天才推理小説家の事件録 第2話「衆議院議員秘書殺害事件」
第2話「衆議院議員秘書殺害事件」
警視庁 術科センター(夕方)
広い道場。床板に竹刀の音が響く。
警察官たちが稽古をしている。
中央――防具をつけた神谷遥香と柴田元治。
審判
「……始め!」
遥香が一歩踏み込む。
柴田が受けて間合いを測る。
柴田 元治
「ハルちゃん、今日は本気かよ!」
神谷 遥香
「いつも本気です」
遥香の打突が鋭い。
柴田が面を狙う。
柴田 元治
「せいっ!」
遥香、半歩だけ外し、即座に返す。
神谷 遥香
「――胴!」
乾いた音。
審判
「胴、一本!」
周囲が小さくどよめく。
柴田 元治
「……くっ、相変わらず速ぇな!」
柴田が今度は小手狙いで出る。
遥香、わずかに竹刀を落とし誘う。
柴田 元治
「もらった!」
柴田が小手を打とうとした瞬間――
神谷 遥香
「――面!」
遥香の踏み込みが一段深い。
審判
「面、一本!」
試合終了の声。
面を外し、汗を拭う二人。
柴田、肩で息をしながら笑う。
柴田 元治
「……はぁ、はぁ……やっぱ強ぇわ。ハルちゃん」
神谷 遥香(落ち着いた声)
「手を抜いても、意味がないでしょう」
柴田 元治
「そういうとこだよ」
柴田、苦笑。
柴田 元治
「……管理官って立場でさ、女子で、若くて、綺麗で――それだけでも変な目で見られるのに、そこでこの強さだろ?」
遥香を見る
柴田 元治
「……そりゃ誰も文句言えねぇよ」
遥香、竹刀を軽く握りなおす。
神谷 遥香
「……柴田さんも、強かったですよ」
柴田 元治
「今のは褒めたってことでいいのか?」
神谷 遥香
「ええ。最大級の褒めです」
柴田 元治
「ははっ……こりゃ参った」
道場に笑いが少しだけ戻る。
居酒屋(夜)
捜査一課の飲み。カウンターではなく座敷。ビール、焼き鳥、刺身。
柴田 元治
「くぅ~っ……!やっぱ仕事終わりの一杯は生き返るなぁ!」
瀬尾 隆
「いやぁ~柴田さん、今日は盛大にやられましたねぇ」
柴田 元治
「うるせぇよ」
瀬尾 隆(ニヤニヤ)
「ほらほら、“剣道の女神”にボコボコにされた感想は?」
遥香、箸を止めずに笑う。
神谷 遥香
「……ボコボコにはしてませんよ」
瀬尾 隆
「いやぁ~してたって!“面ッ!”“胴ッ!”“はい終了~!”みたいな!」
柴田 元治
「お前なぁ……ハルちゃんの前で調子に乗るなよ」
瀬尾 隆
「だってぇ~、柴田さん負けたあと『やっぱ強ぇわ、ハルちゃん…』って言ってたじゃないっすか」
柴田 元治
「黙れ!」
瀬尾、さらに煽る。
瀬尾 隆
「でもよかったっすよねぇ~警部の威厳、道場に置いてきても、胃袋には勝てますもんねぇ~」
柴田 元治
「……瀬尾?」
柴田、笑顔で瀬尾の肩に手を置く。
瀬尾 隆
「はい?」
次の瞬間――
柴田 元治
「お仕置きだ」
瀬尾 隆
「えっ、ちょっ!?」
柴田、瀬尾の頬を両手でつまんで左右に引っ張る。
瀬尾 隆
「いだだだだだだ!!」
柴田 元治
「学べ。礼儀を」
瀬尾 隆
「ほっぺが千切れる!!」
遥香、口元を抑えてくすっと笑う。
神谷 遥香
「ふふ……」
瀬尾が遥香を見る。
瀬尾 隆
「ハルちゃん助けて!!柴田さんが暴力刑事になった!!」
神谷 遥香
「自業自得です」
瀬尾 隆
「ひどい!!」
3人は店から出る。いい具合に酔っている。
柴田 元治
「ったく……生意気な後輩だ」
瀬尾 隆
「後輩は後輩で、先輩が道場で情けないところ見せるからですよ~」
柴田 元治
「誰が情けないだ」
遥香、少し前を歩きながら振り返る。
神谷 遥香
「二人とも、仲いいですね」
柴田 元治
「どこがだよ」
瀬尾 隆
「ハルちゃんがそう言うならそういうことっす!」
その時キャバクラの扉が開き、スーツ姿の“お偉いさん方”が数人出てくる)
お偉いさんA
「いやぁ宝条先生!今日は助かりました!」
お偉いさんB
「先生がいると場が華やぐ!」
その中心に――
宝条 潤
「いえいえ。皆さんお忙しいのに、恐縮です」
