【エッセイ】街なかを歩く初級さんぽで「しょーもない」感情を味わう
「ほんとに、初級散歩が好きだねぇ」
それは夫の言葉である。
夫いわく、散歩にも上達ランクがあり「初級」は街なかなどのとても賑やかな場所を歩くことを示すらしい。
ちなみに、「中級」は住宅街などの少し喧騒から離れる場所や郊外の街、「上級≒達人」になるとあたり一面の原っぱらや田んぼが続く道でも楽しめるそうだ。
「散歩が好きなら、上級散歩できるようにならなきゃね! 僕はもう達人目指してるよ。田舎のおじいちゃんたちは愛犬連れて、毎日同じコースの上級散歩してるしね。あの姿を目指してる」
と言っていたが、ホントかな…?(苦笑)
それはさておき、私は初級散歩が大好きだ。
手を繋いで歩く、散歩が好きだ。
お互いの仕事優先で過ごしていた数年間は結婚当初から、2週に一回高速バスや特急電車を使って交互に会いに行っていた。
毎日電話してはいるけれど、会えるとやっぱりうれしい。ひとり生活の平日もなんだかんだ楽しいけれど。
話は脱線したが、私は「初級散歩」が好きだ。
以前他のテーマでも話したけれど、人の気配や見知らぬ人の生活の欠片たちを案外気に入っている。
そこに、夫も加われば最高の組み合わせなのだ。
初級散歩を愛さずにはいられない。
散歩といっても、30分〜1時間くらいのものではない。
10キロ以上歩くような長いお散歩だ。
今日はこの街に行こう、トマト系パスタを食べてぶらぶらして、午後はこのお店で便箋選んで――。
普通のお出かけではないかとうっすら気づいたけれど、私たちにとってはお散歩なのだ。そう、お散歩。
この時間は、私たち夫婦の会えない時間をうめてくれるだけではなく、電話でわざわざ言わないようなしょーもない感想や気持ちを伝え合う重要な時間。
「しょーもない」でさっさと処理されるような出来事や言葉たちは、実は大切だと思う。
本人でさえも、優先度低く取り扱ってしまう気持ちや出来事だ。
「あのね、昨日ね、舞茸がスーパーで98円だったの。思わず2個買っちゃった。ラッキー!」
でもいい。
「今朝怖い夢見て、高校生の自分が数学で赤点とった夢見た…。何年ぶりにあの焦燥感を感じてしょんぼりした」
とかでも、もちろんいい。
特にネガティブな出来事は、知らず知らずの間に心の澱に溜まっていく。降り積もってしまう。
でも、誰かとだったら、笑い飛ばせる。
ネガティブな気持ちなら「処理済み。処分完了」のボタンを一緒に押してもらえる。
それは、家族とだって、友人とだって、もちろんペットとだって。
大好きな初級散歩では、喧騒のなかにちっぽけな自分がまぎれて、心地良い。
それに、たいしたことじゃないと言い聞かせ続けて傷ついた、自分自身を優しく受け止めることができる。
それは、一方通行ではなくてお互いさま。
皆さん、大切な人とお互いの「しょーもない」感情を
共有してみませんか?
