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冬の近江塩津駅で寒さに震えていたら思わぬ出会いがあった話



あれは冬の終わりのことだった。



まだウグイスの声は聞こえない、寒々とした水色の空の下でわたしたちは列車に揺られていた。

朝早くに多治見の街を出発し、まだ人の少ない中央線の車内で、野を越え山を越え街並みは名古屋都市圏のそれとなった。

ロングシートに座る私の隣には友人。

冬の午前6時台という夜の延長線のような時刻に呼び出し、そして列車に乗り込んだのだ。

目的地は敦賀。移動には4時間ほどがかかる。
暖房が効き切っていない車内でその説明をした。
「何県?」と聞かれたので「福井。」とだけ答えると、彼は面食らったように「福井!?」と叫んだ。
幸い1両目の車内には他に誰もいなく、少々大きな声を出しても問題なかった。

中京圏の民にとって日本海側は日帰りで行ける場所という認識がないのだ。

だからこの話を聞いたとき彼は、「これは長旅になるぞ」と思ったに違いない。


名古屋駅で東海道本線に乗り換える。大垣行きの新快速は打って変わって満員だった。

しかしその数も一宮、岐阜と停まるうちに減っていき、大垣で乗り換えた先には数人が乗るのみとなった。
この地域の住人か、はたまたアンチ新幹線か、兎にも角にもその全員が米原で乗り換えを余儀なくされた。JR東海の区間はここで終わりだからだ。

米原駅でトイレに行った彼をよそ目に、駅前のロータリーを眺めた。
本当に眺めただけで帰ってきたが、トイレ帰りの彼と合流し再びホームに戻ってきた時には、青に染まったJRの文字を纏う列車が停まっていた。

JR東海のイメージカラーはオレンジだ。そのため、青色である西日本のそれは新鮮この上ない。

この車両は北陸本線の普通列車。北陸本線は米原から敦賀を結ぶ路線だ。

もともと新潟県は直江津駅まで繋がっていたのだが、新幹線の延伸に伴い大部分が三セク化した結果こうなった。

…などとうんちくを垂れている間に、列車が進みだす。

長浜を過ぎ、余呉湖を抜ける。ここからの景色がなんとも美しく、わたしも友人もいっしょになってスマホのカメラを鳴らした。

途中で湖西線と合流する。
湖西線は文字通り琵琶湖の西側を通る路線だ。東側を通るこの北陸本線とは、滋賀―福井県境近くの近江塩津駅で接続される。

湖西線の列車が優先されるため、北陸本線に乗っていた乗客すべてはこの近江塩津駅で降ろされた。
ぜんぜん敦賀まで結んでねーじゃねーか。

近江塩津駅は切り立った崖にへばりついたような駅だ。駅舎は木造で、主要路線2本が乗り入れるにも関わらず自動改札機もない。
TOICAをかざして、外に出た。友人も後ろに従う。

ブブッ

クイズの答えを間違えたような音が鳴ったのを聞いて振り向くと、友人が自動改札機にバツ印を与えられていた。

近江塩津はJR西日本管内。つまり、米原で一度改札を出ないとTOICAが使えないのだ。

一度改札を出てから再入場した私は大丈夫だが、JR東海管内から乗り通した彼は出ることが出来なかったのだ。


苦渋の決断ながら、私は彼を駅に置いて近江塩津駅前をルンルンと観光し始めた。

鯖街道…であっているのだろうか。敦賀まで繋がっているであろう街道があった。
その道沿いには古い町並みが続くが、決して観光地にはなっていない。木造のひさしの下でおばあさんが洗濯物を干していた。
街道から少し離れると青々とした田園風景が広がっていた。

太陽はもうすっかり上がって、燦燦と光を浴びせてくる。空は快晴で、北の山の奥にうっすらと黒い雲が見えるのみだった。

ぶらついているうちに40分間の乗り換え待機を終え、戻ってきた時には狭いホームに十数人の乗客が待機していた。
友人の姿を見つけ、合流すると同時に列車が入ってくる。京都からはるばるやってきた湖西線。ドア横についているボタンを長押しして開け、入った。




長い長いトンネルを抜け、敦賀の街に入った頃には土砂降りだった。さっきまで快晴だったやろがい。

ああ、これがフェーン現象か。などと考えているうちに敦賀駅に着いた。新幹線の延伸で綺麗になったばかりだ。


駅から出てしばらく進むと、氣比神宮が見えてきた。


その境内に入ると、更に雨が強まった。
さっきまで雨粒が傘を叩きつける音がパチパチと軽快な音色を奏でていたのに、鳥居をくぐるその刹那にドドド、と強くぶつかってきた。

どうも私は北陸の神に嫌われているらしく、例えば九頭竜湖に行ったときは経験したことのない大雨が降った。雨雲レーダーを見るに、私が九頭竜湖沿いに着いた瞬間ゲリラ豪雨が始まり、離れた瞬間に終わったらしい。約15分間の地獄だったが、二度目も三度目も九頭竜では雨が降ったので、たぶん竜神的な存在に先祖が喧嘩を売ったのだろう。

兎にも角にも私は北陸と言う土地につくづく嫌われているのだが、ここまであからさまにやられると流石に笑えてくるというものだ。

私は本殿の方にむかって右手のひらで「すいませんね」と一瞥すると、早々に出ていった。案の定雨が弱まり、鳥居の前でやはり笑えてきた。友人はそのままお参りを済ませ、満面の笑みで帰ってきた。こいつは神様に嫌われていないらしい。



