白いカサブランカと、スーパーカブに乗った先生
私の通っていた高校は、いわゆる「進学校」だった。
私服通学で校則もほぼなく、自由な校風。
ある意味、制服がない分、反対にどこに通っているかが分かってしまうような感じだった。
バイクの免許取得は禁じられていたけれど、陰でこっそり取るのが当たり前で、誰も咎めないような空気感があった。
ただ、私の入ったクラスは少し特殊だった。
担任を務めるのは学年主任。
いわゆる“訳アリ生徒”ばかりが集められた場所だったのだ。
自分がなぜそのクラスに配置されたのか、理由はよく分かっている。
正直に言うと、中学時代の内申書が最悪だったからだ。
成績自体は上位をキープしていたものの、理不尽だった当時の担任教師に反抗を繰り返していたのだから仕方がない。
そうして集まった問題児クラスは、停学や補導を経験するような生徒ばかり。(うち退学1名)
そんな私たちをまとめる担任は、定年間近のおじいさん先生だった。
毎朝、自転車に追い抜かれるほどスピードの出ないスーパーカブに乗って登校してくるような人だ。
先生は生徒をみんな「ちゃん付け」で呼び、何かトラブルがあってもポーカーフェイスで受け止めてくれた。
行方をくらました生徒の所在を突き止めたり、夜中まで自宅付近に張り込んで生徒を待ち伏せたという話を後々聞いている。
陰では相当な苦労があったのだと思う。
誰かが停学になるたび、
「〇〇さんは、お家の事情で少しお休みです」
「〇〇さんは体調不良で二週間ほどお休み」
と、優しい嘘をついて庇ってくれた。
本当の理由はクラス全員が知っていたけれど、誰もその優しさに野暮な突っ込みは入れなかった。
不思議なことに、普段はちぐはぐでまとまりのないクラスだったが、いざという時の団結力は凄まじかった。
また、学年の成績上位者も同じクラスに何人もいた。
素行の良し悪しと頭の良さは関係ないのだと、私はこの時知った。
真夏に、みんなでタンクトップに短パン、ビーチサンダル姿で登校したこと。
「お前たち、どこに来ていると思っているんだ?」
あきれ顔の先生に、私たちは声を揃えて返した。
「うみぃ〜〜!!」
先生は
「そうか、ならいい」
と笑っていた。
アクセサリーも自由だったが、アンクレットをつけてきた友人に、先生が「象さんかと思った」と呟いたことがある。
みんなで大笑いし、その日から彼女のあだ名は「ダンボ」になった。
あの優しく見守ってくれていた先生が亡くなって、もう20年ほど経つのだろうか。
訃報を聞いた日、クラスの仲間たちと白いカサブランカを持って駆けつけたのを覚えている。
そして皆で涙したことも。
今でも白いカサブランカを見かけると、カブのエンジン音とともに、あの懐かしい声が聞こえてくる気がするのだ。
「mugiちゃん」と、優しく呼ぶ声が。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!