コピー紙の免許証
母の免許証のコピーを、5年間持ち続けている。白黒で印刷して、免許証サイズにはさみで切り抜いたもの。とっくに有効期限は切れている。通帳ケースに入れているから、お金を引き出したり振り込んだりするときには、免許証の中の、少しだけ若い母と目が合う。
大学進学を機に、福岡から関東に出てきた。当初母には反対されていた。私は生活能力の皆無な女子高生だったから、心配だったのだと思う。
母はわりと放任主義で、私が小学校高学年の頃から、自分のすることは自分で責任を取りなさい、という人だった。たとえば、家に忘れ物をして、それに母が気づいたとしても、学校まで持ってきてくれるようなことはない。あんたは叱られたら学ぶやろ、というのが母の言い分だった。ひとり親で下のきょうだいがいて、という事情もあるから、その点に関して母に不満を持ったことはない。それでも、日頃だらしない娘が一人で暮らそうとするのには、自己責任論より心配が勝ったらしかった。
そんな母を、自分一人で全部頑張るから、となんとか説得した。約束通り、学生生活にかかわることは極力母を頼らずにこなした。仕送りは受けず、自分で制度の書類を読み、分からなければ自分で契約したスマホで調べ、発生する全ての支払いはアルバイトの掛け持ちで賄い、ときに他人に頭を下げ、なんとかやり遂げてきた。大学2年の冬、学生宿舎からアパートに引っ越すかと思い、時期を決め、部屋を選び、友人に頭を下げて荷物を運び、終わってから「住所変わったけ」と連絡した。母の返事がどうだったかはあまり覚えていない。わかった、くらいのあっさりした返事だったように思う。結局、私の在学中に母が関東の地を踏んだのはただ一度だけだった。それも大学3年の冬、所属する合唱団の最後の演奏会に私が呼び出したのだ。母の方から押しかけてくるようなことは決してなかった。
とはいえ、主に書類手続き面で、母には迷惑をかけた。関東と福岡は遠かった。奨学金関連なんかで、母に関するなにかの書類がほしくても、すぐに福岡の役所や母の職場へ取りに行くことはできない。普段滅多に連絡しないくせに、「ごめん、あの書類がいるんやったんやけどぉ」と、『そういうとき』にだけ電話をよこす私に、「あんたはなんで早よ言わんかね」と母はぷりぷり怒ったものだった。
私が一人暮らしを始めた2021年、まだ18歳は成人ではなかった。「親の身分証が必要になることがあるけ、私の免許証コピーしときなさい」と言われその通りにした。新しいスマホを契約するときだっただろうか、細かい場面は忘れてしまったけれど、本当に一度だけ求められたことがあり、そのときだけは母に電話をかけずに済んだ。予言めいた出来ごとに、ママの言うことはいっつも合っとるわ、と内心思ったものだ。幼少期、母の助言やら忠告やらを無視したけれど、忠告された通りの事態が起きて困る、ということは実によくあった。そういうとき、母は「ママの言うことは合っとるやろ」と笑った。私は悔しいながらも、人生の先輩の言うことは聞いた方がいい、という教訓を身をもって得たのであった。
家を出るとき、母に持たされたものはほとんどない。しかし、当たり前のことだけれど、私はかつて息巻いていたように、全てを一人でやるなんてできていなかった。調べても出てこないような、なにげない母の教えを、ふと思い出して解決した問題もあった。母は私に免許証のコピーくらいしか持たせなかったけれど、あの小さなコピー紙に、母の人生の一部も載せてくれた。
自分の免許証もマイナンバーカードも持っている今、私は私の身分と、責任能力を証明する手段をたくさん持っている。そして、それを使って責任を果たしてきた。もう誰かに保証してもらう必要はない。けれどもまだ、私はこのぺらぺらの免許証を捨てられずにいる。私は世界にたった一人の存在ではないということを、この免許証が証明してくれているような気がして、ただなんとなく、持っている。
