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ニューヨークの路上で、私は「割れたメガネ」を120ドルで買った。


――私が自分を見つけた瞬間。

「自分探しの旅なんて、どうせ何も見つからない」
そんな冷ややかな言葉をよく耳にする。けれど私は思う。自分探しの旅は、大いにアリだ。なぜなら私は、ニューヨークの路上で、全く予期せぬ形で「自分」に出会ってしまったから。

それは、ブロードウェイのネオンに目を奪われ、おのぼりさん丸出しで歩いていた夜のことだった。

「ドンッ!」

不注意に振った私の腕が、誰かにぶつかった。
「おっと、ソーリー」
軽く謝って通り過ぎようとした時、後ろから低く太い声が響いた。

「Hey...」

振り返ると、そこには背の高いBボーイ風の黒人青年が立っていた。その手には、無残に割れたメガネ。
「やってしまった」と心臓が跳ねた。ここはニューヨーク。殺されるかもしれない。パニックで頭が真っ白になりそうな自分を、必死でなだめる。

「私は英語が少ししか話せない。ゆっくり話してくれ」

彼はシンプルに告げた。「メガネが壊れた。修理代に120ドル必要だ」と。
正直、吹っかけられていると思った。手持ちの現金もない。けれど、彼が口にした**「I am a good man(俺はいい奴だ)」**という言葉を、なぜか信じてみたくなったのだ。

その瞬間、それまでの焦りが嘘のように引き、驚くほど冷静に思考が回り始めた。
「120ドル? 保険でカバーできるじゃないか」「だったら、この状況を解決してみせよう」。

「わかった、120ドル払うよ」

持ち合わせがなかったため、近くのATMまで彼に同行してもらうことにした。目的地へ向かって歩く道すがら、不思議と心が軽くなっていくのを感じた。私は彼に興味が湧き、いくつか質問を投げかけてみた。

彼は18歳の大学生だった。ジャマイカからこの大都会に移り住んできたのだという。とても話しやすく、穏やかな青年だった。

ATMに到着し、彼を外に待たせて中へ入る。しかし、そこでまたしてもトラブルに見舞われた。
海外で頼りにしていたメインのカードが、なぜか受け付けられないのだ。焦りが込み上げるが、こういう窮地でこそ人間の地力が試される。私は意を決して、近くにいた優しそうな女性に、拙い英語で助けを求めた。

彼女の助けを借りながら試行錯誤し、別の予備カードを差し込むと、ようやく現金を引き出すことができた。
「ありがとう」
心からの感謝が溢れた。見知らぬ地で受けた、見知らぬ誰かからの親切。その温かさに触れたとき、私は本気で思った。もし私の目の前で困っている人がいたら、今度は私が迷わず手を差し伸べよう、と。

青年にお金を渡し、私は彼に一つのお願いをした。
「その割れたメガネを、私にくれ」
彼は不思議そうな顔をしたが、「Souvenir(土産)か」と笑って手渡してくれた。

別れ際、彼は言った。
「Take care, this is NY(気をつけな、これがNYだ)」


結局、騙されたのかもしれない。けれど、あの夜の私は間違いなく、ピンチを自力で切り抜ける「意外とやるじゃん、自分」という新しい自分に出会っていた。

自分探しの旅とは、どこかに隠れている自分を探すことではない。
見たこともない景色の中で、見たこともない反応をする自分に驚くこと。
それこそが、旅で自分を見つけるということなのだと思う。

120ドルの割れたメガネ

#創作大賞2026 #エッセイ部門 #ニューヨーク #旅行記

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