エッセイ|紫陽花|そんな小学生だったら良かった|記憶の日陰|1525文字
後ろから、笑い声が重なって聞こえてきた。
朝から追いかけっこをしながら登校する子どもに追い越される。
その中の一人が突然止まり、私には目線、彼には見上げる位置にある紫陽花の玉にそっと手を当て、それを撫でた。この瞬間、甘い香りが彼を包んでいるだろうな、そんな想像に口角が少し上がる。
紫陽花は大好きな花だ。でも同時に、私の記憶の日陰に咲く花だとも知っている。
紫陽花屋敷と呼ばれる家に住んでいた。
ずいぶんと昔のことだ。都内にしては少し広い家。今は数軒に分譲され、当時の広さを偲ばせる駐車場も、近々マンションが立つそうだ。
道路から数段上がると棟門があった。その周りが紫陽花のエリア。ブロック塀の上から道路に溢れるように枝を伸ばして咲いていた。
その下をくぐる時、紫陽花のあの香りが降ってくる。鼻から深く呼吸をする。細胞に染み渡る、青い透明感さえ覚える甘い香り。
6月になると、そんな贅沢を毎日でも味わうことができた。
確か、小学校6年生だった。私だけが家にいた。家族は買い物に出掛けていた。雨は降っていなかった。「これから雨が降るかもしれない」と傘を持つ母たちを見送った後、しばらくすると、呼び鈴がなった。
インターホン機能はついてないため、サンダルをひっかけ、門のコチラと向こうで会話をした。着物を召された女性だった。
「紫陽花のお花を、少し分けていただけませんか?」と言われた。突然の申し出だった。でも、申し出とは大体そういうものでもある。
それを私は、無下に断ってしまった。その時のことをよく思い出す。
そして、「あの時、差し上げればよかったなぁ」と今でも思う。
「親の許可がないと分かりません。」
そう返事をした。
「それに、切ってしまうと枯れてしまうのも早いので、いつでも見に来てください。写真で撮るとかどうですか」と生意気にも付け加えた。
切花が好きでないのは本当だ。けれど、本心では「うちの紫陽花をあげてしまうなんて」という感情が動いたことを否めない。
なぜなら、私も大好きで自慢の紫陽花だったから。「欲しい人みんなにあげていたら無くなっちゃうよ」なんて非現実的なことも考えて自己防衛をした。
「そうですか。残念です。」と階段を降りていった。
そして、すぐにそう断ってしまったことを、私は強く後悔し出した。
もしかすると、その女性は、この道を通ることができない誰かに見せたいと思ったのかもしれない。例えば、入院をされているどなたかのために。
「今年も綺麗に咲いていたよ。あのお家の紫陽花。」
「ああ、あの家。あの家の紫陽花は綺麗なんだよね。見たいなぁ。」
「頼んでみようか。いただけるように。」
「うん。お願い。分けてもらえるといいなぁ。」
こんな会話があったかもしれない。
6年生のその日、そんな会話を空想したことを覚えている。
大人になってからも紫陽花の季節になると、時々そのことを思い返した。
そのことを今日も思い出したのだ。本当にすまないことをしたなと思ってしまう。
差し上げればよかった。私が学校に行っている日にでも再度、家族に問い合わせてくださっていたらいい。そして、二つ返事で「どうぞ。お持ちください」と差し上げてくれていたらならば、私が救われる。
我が家族なら、そう答えただろう。でも、あの後、聞かなかった。
「いただけなかったので、写真を撮ってきたよ。」
「そうかぁ。でも、ありがとう。わぁ、やっぱり綺麗だねぇ。」
青い珠の瑞々しさと、つい手を当て撫でたくなる可愛らしさ。私には、脳内で再現できるあの香り。
でも、それらは写真では伝わらなかっただろう。
紫陽花が美しい季節。
「いいですよ。たくさんありますから、どうぞお持ちください。」
そう言える小学生でなかったことを、今もとても悔しく思う。