潤が愛想よく微笑む。
潤、女性キャストに見送られ、若干鼻の下が緩い。
キャスト
「潤先生~また来てくださいねぇ♡」
宝条 潤
「うん、またね」
柴田が目を細める。
柴田 元治
「あん?……あれ、宝条先生じゃねぇか」
瀬尾 隆
「うっわ……マジっすか」
遥香が立ち止まる。
笑顔のままだが目が笑ってない。
神谷 遥香
「…………」
遥香、すっと歩き出す。
柴田 元治
「え、ハルちゃん?」
瀬尾 隆
「お、やば……あの表情はやばい……」
遥香、潤のすぐ背後から……
神谷 遥香
「……潤?」
潤、振り向く。
宝条 潤
「えっ……遥香!?」
凍る空気。
宝条 潤
「ち、違うんだこれは――」
遥香、笑顔で潤の頬をつかむ。
宝条 潤
「え、ちょっ……っ!!」
遥香、容赦なく引っ張る。
宝条 潤
「い゛だだだだだだ!!遥香っ!ほっぺ!!ほっぺ!!」
神谷 遥香(にこやかに)
「“お忙しいのに恐縮です”?」
宝条 潤
「ちがっ……!今のは仕事の付き合いで……!」
神谷 遥香
「キャバクラが?」
宝条 潤
「うぐっ……!!」
潤、涙目。
瀬尾、柴田の袖を掴む。
瀬尾 隆(小声)
「柴田さん、これ我々見てていいやつっすか?」
柴田 元治(小声)
「……見てないフリだ」
瀬尾、頷く。
瀬尾 隆
「了解」
遥香、潤の頬を引っ張ったまま振り返る。
神谷 遥香
「柴田さん、瀬尾さん」
柴田 元治
「お、おう」
瀬尾 隆
「な、なんだい?」
神谷 遥香
「今日は――」
潤の頬をぐいっ。
宝条 潤
「い゛だぁ!!」
神谷 遥香
「こいつをこのまま引っ張って帰ります」
遥香、潤の頬をつまんだままスタスタ歩き出す。
宝条 潤
「ま、待って……!当主としての威厳が……!」
神谷 遥香
「関係ありません」
柴田、呆れ笑い。
柴田 元治
「……先生、頑張れよ」
瀬尾、手を振る。
瀬尾 隆
「先生ー!ご武運をー!」
宝条 潤
「助けて!!」
ネオン街に消えていく二人。
宝条家・屋敷(夜)/応接間
広い応接間。静かな照明。
潤がソファに座り、頬をさすっている。
宝条 潤
「……いったぁ……」
頬をさすりながら、情けない声。
宝条 潤
「ほんとに引っ張ることないだろ……皮、伸びた気がする……」
遥香はソファの向かいに座り、紅茶を飲んでいる。
神谷 遥香(笑顔)
「自業自得」
宝条 潤
「笑顔で言う言葉じゃない……」
神谷 遥香
「私はいつも笑顔よ」
潤、じとっと見る。
宝条 潤
「それが一番怖いんだよ」
神谷 遥香(にこやかに)
「……ねえ、潤?あなた、“お偉いさん方とキャバクラ”って、どういうこと?」
宝条 潤
「だ、だから仕事だってば……!政策の会合の流れで……」
神谷 遥香
「ふーん」
湯呑みを置く音が、やけに響く。
宝条 潤
「……あの、声のトーンが」
神谷 遥香
「何かしら?」
宝条 潤
「いえ、何でもないです」
襖の外から控えめな足音。
執事・黒田
「失礼いたします」
襖が開き、黒田が入室。礼をする。
黒田
「坊ちゃま、お帰りなさいませ」
宝条 潤
「……黒田」
頬を押さえたまま。
宝条 潤
「当主になって何十年にもなるのに、“坊ちゃま”はやめろって言ってるだろ」
黒田(微動だにせず)
「申し訳ございません」
しかし語尾が全く反省していない。
黒田
「坊ちゃまは坊ちゃまでございますので」
遥香がくすっと笑う。
神谷 遥香
「ふふ……」
宝条 潤
「遥香まで笑うな」
神谷 遥香
「だって。“坊ちゃま”って呼ばれてる潤、ちょっと可愛いもの」
宝条 潤
「可愛くない。名家の当主で宝条グループの総帥だぞ」
黒田
「左様でございます。ですが私にはいつまでも“坊ちゃま”であらせられます」
宝条 潤
「もう……」
黒田、潤の頬をちらりと見る。
黒田
「……坊ちゃま。頬に、赤い跡がございますが」
宝条 潤
「……っ!」
遥香、笑顔。
神谷 遥香
「気のせいです」
黒田
「……承知いたしました」
分かっている顔で一礼。
黒田
