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みんなの中の、みいちゃん

みいちゃんが一部の人たちから叩かれている。少なくとも私が目にしたXのいくつかのポストでは。

私はみいちゃん面白いので電子で買って読んでます。


あらゆる作家って、世に出す作品を作ろうと思う時に何を考えるのだろうか?

どういうことを世間に訴えたいか?

反対に自分とはまったく切り離した主張で書こうか?

とにかく売れれば何を犠牲にしようがどうでもいい?

自分が書ける得意な分野を単に選ぶだけ?

これまで自分が見てきて面白いと思った人をモデルにしたものを書く?

それとも読んだ人を洗脳できるようなもの?


おそらくどれも正解で、不正解はない。このどれにも当てはまらなくとも不正解ではないかも。だって何を書こうがその人の自由で、「そんなものを書くな」というのはそれぞれの人たちの主義主張の押し付けだ。

漫画とか小説とかって娯楽というジャンルのはずで、戦争とか特定の宗教のポスターを突如勝手に人の家にポスティングしたり貼り出したりする行為とは違う。


でもみいちゃんによって苦しめられる人がいるそうだ。架空のキャラクターみいちゃんと、それを産んだ作者がその人を直接苦しめているわけではないというのは大前提だ。

みいちゃんを読んだ一部の人たちがその人たちを苦しめている。

「似てると思ってもリアルの人に対して言ってはいけない」ということがわからないのだろう。そうなると誰かをみいちゃん呼ばわりして苦しめてる人たちも、「やってることがみいちゃんと同じ」なのでは。

子供がそれをやってるなら、まず親があの漫画を子供に読ませてるのは止めるべき(友達間で流行っていても)。

分別がついてなきゃいけない中学生以上がそれをやってるのなら、本人たちのせいだ。だから悪いのは作品ではない。

みいちゃんは悪くないけど、人に対して「みいちゃん」と言ってはいけない。そういう簡単なことがわからない大人がたくさんいることこそ問題だ。

とはいえ、お水や風俗を年単位でやってる人なら、みいちゃんを読んだ時に「あの子なんとなくみいちゃんっぽかったな」と思う子が1人くらいはいるかもしれない。

私はそれまで出会うことがなかったタイプなのだが、風俗で働いて2年目くらいに(今思えば)みいちゃんぽい感じの子を初めて見た。


2010年前後。当時の風俗はHP上で世間への顔出しなどほとんどやってなくて、業界全体で人気の子が風俗雑誌の表紙になったり特集を組まれたり風俗系イベントに出たりと、有名な限られた子だけが露出するというのがたぶん一般的だった。

なんせ写メ日記どころか姫デコもない時代だったのだ。あったもしても個人で加工なんてできなかったし、まずインカメでいい感じの写真を撮影とかもできなかった。だってまだガラケーだったし。


そんな中で堂々とHPに顔出しをしている子がいた。店でたった1人だけ。それがみいちゃんだった。しかも「み◯◯」ちゃんという名でリアルにみーちゃんと呼ばれてたので、ここでも便宜上みーちゃんと表記する。あ、ちなみに源氏名じゃないです。なんと彼女だけ本名表記です。

その店はかなり女の子たちの仲が良い環境で、コミュ障の私ですら待機所は楽しくて女子校みたいだったのだが、みーちゃんは誰とも絡むことはなかった。というか腫れ物扱いされて浮きまくっていた。


覚えてるエピソードは3つある。

まずひとつは、仕事の準備のためにテレビの前にある荷物置き場に立った女の子に対して、「あのー!すいません!!ねえ!邪魔!そこ邪魔!テレビ見えない!」と大声で訴え、手で振り払う仕草をしていたこと(女の子はみーちゃんが嫌いすぎてもはや耳に入ってなかったらしいので険悪にはならなかった)。他の待機の子たちはみんな何も言えず肝が冷えた。

二つ目は、帰りに店長が始発組の女の子たちをみんな車で送るよとなったとき、みーちゃんはなぜかそのタイミングで自分の髪型が気に入らず(帰るだけなのに)、待機所に引きこもってしまいみんなを何十分も待たせて店長を激怒させたこと。

