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短編小説『根は悪い奴』

信用できない奴度:★★★


​「いやぁ、お疲れ様です! 後藤田です! 本日からお世話になります!」

​新しい職場のオフィスに、後藤田善矢(ごとうだ よしや)のハツラツとした声が響いた。

仕立てのいいスーツに、爽やかな笑顔。
冗談を交えた彼の自己紹介に、フロアの空気は一瞬で和んだ。

​「後藤田、しっかりやれよ。俺のメンツもあるんだからな」

​そういって彼の肩を叩いたのは、高校の野球部で一つ上だった先輩、営業課長の四谷(よつや)だ。

職を転々としていた後藤田は、四谷が「元気で明るい奴」と上層部に口をきいてくれたおかげで、この会社に滑り込むことができたのだ。

​「もちろんです、四谷課長! 先輩の顔に泥を塗るような真似は絶対にしません!」

​彼は手を胸に当てて深く頭を下げた。
​後藤田の履歴書は、1年から3年単位で区切られている。

前職を辞めた理由は先輩の四谷に一切伝えていなかった。
聞かれても、まともに聞こえる理由をいっていた。

前の会社を辞めた理由は、接待費の悪用である。
個人の飲食を接待費で不正請求をしたり、金額を改ざんしたことが発覚したこともあった。
その前は、社用車をぶつけたことを会社に報告せずに、駐車中にぶつけられたと嘘をついたり、証拠隠滅にドライブレコーダーを壊したり、トコトン隠すことに必死であった。

こんなこともあった。
取引先に渡すノベルティを転売したり、会社の備品を持ち帰ってしまうこともあった。

極めつけは、夜に自転車と接触事故を起こし、そのまま逃げ、捕まることなく逃げ切ったのだ。

『根っからの悪い奴』である。

​彼にとって、世の中のルールや他人の好意は、「ちょっと手を伸ばせば手に入るボーナスステージのコイン」くらいにしか思っていなかった。

そんな不正は履歴書に書くことはない。
前の会社に問い合わせをされることもない。
後藤田は過去の悪事がバレないことも分かっていた。
勿論、採用面接で、自ら過去の悪事をバラすことはない。
見た目の明るさでその場を、乗り切ってしまうのだ。


​入社して1ヶ月。
そんな後藤田の教育係に指名されたのが、菊田(きくた)係長だった。
菊田は仕事に対して極めて生真面目だが、とにかく細かく、口うるさいタイプだった。

​「後藤田くん。この見積書の数字、先週のデータと整合性が取れていないよ。あと、営業日報のルートも曖昧だ。もっと細かく書いてくれないと困るな」

​菊田の指摘はどれも100%まともだった。
しかし、楽をしてサボることしか考えていない後藤田にとっては、ただの目障りな雑音でしかない。
最初のうちは「すみません、気をつけます!」と笑顔でかわしていた後藤田だったが、徐々に本性が出始める。

​「後藤田くん、また営業に出てから3時間も連絡が取れなかったね。どこにいたんだ?」
「……あー、ちょっとクライアントに捕まってまして」
「嘘をいっちゃいけない。先方に確認したけれど、君は1時間前にそこを出ている。サボっていたんだろう。四谷課長の紹介だからって、甘えは許されないよ」

​四谷の名前を出された瞬間、後藤田の中で何かが切れた。

​「……チッ、うるせえな!」
「え?」
「さっきから細けえんだよ! 課長課長って、あんた俺に嫉妬してんのか? 営業なんて数字さえついてくりゃ、プロセスなんてどうでもいいだろ!」

​デスクを叩いて逆ギレする後藤田に、菊田は呆れ果てて言葉を失った。
そもそも、後藤田はその「数字」すらロクに上げていないのだ。
​この日を境に、2人はちょいちょい揉めるようになった。
後藤田は注意されるたびに反省するどころか、「あのハゲ、今日もネチネチうるさいわ」と、他の同僚に菊田の悪口をいい触らした。

​それから3カ月後。
後藤田は、またしても新しい履歴書を書いていた。
​仕事をサボり続け、指摘されれば逆ギレを繰り返した結果、会社をクビになった。
紹介者である四谷課長は、社内で「あんな問題児を引っ張ってきたのか」と完全に顔に泥を塗られ、立場を失ってしまった。
​そんな最高の裏切りを働いた後藤田だったが、本人はケロッとしたものだ。

​「まあ、次に行けばいいさ」

​カフェの窓際で、後藤田は自慢の笑顔を鏡でチェックする。
彼の中から「不正」というシミが消えることはない。
なぜなら、彼自身がそのシミそのものだからだ。

​「よし、次はどんな面白い会社に行こうかな」

​彼は軽やかに席を立つ。
次の犠牲者が、どこかで彼の「誠実そうな笑顔」を待っている。

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