「では、坊ちゃま。お夜食をご用意いたしましょうか」
宝条 潤
「……夜食は、いる」
神谷 遥香
「ふふ、結局坊ちゃまね」
宝条 潤
「うるさい!」
黒田は静かに微笑み、襖を閉める。
神谷家・茶室(休日・昼)
静かな茶室。庭の水音。障子越しの柔らかな光。
遥香が所作よく湯を沸かし、丁寧に茶を煎じる。
神谷 遥香
「……はい、どうぞ」
父・正治郎と母の前に湯呑を置く。
神谷 正治郎(湯呑を手に取り)
「うむ……香りがいい」
母
「遥香は本当に手つきが綺麗ねぇ」
神谷 遥香(穏やかに微笑み)
「ありがとう」
正治郎、茶を一口。
神谷 正治郎
「……実はな、そろそろ家督を――お前の弟の堅人に譲ろうかと思っている」
神谷 遥香
「……え?」
母
「やっと決めたのね」
正治郎、少しだけ苦笑。
神谷 正治郎
「本当は……もう少しだけ、家元の当主を続けたい気持ちもある」
母のほうを見る。
神谷 正治郎
「だが……お前の母親があまりにもうるさくてな」
母
「うるさいとは何ですか。“年齢を考えなさい”と言っているだけです」
神谷 正治郎
「それがうるさいと言っている」
遥香、くすっと笑う。
神谷 遥香
「ふふ……」
正治郎、改まった顔。
神谷 正治郎
「それでだ、遥香」
神谷 遥香
「はい」
神谷 正治郎
「お前も……そろそろお嫁に行こうとは思わないか?」
遥香、ほんの少し動きが止まる。
神谷 遥香
「……今はまだ、です」
母
「“今はまだ”って、何年言うの」
神谷 遥香
「……仕事が忙しいの」
母
「忙しいのは分かるけど、女の旬は待ってくれないのよ?」
遥香、目を逸らす。
正治郎、少しニヤリ。
神谷 正治郎
「なら聞くが――潤君とは、どうなんだ?」
遥香、ぴくっと反応する。
神谷 遥香
「……っ」
一瞬、頬が赤くなる。
母
「あら」
遥香、慌てて咳払い。
神谷 遥香
「ち、違うわ!ただの幼馴染よ」
正治郎が微笑む。
神谷 正治郎
「幼馴染ねぇ……」
神谷 遥香
「……潤は」
目を細める。
神谷 遥香
「美人がいるとすぐそっちを見るの」
母
「まあ……」
神谷 遥香(静かに怒りを込める)
「この前も、キャバ嬢に囲まれてデレデレしてた」
茶室の空気が一瞬冷える。
神谷 正治郎
「ほう……」
母
「まあまあまあ……!」
遥香、口元は微笑んでいるのに目が怖い。
神谷 遥香
「……“当主の務め”だって」
正治郎、深く頷く)
神谷 正治郎
「はは……潤君は相変わらずか。だがな遥香、“気になる男”がいる娘は、怒り方で分かる」
遥香、むっとする。
神谷 遥香
「……父さん」
母
「いいわよ、もっと言ってやって」
神谷 遥香
「母さんまで!」
宝条家・屋敷(同時刻)
潤が書斎で原稿を書いている。
突然、背筋がゾクッとする。
宝条 潤
「……っ!!」
キーボードの手が止まる。
宝条 潤
「……なんだ今の……」
肩を抱き、震える。
宝条 潤
「とてつもない悪寒……」
扉が開き、叔父の宝条充が入ってくる。
宝条 充
「おや?坊や」
宝条 潤
「……叔父さん。来てたのか」
潤、まだ震えている。
宝条 充
「なんだその顔。幽霊でも見た?」
宝条 潤
「……いや……」
潤、真剣に。
宝条 潤
「命の危機を感じる」
充、楽しそうに笑う。
宝条 充
「ははっ。それは“霊”じゃないなぁ」
意味深に……
宝条 充
「……女だ」
宝条 潤
「……」
潤、嫌な予感で顔が青くなる……
宝条 充
「ほら。最近遥香ちゃん怒らせたろ?」
宝条 潤
「……仕事の付き合いだっただけだ」
宝条 充
「世の中の“仕事”ほど信用できない言葉はない」
潤、ぐぬぬ。
宝条 潤
「叔父さん、味方なのか敵なのか…」
宝条 充
「面白い方の味方だよ」
潤がくしゃみ。
宝条 潤
「……っくしゅん!!」
充、大笑い。
宝条 充
「ほら来た。噂をすれば影――」
潤を見る、
宝条 充
「いや、“鬼”を呼ぶ、だったか?」
宝条 潤
「やめろ!!」
潤、震えながらスマホを見る。
