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【普通】と向き合った子ども時代

物心がついた頃にはすでに
病気を抱えていたわたしが


普通であること】に向き合うようになったのは
小学校に入学してからのことでした。


体育で持久走が始まった頃、
当時まだ運動制限があったため参加できず

授業を見学することが増えました。


低学年の頃は自分のことについて
何となーーくしかわかっていなくて

ダメって言われてるから走れないくらいのレベル。

詳しい説明なんてできない。

加えて他の子どもたちからしたら
当然見た目ではどこが悪いのかわからない。

『走らないの?』

『なんでいつもお休みなの?』

『ズルしてるんじゃないの?』

悪気はなかった子もいたけれど
見学の日が増えるたびに
そう言われるようになりました。

そのとき、悔しいとか悲しいとかじゃなくて
モヤモヤしたことを今でも覚えています。

そんな中で2年生の秋に誘われて行った
バスケットボールクラブの体験が楽しくて

家に帰って家族に入部したいと伝えたとき

普通の子じゃないから
何かあったら危ないから

と反対された。

そこでモヤモヤの正体が分かったような気がして


みんなと同じように走れない
みんなと同じようにバスケットができない

わたしは普通の子じゃない

と幼いながらに理解しました。

家族の気持ちも、もちろんわかります。
心配してくれて、言ってくれたことだと
今は理解できています。

でも当時のわたしには、
その言葉はとても重たかった。

普通ってなんだろう
どうやったら普通の子になれるのだろう
と考えるようになり、

普通の子になれるように
家族の反対を押し切ってバスケットを始めました。

たまたま、通っていた小学校のチームが
厳しくて有名なコーチがいるところで(笑)

今よりもゆるい時代だったので、怒られると
叩かれたり蹴られたりすることもあって

(あ、パイプ椅子も飛んできたなぁ…😇)

何回も辞めようと思いました。
(辞めればよかったと今は思いますが)


それでも続けたのは
心の底にある普通の子になりたいという
気持ちがずっと強かったからだと思います。


バスケットの他にも

学級委員になってみたり

生徒会役員になってみたり

応援団長をやってみたり

副部長になってみたり

いろんなことに挑戦してきました。


そういうのをやることで
成績を上げたいっていう気持ちもあったけど。笑


でもやっぱり1番強いのは

普通になりたいっていう気持ちだったように
思います。


今となっては、いろんな経験ができて
よかったと思っていますが

当時のわたしは、普通の子になることに
本当に必死だった。

そのことをうまく言葉にはできなかったけど
ずーっと心の中にその思いがあった。

当時のわたしに会えたら

たくさんたくさん頑張ってるねって

頭わしゃわしゃして褒めちぎりたいと思います。


世間から見たら、
今も普通の人ではないのかもしれないけど

今のわたしが、わたしにとっての普通なんです。
(と、自分に言い聞かせています)


今、療育の仕事の中で

いろんな子どもたちと関わっています。

わたしが関わる子どもたちだけでなく
全ての子どもたちは
いろんな性格・特性を持っているし
特性があるのは決して悪いことじゃない。

課題も、素敵なところも1人1人全く違って

集団の中でどこまでできるのかを見るのも
もちろん、これから社会で生きていく上で
大切なことなんだけど


その子の世界を守って、広げてあげたい

大人の思う普通に当てはめるんじゃなくて
その子の普通を大切にしてあげたい

その上で集団生活が送れるようにしたい

そんな気持ちで日々子どもたちと
向き合いたいなーって思っています。



改めて考えると

普通って、難しいですね。

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