池田に閉ざされた記憶
下街道。
中山道から分岐し、名古屋を経由して伊勢へと向かう道だ。江戸時代には伊勢参りのルートとして多くの往来があった。
池田町。
下街道の宿場町・池田宿として発展。遊郭としても親しまれていた。
すなわち、池田は多治見の中でも特に古い街なのである。古い街にはもちろん歴史があるわけで…。
今回は、そんな池田の街に眠る、閉ざされた記憶を掘り起こしていく。
7月10日。
別の記事の調べ物をするために、私は池田町屋郷土資料館を訪れていた。夏はもう盛り。遠く入道雲が見える。

ここは地域に根ざした資料館で、入館料も無料。解説の方も優しかった。


いやー、いい展示だった。
さて、その中で気になったのが湾曲していた1940年代当時の土岐川、それに沿って建設されていた中央本線だ。
実は、この中央本線、現在と過去とで山地を越えるトンネルの位置が約十メートルほどずれているのだ。このずれは山を越えるまで続いており、「愛岐トンネル群」として、愛知県側では一年に二回の公開が行われている。ここのトンネル群は非常に珍しく、煉瓦が五重巻きから八重巻きと非常に強い構造をしている上に秋の公開は紅葉の時期と重なるため、紅葉の名所である定光寺。多くの観光客が押し寄せるのである。


しかし、複数の理由から岐阜県側では公開されていない。してほしいなあ。ぜったい人気観光地になるのに。
定光寺側からは行けない、となるとやはり多治見側から行くことになる。
そしてこの、多治見側のトンネル入り口は池田町に存在するのだ。
七月十九日。
線路沿いを進む大きな道路。その脇に小道があるのを発見した。
この道だ。銀色のポールが立っている。
この小道を下っていくと、橋の下に出た。


丁度特急しなのが通り過ぎる。
現中央本線だ。
現中央本線を越えるとすぐにアスファルトが消えた。


ここからは林だ。自転車を置き、小道を歩く。
目的地は川の反対側だ。
少し林を歩くとそちらへ渡る橋が見えてきた。

かなり年季のあるコンクリート桁橋だ。
川を渡る。

そして、その橋を越えると、

重厚なレンガ造りの構造物が飛び込んでくる。
おそらく旧線の橋脚跡だろう。現在は水道管になっているようだ。ちなみに、対岸には浄水場がある。湾曲した土岐川旧流を埋め立てた場所に建っているのが浄水場とは、何の因果だろうか。
…そして前を見ると、木の陰に、何かが漆黒をまとってこちらを見ている。

遂に辿り着いた。愛岐トンネル群の多治見側。14号隧道だ。


内部は完全な漆黒だ。
蒸気機関車の煤かな?
とにかく、目標達成だ。
それでは次の目的地だ。
来た道を引き返し、この隧道の真上を目指す。

隧道の丁度真上に、池田城跡という城跡があるらしい。

かなり剥げたアスファルトにタイヤを切りつけながら立ち漕ぎして登った先には神社があった。


砂防ダムが綺麗だ。それだけ急な山、ということだろう。
GoogleMAPのみを頼りにして、その方向へと進む。

鳥居と出会った。
稲荷神社だ。
ここは池田稲荷神社。池田城はこの奥にあると思われるため、鳥居をくぐった。


かなり年季の入ったお社だ。
ここだけ時が止まったようだ。
蜘蛛の巣をくぐり、蜂が通り過ぎるのを待ち、蝶とも蛾とも言えない虫がひらひらと踊る中、更に先へ進む。

一分ほど歩くと境内に入った。
立派なお社だ。


窪んだ洞に小さなお社があった。

お参りして、さあ城はどこだと振り向いた時、目が合った。

もう方々へ続く鳥居があったのだ。
注目してほしいのはこの階段。

煉瓦造だ。この煉瓦の色具合は、先程の隧道と酷似している。もしかしたら隧道とその真上にあるこの神社とは何か関係があるのかも知れないな。
とても惹かれたが、この日は城跡へ向かうのを優先。この階段は降りなかった。
城がありそうな方面を見ると、境内から離れたところにぽつんと鳥居が建っていた。


近づくと、さらにずっと奥まで鳥居群が続いているのがわかる。

長い。そしてかなりの年季を感じる。
この古さは、戦前の物なのではないだろうか。


木が倒れ、蜘蛛の巣も張っている。
当分人は来ていないようだ。
丹の塗られた柵はコンクリートの土台から浮き、少しでも体重をかけたならば崖の下へ落ちてしまいそうだ。
そんな中歩き続けると、その道の終点に着いた。
池田稲荷神社、奥の院。
真下に鉄道が走っている。崖沿いに建っており、岩がもろに出ている。

↑よーく見ると、中央線が写っている。ここはちょうどトンネルの真上なのだ。
池田にこんな崖があるとは知らなかった。昔ながらの自然崇拝を感じる。


お稲荷様と目が合った。
池田城へのみ用があったが、くしくも新たな隠されし記憶と出会ってしまったようだ。
おそらく、この先に池田城がある。
そして、小道を見つけた。
崖を登る小道だ。
「勝った!」と思った。方角的に考えて確実に池田城へつながっているのだ、が。


…崩落してる――――!!!

どう見ても道は続いているのに、崩落している。行こうと思えば行けるが、さすがに命を引き換えにはできない。
渋々引き返した。

良いお社でした。
結局池田城も行けなかったか…。悔しいな。
仕方がないのですぐ近くにあった池田不動神社へ。


これまた綺麗なお社だ。
境内へ続く参道沿いには、昔ながらの自然信仰が色濃く反映されていた。

滝に、石、木。



何かを感じて境内の裏手に回ると…


不動明王様の像があった。
こんな所にこんなにも立派な像が置かれているのかと驚いた。
こんな感じでこの日の冒険は幕を閉じた。
――いつか、必ず池田城へ登城してやる。
そう、決意した。
池田にはまだまだ隠された記憶が残っていることだろう。
それらを掘り起こした時、何が見えるのだろうか。
何も見えないかもしれない。それでも探したい。
池田稲荷は今にも朽ち果てそうなノスタルジックを感じる場所だった。
おそらく次に大雨や地震が起こったらもう消えてしまうだろう。
忘れられたまま消される前に、是非行くことをおすすめさせていただく。
完
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