自分を許すとどうなるか?
時に、他者の言動に違和感を覚えたり、
自分との違いに大きく相手を批判したくなることが、きっと誰しもあるだろう。
「私はこんなにも頑張ってる"のに“」とか。
「私の時はこうだった“のに”」とか。
人は誰しもが、自分の思い通りにいかないと気に食わない部分があるらしい。
そしてそれは私も例外ではなく。
せっかくこっちに道を作ったのに、結局使わないのかよ。じゃああれはなんだったんだ。
刹那、期待を裏切られた気分になるのは、
きっとあなたが真面目に生きてきた証拠なのだ。
ふざけもせず、他者や周りの環境に気を遣いながら自分を後回しにして、常識という縛りのある世界で
真面目に生きてきたからこそ、そう感じる。
私たちは【その瞬間】まで、例外を自分に許してこれなかったのだ。
誰も、そっちの道しか使ってはダメとも、
相手の意志を汲み取れとも指示したわけではないのに。
境界線
もしも、今あなたがコンビニにいて、店員に
「好きなもの全部持って行っていいよ!」
と声をかけられたらどうするだろうか?
きっと8割くらいの人は戸惑うと思う。
しかし、学生時代、クラスに1人は必ずいたであろうムードメーカーはこう言う。
「え?!マジ!?ありがとう!!じゃあこれとこれとこれ!」
そのセリフに、7割に含まれる私たちは最初こう思うのだ。
「は?ありえない」
つまり私たちは予期せぬ例外を受け入れ難い生き物なのである。
よくいえば用心深い、頭のキレる人。冷静で状況判断が得意。
だが、この理性的な部分を1度捨て、
「ありえない」を
この言葉に変換すればあなたはその刹那、
あなた自身も周りも許すことができる可能性が広がるのだ。
「ありがとう」。
なんせ私たちは冷静で、状況判断が得意で頭のキレる人。
頭がキレすぎるのかもしれない。そこがちょっと短所。
だがその冷静さで、ありえないをありがとうに即座に変換できるのは長所だ。
あなたは、これからもそうして世界を広げていける可能性を秘めている。
なんせ私たちに、不可能なんてことはないのだから。
