見出し画像

雨降る山中の城下町に弾丸旅行してきた話。

特に理由もなく駅に来たら、特に理由もなく列車に乗るのが正攻法。
雨の昼過ぎに乗った列車は中津川行きで、揺られながらどこまで行こうかと思い巡らせた。

中央線は名古屋から長野県塩尻市を経由して東京へと向かう日本の大動脈…と言うには東海道線が強すぎる微妙な路線だ。

私が住んでいる多治見市は名古屋から約30分の場所であり、北に向かえば更に40分で中津川に着く。

流石に長野県にまで到達するのは時間的に厳しいし、かと言って土岐市や瑞浪市は近すぎる。

「よし。恵那にしよう。」

中央線が貫く東濃地域は
多治見→土岐→瑞浪→恵那→中津川
の順となる。とはいえ、瑞浪と恵那の間にはその他の3倍ほど距離があり、流石に小旅行といっても差し支えのない距離だろう。

恵那市は人口約4万の小さな街で、名産は栗きんとんなど。東濃地域でも随一の観光都市だがそこまで知名度が高いわけではなく、外国人で溢れかえるようなことにもならない適度さを兼ね備える。

恵那駅前

天気は雨。
まあまあの雨。
晴耕雨読という言葉があるが、私の場合は晴旅雨旅というわけだ。うん、別に上手くないな。

山は雲に覆われて霞み、奥に見えるはずの峰々は白に染まっている。
今からあの霧の中へと入る。

明知鉄道に乗り込み、岩村駅を目指す。恵那駅から一駅先の東野駅まで歩いてから乗った。この時点で私の運動靴には水が染みて、一歩進むごとにブチャブチャという蛙みたいな音を立てながら進んだ。


明知鉄道

明知鉄道は恵那駅から明智駅までをつなぐ三セク鉄道で、1両編成のディーゼル汽車はゴオオと音を立てながら進んでいく。

かなり高く設定された暖房で濡れたズボンの裾が乾いていった。

いや熱つ!

車内は地元の高校生がほとんどで、モータリゼーションに苦戦しているのがよく分かる。

約30分かけて岩村駅到着。

標高を上げたためか雨は更に強く、古い駅舎がその趣を醸し出していた。

城下町方面へと向かう。
岩村城は1185年に築城された美濃国の城で、日本で最も高い山城とされる。

織田信長が武田家滅亡の報を聞いたのもここであり、昔から主要な城であった。

色の異なるアスファルトで整備された城下町は綺麗で、普段なら多くの観光客が訪れる場所であることを思わせる。
雨の水曜日の午後なんかに来る人はほぼいなかったが。

麓の資料館

今日の目的は城だ。岩村城下町から本丸まではかなり歩くらしい。その上200m以上標高を上げる必要がある。

雨はひた降り続け、靴は相変わらずジュボジュボと音を立てた。
折りたたみ傘の端から滴る雨粒がズボンを濡らす。
息を切らしつつひた登り続けた。

途中には標高と城まであと何mかを示す看板が随所にあり、それが絶望と興奮を与えた。



そして…



いざ!



本丸!!



……特に何もなかった。


石垣は見事だが、天守はもちろんないし景色もたいして良くない…
恐らくこれが快晴だったなら素晴らしい眺望を拝めることだろう。

私の場合は泥にまみれた靴とベチャベチャのズボンに、ただ白いのみの景色を眺めることとなった。

標高は717m。
かなり登ったが、感慨みたいものは一切ない。


…………。


よし!帰ろう!

行きの何倍も辛い帰りの山道を折り、岩村城下町を抜け、駅に戻る。
次の列車は………


1時間後。

遠いなぁ。
今更城下町に帰る気にもなれなかった私はひた駅舎の待合室に座ってパソコンをたたいていた。

こういうのも旅の醍醐味というものだ。
今日の失敗すらも私のなかではノスタルジーに変換されている。つまり、そういうことだ。


明知鉄道からは田園風景が見られる…はずだが、収穫期も終わった田園はただの土と化していた。


ただ、霧の中を列車が突き抜けていく様子は美しかった。この光景を見ることができただけでも甲斐があった訳である。

ただいま、多治見。

次は晴れた日に、明智と共に行きたいものだ。




愛しい都市ブログ本体へ


SNSリンク
(Twitter・MIXIはほぼ動かしていません)

Threads

いんすた

YouTube

ニコニコ動画

Mixi(要ログイン)

Twitter(新X)


いいなと思ったら応援しよう!