HSP辛さからの解放 リメイク① / HSP整体師
【記事はXのAI Grok・ChatGTPと作成した文章を、私 三日月がアレンジしております。でも、9割以上三日月が書きました。🤗】
●HSPが生きる辛さから解放されるためには? 心の優しい人達へ…
まずは前提として
HSP(Highly Sensitive Person、高感受性の人)って、心理学者エレイン・アーロンさんが名付けたもので、簡単に言うと「感じることや気づくことがとっても深い人」のこと。たとえば、周りの人の気持ちや雰囲気、音や光みたいな環境の変化を、繊細にキャッチしちゃうのが特徴。
具体的には…
感情が豊か:
嬉しいことも悲しいことも、深く心に響いて、涙が出やすいとか感動しやすいことがあるかもしれない。
気づきが多い:
小さな音や匂い、人の表情の変化とか、細かいことが自然と目や耳に入ってくる。
考えるのが深い:
物事をじっくり考えたり、一つの出来事をいろんな角度から見つめたりする。
刺激に敏感:
賑やかな場所や忙しすぎる毎日は、ちょっと疲れちゃうこともある。
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では、本題に入りましょう。
やっぱりHSPは不安と孤独と不遇さなどを感じやすいのではないかと推察しています。とはいえ、これは私の主観です。HSPだからHSPを理解できるというわけではないと考えます、私には他人の状態は分かりません。
何故なら
HSPは全体の2割弱の人とされていますが、HSPは皆同じではなく、個性はそれぞれだと思うからです。
三日月がnoteへ記事投稿を始めたのは3/3から、その前月の2月頃までは自分についてイロイロと悲観的に考えることが多くありました。
●自分について考えてきたこと
✤【なんで私の体は痛いの?】
努力の割に受け取るものが少なすぎます。これは、自分がHSPであると自覚するのが遅すぎたことも関係してると思っています。自分の特性を理解することなく、何故こんなに不遇な人生なのかと理不尽な思いで寿命の半分以上を費やしてしまいました。
私が工場で働きながら整体師の資格を取得したのが2022年8月(52 歳)です。体のことを学ぼうとした理由ですが、振り返ると私の人生の主人公は「痛み」と言ってもいいくらいです、慢性的な不快な感覚が絶えず体にまとわりついていました。
肩や首の痛み、頭の重さ、全身が自分の意思通りにならず、心はいつもどんよりとしていました。気分の浮き沈みがあり、楽しい時とそうではない時の落差が苦しかった。なんとなくいつも辛く苦しい、ずっと幸福感の薄い人生でした。
それでも「このままではいけない」と努力だけは人一倍してきたつもりです。整体師の資格を取ったら何かを理解できていて何かが変わって、私は元氣になれるかもしれないと考えたのです。これが整体師を目指した理由です。
体についての知識を得て、手技を学び有資格者になりました。YouTubeでセルフケアのやり方を参考にして、自分の体の痛みを解消しようと自己ケアも頑張りました。それでも、1週間の終わりには疲れてしまいます。
あれ?おかしいな、こんなに体ケアを頑張ってるのに…。私が想像したくらいの元氣にならないのは何故だろう? (7割くらいの回復を実感、残り3割の不快感は何なんだろう?)
