【消えたヒトたち】 ピテカントロプス/シナントロプス/ジンジャントロプス
▼世界史探究トピ No.4
0.脳裏に焼きつく"ピテカントロプス"

半世紀もむかしの話で恐縮ですが,子供の頃に読んだマンガのなかで・・
人物A:ピテカントロプスそっくり
人物B:どこがペキン原人なんだ!
みたいなやり取りがあって,「ピテカントロプス」という珍妙な響きの語が,小学生だった私の脳裏に焼きつきました。
いまでも,ピテカントロプスと聞くと,瞬時に「北京原人」を(まちがって)イメージしてしまうので,困ったものです。
(注:ピテカントロプスはジャワ原人)
20代の頃には,たま というバンドの曲「さよなら人類」が何かのテレビCMで使われていて,サビの「ピテカントロプスになる日も〜♪」の歌詞が脳内でヘビロテされていたことがありました。
最近でも,演劇の題名などに「ピテカントロプス」が使われていたりするのを見かけます。
さまざまな分野のクリエイターにフィーチャーされてきたこの「ピテカントロプス」なる語は,ある年代以上の日本人にとって,むかし教科書で見た”猿から人間に進化する途中のヒト”を思い描くトリガーでもあったのでしょう。
そのユーモラスな語感やカタカナのフォルムが直立猿人のイメージにピタリとハマって,多くの人の記憶に残っていたのかもしれません。
「ピテカントロプス」の命名は,ギリシア語のピテコス(猿)+アントロポス(人間)によるもので,まさに猿と人間の中間を意味します。
これにラテン語のエレクトゥス(直立する)を加えて,発見当初「ピテカントロプス・エレクトゥス」という学名がつけられたのです。
1.教科書から消えたヒトたち
私は,2017年頃にデジタル教材開発の試行ドメインとして「高校世界史」を選びました。その際,教科書や資料集を数種類取りそろえて,久々に"浦島太郎"感覚で眺めていたのですが・・
奇異に思ったのは,かつて人類の進化の過程で取り上げられていた,ピテカントロプス,シナントロプス,ジンジャントロプスといったヒトの名称がどこにも載っていないことでした。
古人類学の知識に乏しい私は,その時はこれらの語がどういった経緯で「消えた」のかよく理解しておらず,また,その分野の学術的知見がどんどん様変わりしていることも知りませんでした。
その後,いろいろ調べてわかったことを,次項以降に書き記したいと思います。
2.ホモ属に一括されたヒトたち

歴史教科書には,いまは◯◯だが以前は◇◇とされていた,のような研究の歴史をふり返える記載はありませんから,若い世代の方々は,ピテカントロプスやシナントロプスといわれてもピンとこないかもしれません。
ピテカントロプスはジャワ原人,シナントロプスは北京原人の古い属名なのです。
属・種のフルネームでは,ピテカントロプス・エレクトゥス,シナントロプス・ペキネンシスと表記され,私はこのフルネームで覚えていました。
いま,原人はすべてホモ属(ヒト属)に分類しなおされ,ジャワ原人・北京原人とも,ホモ・エレクトゥスの亜種として再分類されています。教科書から「消えた」わけではないのです。
亜種名を付したフルネームは以下の通りです。
ジャワ原人→ ホモ・エレクトゥス・エレクトゥス
北京原人→ ホモ・エレクトゥス・ペキネンシス
ホモ・エレクトゥスは200万年ほど前のアフリカで誕生し,のちに初めてアフリカを出て世界各地に拡散した人類です。
化石の発見では,アフリカよりもジャワ島(19世紀末)と北京郊外の周口店(1930年頃)が先だったため,それぞれに独自の属名(ピテカントロプス/シナントロプス)がつけられていました。
その後,これらと近縁の原人の化石がアフリカや西アジアでも発見されたことで,アフリカからユーラシアにかけて広く分布していたことがわかり,1950年頃までにホモ属にまとめられ,今日に至るというわけです。
ちなみに,原人・旧人・新人は全てホモ属に分類されますが,それ以前の猿人たちはある程度細かい属に分けられています
3.消えざるをえなかった傍系のヒト

旧称は「ジンジャントロプス・ボイセイ」。現在はパラントロプス属に分類され,脳頭蓋には「ウルトラマンのような」と形容される凌が前後に走っている。
1950年代末にタンザニアのオルドヴァイ峡谷で猿人の化石が発見され,発見者によって「ジンジャントロプス・ボイセイ」と名づけられました。
現在では,パラントロプス属(頑丈型猿人)に再分類され,パラントロプス・ボイセイと呼称されるのが一般的です。
「ジンジャントロプス」という呼称について,私はそらで記憶していて,おそらく教科書や資料集などで見て覚えたのだと思います
猿人の進化の系統については諸説あるようですが,以下のような説が有力視されています。
まず,初期の猿人として,サヘラントロプス・チャデンシスやアルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)などが現れた。
その後,アウストラロピテクス属に分類される猿人が現れた。
アウストラロピテクス属から,パラントロプス属に進化する系統とホモ属(ハビリスなどの原人)に進化する系統に分岐した。
パラントロプス属は子孫を残すことなく絶滅したが,ホモ属は原人から旧人や新人へと進化した。

※図中の「A」はアウストラロピテクス,「P」はパラントロプス。
パラントロプス属は「頑丈型猿人」とよばれます。頑丈型と呼ばれるのは,顔の骨(下顎骨や頬骨)が頑丈で,臼歯が巨大であるためです。側頭筋が大きく発達して,咀嚼力が強力だったため,それを支える脳頭蓋には前後に走る稜があり,ゴリラの頭骨に似た形状をなしています。
これは,更新世のアフリカにおける気候の乾燥化と植生の変化に適応した結果と考えられます。サバナで育つ繊維質の多いイネ科などの植物を食糧とするなかで,それらを大量に咀嚼する能力を進化させたようです。
パラントロプス属は,アウストラロピテクス属の猿人が途絶えた後も,およそ100万年もの間,ホモ属の原人と併存していました。が,ホモ属と違って,子孫を残さず猿人段階で絶滅してしまったのです。
そういった経緯や,形質的にもホモ属とは別方向に進化したことが明らかなため,パラントロプス(旧ジンジャントロプス含む)は,現生人類とは直接繋がらない傍系のヒトという位置づけになるでしょう。
これでは,サピエンスの歴史を学ぶ「世界史」教科書に載せる理由が見当たらないですね。残念ながら消えざるをえなかったようです。
以上です
《参考文献》
▶︎大貫良夫・前川和也・渡辺和子・屋形禎亮著『世界の歴史1 人類の起源と古代オリエント』中央公論社 1998年
▶︎斉藤成也編著 海部陽介・米田譲・隅山健太著『図解 人類の進化(ブルーバックス)』講談社 2021年
▶︎篠田謙一著『人類の起源(中公新書)』2022年
▶︎田近英一監修『新版 地球・生命の大進化』新星出版社 2023年