敦賀の街をしばらく歩く。この街は昔、日本海側最大の貿易都市だった。
ロシアの都市ウラジオストクとも定期運航船が出るほどで、港へ続く鉄道も通っていた。

まだ新潟が開発される前の話だ。


銀河鉄道999の聖地としても知られ、商店街沿いにはそのキャラクターをかたどった石像が多く並んでいる。

そんな街の中を、ファミマで買ったおにぎりをかじりつつ進んだ。


港の近くまで来ると、レンガ造りの重厚な建物に出会った。

これは「赤レンガ倉庫」。横浜のそれよりは幾分か小さいが、それでも立派だ。
内部はショップや博物館となっていてそれなりに多くの人で賑わっていた。

荒涼とした日本海を横目に自動ドアをくぐり、内部を見て回った。土産物屋で少々お菓子なりなんなりを買い、出た頃には雨はすっかりとやんでいた。

曇り空に時々穴が開いていて、そこから光が漏れ出している。光芒だ。

ちょうど氣比神宮のあたりに差し込んでいる。まっすぐな光の筋がまるでスポットライトのように刺さっていた。
嫌いな奴がいなくなってテンション上げてんじゃねーよ。

それはそうと美しい景色ではあったので良しとしよう。天気も回復したし。


赤レンガ倉庫から敦賀駅に戻るバスは40分後。面倒なので徒歩で移動することにした。
敦賀は扇状地と三角州が組み合わさったような街であり、市街地の面積はそこまで広くない。住宅街を競歩するように進み、30分後には駅に着いた。
バスはまだ出発してすらいない。やはり人間の足は最強!と振り向くと友人がものすごく息を切らしていた。
あ、ごめん。


停まっている特急サンダーバードを見に行き、在来線乗り場に戻る。ちょっとした軽食を買い、帰路に就いた。

…が、案の定だが近江塩津駅で止められた。この列車は湖西線に向かうため、40分間の待機が必要となったのだ。

また40分間か。この駅は前述のとおり狭い。ホームはもちろんだが木造の駅舎も小さく、待合室は十数人でいっぱいだった。
こんどこそ友人はこの駅から出る権利を手に入れているのだが、いかんせん寒い。終わりがけとはいえ冬だ。北風が吹き抜ける中を外に出る気にはなれなかった。
100人ほどの同じ境遇を抱えた乗客たちは駅のそこかしこに分散して耐え凌いでいたのだが、私達はホームに登る狭い階段に居座ることにした。幅1.5メートルほどの狭い通路の半分を沢山の人が占有している。
全て使ってしまわずに移動の余地を残している点、さすが日本人というところだろう。

そこで友人としばらく鉄道トークをしているうちに、後ろから声がかかった。


「あの、鉄道好きの方ですか?」


振り向くと3段後ろにお兄さんが座っていた。

「はい、と言っても鉄道オタクを自称するほどじゃないんですけどね。」

そう返すと彼は目を輝かせた。おそらく私の目も輝いていた。

お兄さんもまた稀代の鉄道好きだったのだ。



しばらく会話を続けているうちに、気づいたら列車が来ていた。

二人して入線してくるその車両の写真を撮る。


友人も釣られて撮っていた。


ボタンを押して列車のドアを開けると内部はボックスシートで、対面の形にして3人で座った。
彼はおもむろに背負っていたリュックサックに手を突っ込むと、手帳サイズのノートを取り出した。中には文字がびっしりと詰まっている。

「これ、僕がいままで来たことのある駅と路線の一覧なんですよ。」

そのノートには路線名や駅名のみならず、その出発時刻など沢山の情報が事細かに書かれていた。
私は素直に感心して、流れる車窓の手前熱心に読みふけってしまった。と同時に鉄道話に花を咲かせる。
私ほど鉄道に興味があるわけではない友人は早々に寝ていた。おかげで左肩が重かったが、それはまた別の話だ。そんなこともないか。



「分かります!直通路線があってもあえて環状線に乗るような…」

「そうそう!やっぱ地上路線は乗ってる時間が長いほどいいですよね」

一両目の右端で、沢山のトークをし続けた。米原までの約30分が一瞬だった。


列車を降りて、通路に立つ。ここで30分間だけ同行したお兄さんとはお別れだ。

ぜひ多治見にも来てください、と言うと

「来たことあるんですよ」と返されてしまった。さすがレジェンド。

「あ、そうそうこれ、僕のSNS。鉄道に関して発信しているので良ければ見てください。」

と言われ、そしてアカウント名を教えてもらう。すぐさま開くと、なるほど鉄オタ臭満開だ。
わー…これは流石に、

即フォローした。

即相互フォローになった。

米原で東海道線に乗り換える彼とはここでとうとうお別れだ。友人は「別に起きてたし」などとのたまっていた。100%絶対寝ていただろと私達は笑った。

「それじゃ、また。」

「ええ。また。」

そう軽快な挨拶をした後、お兄さんは隣のホームへ。私たちは改札の外へと向かった。

…いったん改札を出ないと面倒なことになるので、ね。


そんなこんなで、夜7時頃に帰宅。友人は「また行きたい」と言っていたのでヨシ!

彼はいまだに余呉湖の写真を見せてくる。そのたびに「綺麗だったよね、あそこ。」という会話をしている。


お兄さんとは未だにSNS上で関わりが多く、お互いに投稿をいいねし合う仲だ。
旅先の友情が続くというのは何とも風情がある。デジタル化社会に感謝する他ない。


またお会いして、そして旅をしながら沢山の鉄道話がしたいものだ。



もちろん、集合場所は近江塩津駅で。







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