有資格者になった後にも、高い情報商材を買い学びと実践をしてきました。
✤【まだ足りないのは何…?】
2023 年のことです。
心理に詳しいセラピストのおのころ心平(しんぺい)先生のセミナーを受けました時のこと、先生は私が発言した後に「HSP」と呟くように言うのです。
それまでの私は、「HSP」という言葉を聞いたことがある程度で、まさか自分がそうであるなど考えたことがありませんでした。でも、その頃から私は私への見方を少しづつ変えたのです。何故、先生は私のことをそう判断したのだろう…
おのころ先生のセミナー中に、他の受講者から「言う事が深い」と言われたり、問題を回答する際に私だけが違っていたり(違うからダメという質の類ではありません、同じ物を見ても感じ方には差があるという点が焦点です)しました。
やっぱり集団の中で少し浮いていると思いました。嫌われているのとは違い、私が思っていることを正直な言葉で素直に話すと、周りがウケるのです。感心されたり笑いが起こったりしました。
私は私のことを、もしかしてHSPかもしれないと考える様になったのは、おのころ先生に「HSP」と呟かれてからなんです。この時既に53 歳になっていました。
✤【自覚している私のHSP的な特性について】
私が自覚している特性は、
ことわざ「一を聞いて十を知る(いちをきいてじゅうをしる)」を地でやれるところです。わずかなことを聞いただけで、その背景や全体をすぐに理解し洞察力があることになります。
他には、観察しているとその人の考えや感情が「見える」「聞こえる」感じがあるということです。これは全員に対してではありません。
職場などでは、おのずと私は55歳の非正規で働くオバサンという設定になるわけです。今の私は体ケアの継続のおかげで動きもスムーズですし、この様に記事作成や生成AIを学んだりと、田舎のオバサンにしては好奇心旺盛です。そうなると、同世代の多くオバサン達と比べると違いが出てしまいます。
更に、敢えて失礼なもの言いをしますが
普通のゆとり世代の人達の能力と比べても、「察しがいい」とか「先を読む」とかの力は私の方が高くなってしまいます。
こちらは
一聞けば、十くらいは察するのです。一方、「HSP以外」の人達は、いち聞いて、いちを十分に把握することも難しいとなれば、会話が噛み合いませんし、私は相手に合わせるのが面倒になります。だから無口になりますし、話すにしても無難なことしか話さなくなります。
このように他人とのコミュニケーションが噛み合わないことが多々あります。
✤【私が私として生きるために】
HSPという言葉って、最近になってよく聞く言葉だと思っています。私が周りからHSP認定されても・されなくても、私は生まれた時から「私」であって他の誰でもありません。
私はHSPを生きるのではありません
「私」を生きるのです。
そのために
自分の内側に意識を向け、自己理解を深めること。私が私の一番の理解者になることだと考えています。体の痛みは無意識から私への何かのメッセージなのです。「こっちを向いて、わかって」と伝えてきています。
HSPにとって外部からの雑な刺激が強い分、内面に目を向けることは非常に重要です。自己理解を深めることなくして生きづらさを和らげるのは難しいのではないかと思います。
自分の特性を個性として受け入れ、愛するといい。そう愛するのです。今の私は、生まれた理由をこう捉えています。
『私は私になりたくて生まれた』
私は、たまに自分でも自分が面倒な奴だと感じることがあります。そして、そんな私を両親は見捨てなかったのです、きっと大変だったろうと思います。そのことを理解した瞬間に両親への感謝が腹の底から湧き上がり、目に涙が滲みました。
生まれて初めてのことでした。
✤【生き辛いと感じているHSPの皆様へ】
最後に
自分で自分を理解しましょう。
体の声を聞いてほしい、僅かな痛みや違和感は、体のかすれ声だと思います。
ちゃんと体に意識を向けて、体の声を聞いてほしい。
気持ちを静めて心を見つめてほしい。
あなたの心はずっと無視されて、色を失っているかもしれません。
自分の一番の理解者は自分です、自己理解を深めましょう。
自分の人生を冷静に見つめましょう。
静かに静かに内面を見つめて、耳をすまして音を聞くようにしてほしい。
そして、自分の全てをそのまま抱きしめてあげてほしい。
あなたにあなたを愛してほしい。
人生を愛してほしい。
繊細なあなたへ、優しいあなたへ
生きづらいあなたへ
誰かを愛したいあなたへ
最後まで読んでくれてありがとう。
またね、三日月。🌜
よかったらスキ宜しくです。
嬉しくてピョンピョンします。💕
