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母に会ってきました / HSP整体師

✤母と会う

認知症で施設にいる母と
久しぶりに会いました。

この日は、施設のドクターから
母の様子について説明があるとのことで
施設を訪ねました。

説明の後に面会をするかどうかを尋ねられ
予定していませんでしたが
「はい」と答えました。

私が先生からの一通りの話を聞いた後に
職員さんが母を連れてきてくれて
面会は15分くらいです。

あまりにも久しぶりで話すことは
特にありません。
久しぶりの母は元氣そうで
そして、小さくなっていました。

話すことを用意していなくても
なんとか笑顔になれたし
会話もできました。

桜がもう散ってしまったとか、
施設で花見をしたとか、
でも桜の木を切ってしまったとか…
なんでもない、他愛のないことばかり。

そして、母は
一番の気になることを聞いてきました。


✤「あんちゃんは帰って来てるん?」

そして、母は
母の一番に気になることを聞いてきました。

本当のことは言えませんでした。

兄は退職して実家に戻って来ていて
働くこともせず、時間はあるはずなのに
一度も会いに来ないのです。

母の悲しみが伝わって来ました。
体力があれば、ヒステリックになったかもしれませんが、今の母はそんな感じではありません。

私はこう答えました。
「あんちゃんは、実家に来てもすぐ帰っちゃうからさ」

すると母は
「あんたじゃ、ご馳走が出ないからな」と
私のせいにして、こぼれそうな感情を堪えている様に見えました。

本当のことは言えませんでした。


✤言えなかった大切なこと

そして
私は伝えたかったことも
忘れてしまい、言えませんでした。

3月は私の誕生日だったのです。
言えなかった大切なこと。

『産んでくれてありがとう』


帰りの運転席で忘れたことを悔やみました。



今度は、9月の母の誕生日頃に来たいな
母の姉達を連れて。
皆、もうお婆ちゃんだから、昔みたいに自由に出掛けることは難しくなったみたいです。

55歳になって
ようやく「寿命」を考えられるようになりました。

大きく見えていた親が、背中を丸めて少し痩せてだいぶ小さくと感じる様になりました。

母の幼少時代は、戦後の影響が色濃く残っており、食べるものも十分にない時でした。学校は中学で終わり、その後は就職して働く人が大半でした。母は、そういう時代を支えた一人です。

✤人生は短い

小さくなった親を見て、
人生は短いものなのだと痛感致しました。

80代90代になった時に
自分の歩んできた道を振り返った時
様々な思いと感情が大きな波の如く
押し寄せてくるのかもしれない。

それでいいのだと思う。

喜怒哀楽 きどあいらく。
悲喜交交 ひきこもごも。

例え、どんな人生であったとしても
それだから人生なのだと
人生に、いいも悪いもないと
私はそう思う。


最後まで読んでくれてありがとう。💕
皆様の思いも知りたいな…
コメントを待っていますね。

三日月

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