そして三つ目は、店がなんかの理由で摘発を喰らって、店長と当時店に残っていた女の子何人かが連行されたとき、他の子達がみんなシクシクと泣く中でみーちゃんだけがボディチェックをしてきた婦警に対し「やーだー♡そんなとこ触られるの恥ずかしいー♡」みたいなノリで警察署で大騒ぎをしたことだ。その態度せいで警察を激怒させ、他の女の子は普通に帰されたがみーちゃんだけ親に連絡をされた。私はそこにいなかったので後から聞いたことだが、どうやら警察に構われて嬉しかったみたいだ(ただの聴取だと思うが)。


みーちゃんは顔がめちゃくちゃ可愛かったので、出勤すればネットで写真を見た新規の予約はそれなりに来ていたと思う。けど人気嬢にはなっていなかったので、たぶんリピーターはつかなかったのだろう。

絡みがない私ですらわりと強烈な上記のエピソードは知っているから、きっともっとたくさんあるんだとは思う。とにかく待機所にみーちゃんがいると絶対空気がおかしくなるから憂鬱であった。ただ気づいたら在籍からいなくなっていた。その後のことは何も知らない。

ちなみに写真は裸眼だけどふだんは普通の近視用メガネで、せっかくの大きくてきれいな目が小さくなっていた。そして客先にもメガネで行っていた。

店長は女の子たちの出勤服に厳しかったにも関わらずメガネを許していたのは、たぶん言っても聞かなかったんだろうと思う。そしていまだに風俗でメガネで働いてた女の子はみーちゃんしか見たことない。


みいちゃんと山田さん本編も、みーちゃんがいたのと同時期くらいの時代設定で描かれている。今当たり前に耳にする「発達障害」「ADHD」「多動症」「パニック障害」なんてワードは全然なくて、精神病も何もかもすべて「知的障害」で一括りにされていた。

まあそこまで極端じゃなくとも、「あ、なんかちょっと知的に困難があるのかな…?」程度の認識だ。みーちゃんも単なる「変な子」とか「痛い子」とか「究極の天然」みたいな感じだったと思う。


今みーちゃんがいたら、店では確実に「みいちゃん」と呼ばれていただろう。別に呼び方は変わり映えしないけど、みーちゃんという名前じゃなくてもみいちゃんと呼ばれたはずだ。

みーちゃんが今どこで何をしているかは知る由もないが、あの頃と変わらないままでも幸せに楽しくやってるなら超ハッピーエンドだ。まだエンドではないが、とにかくみいちゃんのようなバッドエンドとは程遠い人生であってほしいとは思う。


みいちゃんみたいな人が救われないのは、「あいつみいちゃんだよな」と陰で笑う人たちがいるからだ。

不幸が起きてもみいちゃんだからしょうがない。みいちゃんみたいな人は漫画みたいな結末になる。救いたい形をしていない。本人に救われようとする気がない。人に迷惑をかけ続ける。

そういう思い込みを型にして、そこに当てはめようとする私たちの無意識、無自覚、底意地の悪さこそが叩かれるべきだ。


あのときのみーちゃんはまさしくみいちゃんだ。まだハタチそこそこだった私なら、分別のない大人だったので絶対に「あの子マジでみいちゃんだよね」って言ってたはずだ。

だがそれを誰かに指摘されて怒られたとき、「だって漫画でもやってるじゃん」「漫画も悪いじゃん」「作者もそう描いてるじゃん」と本気で思うのは違う。

悪いのは絶対に己自身だ。同じように悪口を言い合ってる友達のせいでもない。自分だけが悪いのである。

読み手が自身の黒い感情について考えながら、様々なことを自問しながら読まなきゃいけないのが、みいちゃんと山田さんという漫画だ。

なんか作者はたぶんメンタル強そうなので、途中でやめることなく、そして元々考えていた構成も変えることなく、最後までストーリーを導いてほしい。


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