺伝子を交換してきたのです。
▼2025年最新情報:デニソワ人の顔が明らかに?
原人・旧人の「出アフリカ→拡散」については以上です。
次回は,ホモ・サピエンスの出アフリカについて探究したいと思います。
つづく
《おもな参考文献》
▶︎NHKスペシャル「人類誕生」制作班編/馬場悠男監修 『NHKスペシャル 人類誕生』 学研プラス 2018年
▶︎斉藤成也編著/海部陽介,米田譲,隅山健太著 『図解 人類の進化(ブルーバックス)』 講談社 2021年
▶︎篠田謙一著 『人類の起源(中公新書)』 2022年
▶︎テルモ・ピエバニ,バレリー・ゼトゥン著/エラリー・ジャンクリストフ,篠原範子,竹花秀春訳 『人類史マップ』日経ナショナルジオグラフィック社 2021年
▶︎ルイーズ・ハンフリー,クリス・ストリンガー著/篠田謙一,藤田祐樹監修 『サピエンス物語』 エクスナレッジ 2018年
