過去の消された神社があったので調べてみた話。
多治見市で最も有名な神社はおそらく白山神社であろう。
多治見にはそれ以外にも由緒ある神社があるのだが、その中の1つ(だろうと推測されるもの)が、今回紹介する八幡神社だ。


これは多治見市喜多町の喜多緑地公園に隣接するお社であり、山の中にまっすぐ参道の階段が伸びる。私が訪れた時は丁度階段の補修中だった。…のだが、
私は、この場所に違和感を感じた。
というのも、この八幡神社周辺には他の神社が複数存在するのだ。参道入り口から三十秒も歩けば金毘羅神社の入り口に。そこから十秒歩くと今度は稲荷神社の鳥居が始まる。


それだけならまだ良いのだが、いざ足を運んでみると、他に「秋葉神社」「御嶽神社」「蚕玉神社」も見つけた。


これだけ沢山の神社が集まっているということは、それなりに神力が集まっているのだろう。
と同時に下のようなものも見つけた。

解読が難しいが、下の方に「菩薩」と書いてあるようだ。つまり、仏教も関連しているのだろう。
しかし、これだけではない。
ふと気になって、国土地理院地図を開く。
最も古い航空写真を見るためだ。
そこに写っていたのは、

正五角形である。
これは1961〜1969年の画像だ。中央の十字線の左隣にあるのが八幡神社だ。これより前の画像はない。更に八幡神社を中心に、その他の神社が取り囲むように五角形の辺角上に位置している。
しかもその頂点が北を向いている。
しかし、次の時間軸(1974〜1978年)に移った瞬間にはもう、

跡形もなく消えている。
ついでに北野保育園の建設も始まっているな。しかしお社は変わってなさそうだ。
あまりに気になったので、これについて詳しく調べてみた。
まず、ネットで検索する。
五角形は、陰陽と関連している可能性がある。
しかし、陰陽と各神社のつながりはあまりわからない。これは後に詳しく調べることとする。
この時代にこの地域で何か災害でも起こったのかと思ったが、AIのディープサーチを利用しても出てこない。
そこで、私は多治見図書館に向かった。
多治見市の地域資料室で古地図や国土地理院地図にもない古い地図を見せて頂いた。
著作権的な問題から、画像を貼ることは出来ないのだが、分かったことがいくつかある。
まず、1948年の時点で、この五角形は存在していない。つまり、1948〜1961年までの間に造成し、1969〜1978年の間に植林されたことになる。
実際この場所は杉だらけで、この山の植生から一部だけ乖離している。

草もほぼ生えていない。
明らかに植林されている。
戦後から高度経済成長期の数年間でこの巨大なエリアを伐採し、そして再生したというのはとてもおかしな話だ、と思う。
次に、もう一度陰陽との関係を調べるため各神社と陰陽表との関係を調べた。まず、その陰陽対応表がこれである。

北を向いているのは絶対ではなさそうなので、この五角形を回転させてどれか当てはまる記述はないかとページをめくった。
すると、金毘羅様が水の神様である事が分かった。そして中央にあるため見落としていた八幡神社に関しても調べた所、ここで祀られているのはあくまで八幡神だが、別の説では、こう捉えられているらしい。
(以下引用)
> 一説には、[天津神]と[スサノオ][宗像三女神]、すなわち[多岐津姫命](たぎつひめのみこと)・[市杵嶋姫命](いちきしまひめのみこと)・[多紀理姫命]たぎりひめのみこと)の三柱が筑紫の宇佐嶋(宇佐の御許山)に天降られたという説がある
(以上引用)
そしてこの、宗像三女神(比売神)についてより深く潜ってみた所、以下のようなことが分かった。
「多岐都姫命」は女神様で、海の神・航海安全の神。
「市杵嶋姫命」は海の神・水の神の他に、幸福や財宝を招き芸道上達の功徳を持つ神。
「多紀理姫命」は朝鮮からの海上交通や平安の神。
つまり、全員水の神である。
更に、この時期の多治見市史の年表を遡ると、多治見では確かに災害は起こっていない。しかし丁度同時期に「土岐川の汚れが限界となる」と書かれている。土岐川は窯業の中心地に流れているため、最も窯業が盛んになったこの時期に白濁が最大化したのだ。
水の神、土岐川の汚れ。何かキーワードになりそうな予感がした。
そして池田町記を読んだ所、ここには「神社」が一社あるのみ。
また、例の航空写真が撮られた時期の地図を見ると「八幡神社」があるのみ。他の建物があるような線も引かれていない。
…当時、八幡神社以外の神社は存在しなかった…?
今度は、その謎を解き明かすべく近くの資料館を訪れた。
## 池田町屋郷土資料館。
旧池田村の中心部に位置する資料館で、下街道池田宿跡の中心部に位置する。ここで少々話を聞いてみようと思う。


いやー、いい展示だった。
え?神社?ああ、あれね。この池田町屋郷土資料館は、旧池田村の範囲内の資料を展示なさっているのだが、件の神社がある喜多町はこの範囲に入っていなかったのだ。管理人の方に尋ねてみたが、やはり存じないらしい。仕方がないのでついでに展示を見て回った所、本当に面白かったため皆さんにも来訪をおすすめさせてもらう。
このままでは埒が明かない。
八幡神社の社務所に行こう。そう思い立ち再び訪れたのだが、誰もいらっしゃらない。仕方がないので上にある本殿へ向かう。参道の階段は補修中なので、隣の稲荷神社から金毘羅神社を経由して本殿へ向かう。途中で御嶽神社の石碑を経由したが、また写真を撮り忘れた。これで3回目だ。
そしてたどり着いた本殿。

しかし誰もいない。
仕方がないのでお参りして引き返した。
結局わからず終いか。やはり物語のようにそうやすやすと謎が解けるわけでは無さそうだ。実は今まで隠していたのだが、この山全体が何かしら神力が集まっているらしく、この付近の林道を歩くと結構な頻度で膝ほどの高さの鳥居がある。これらについても調べる必要がありそうだと思い、それが最も集まっている池田富士に登ろうとしたのだが、なぜか登山道が全て閉まっており入山すら出来なかった。
今、神社のふもとにある階段に座りこの記事を書いている。太陽は少しずつ下がり、時刻は黄昏時に近づいている。
ふと視線を感じ、後ろを振り向いた。
数十メートル先にある稲荷神社の旗が風に揺られてなびいているのが木々の隙間から見て取れた。その揺れはだんだん近づいて来て、手前の木々も揺れ出す。そしてしばらく経ってから、私の髪を揺らした。
数秒間の揺れが収まり、目の前に見える無人の社務所に掛かった紙垂が揺れる時には、その視線は無くなっていた。
完
出典:
昭和十八年池田村土地宝典
昭和十年池田村土地宝典
昭和二十六年多治見市土地宝典
多治見古地図14:赤坂・喜多町
わたしたちの郷土
国土地理院地図
陰陽対応表https://origamijapan.net/origami/2018/02/10/inyou-gogyou/
八幡神―wikipedia
[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/八幡神](https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E)
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