通知ゼロなのに不安そう。
宝条 潤
「……遥香、今怒ってないよね……?」
それと同じころ……
都内マンション・一室
薄暗いリビング。
男がふらつきながら壁に手をつく。
被害者
「……っ、はぁ……っ……」
足元がもつれ、床に膝をつく。スマホを掴もうとするが、手が震えて落ちる。
被害者
「……くそ……」
呼吸が乱れ、胸を押さえる。次の瞬間――体が横倒しになり、床に倒れる。
しばらく、指先だけが動く。そして――動かなくなる。
翌朝・現場前(都内マンション)
規制線、鑑識車、警察官の出入り。
柴田元治が先頭に立って到着。田村水咲、戸田陸翔が続く。
柴田 元治
「……ここか」
現場を見上げる。
田村 水咲
「都内のど真ん中で、また厄介そうですね」
戸田 陸翔
「周辺の人通りも多いっすね。目撃、期待できますか?」
柴田 元治
「期待はすんな。だが潰すな」
柴田、規制線をくぐりながら指示。
柴田 元治
「田村、現場の室内状況、鑑識と一緒に確認。特に“争った形跡”と“薬物”だ」
田村 水咲
「了解です。匂いも見ます。変な甘さがあれば薬物の可能性ありますから」
柴田 元治
「戸田。マンションの防犯カメラ、管理室から確保してこい。住民用、エレベーター、駐車場、全部だ」
戸田 陸翔
「はい!」
戸田、勢いよく走る。
現場室内(柴田班)
室内に入ると、静まり返った空気。
リビングの床に男が倒れている。ブルーシートに覆われ、鑑識が作業中。
柴田 元治
「……荒れてねぇな」
鑑識
「争った形跡は、今のところ見当たりません」
田村 水咲(周囲を観察しながら)
「テーブルのコップ、洗ってないですね。昨夜飲んだままっぽい」
柴田 元治
「……持ってけ。指紋と薬物、両方だ」
柴田、メモを取りながら視線を巡らせる。
柴田 元治
「玄関の鍵、チェーン、窓。侵入経路の可能性、全部洗え」
田村 水咲
「はい。ベランダ側の窓も確認します」
廊下・エレベーターホール(瀬尾班)
別動隊として瀬尾隆が現場マンションに到着。
都築真也、奈良修平、三浦忍が控える。
瀬尾 隆
「よーし。こっちは聞き込みだ」
資料を開きながらテキパキ指示。
瀬尾 隆
「都築、マンションの出入り口周辺を当たれ。」
都築 真也
「了解」
都築、無言で頷き移動。
瀬尾 隆
「奈良。被害者の“直近の行動”を洗え。コンビニ、飲食店、駅。領収書や移動の流れをとにかく拾え」
奈良 修平
「了解っす!つまり……犯人は“このマンションの住民”と見ました!」
瀬尾 隆(即ツッコミ)
「話を飛ばすな」
三浦 忍
「奈良、まず“被害者がどこで何をしたか”だよ」
瀬尾 隆
「三浦。お前は奈良の暴走止めつつ、近隣住民の聞き込み回せ。特に夜中の物音、インターホン、宅配、誰かの叫び声だ」
三浦 忍
「了解です。……奈良、メモ帳出して。走りながら忘れるから」
奈良 修平
「え、俺そんなキャラ!?」
聞き込み開始(瀬尾班)
マンション住民に聞き込み。ピンポン。
瀬尾 隆
「警視庁の瀬尾です。昨夜、何か気になることはありませんでしたか?」
住民(女性)
「えっ……物音……そういえば、深夜にエレベーターの音が…」
瀬尾 隆
「何時ごろです?」
住民
「えっと……1時過ぎだったと思います」
瀬尾、すぐ三浦に目配せ。
三浦 忍
「ありがとうございます。防犯カメラと照合します」
奈良、急に得意顔。
奈良 修平
「ほら見ろ!やっぱり深夜の出入りだ!」
瀬尾 隆
「奈良。黙って書け」
被害者の行動確認(同時進行)
瀬尾がスマホを見ながら……
瀬尾 隆
「……被害者、昨日の夜に電話多いな」
三浦 忍
「交友関係ですか?」
瀬尾 隆
「いや。こいつは……“誰かに追われてる”ときの通話履歴だ」
奈良、真剣になる。
奈良 修平
「……もしかして、口封じ?」
瀬尾、奈良を見て……
瀬尾 隆
「……たまにはいいこと言うじゃねぇか」
奈良 修平
「えっ!?褒められた!?」
瀬尾、ため息。
瀬尾 隆
「よし、もっと動け。今のうちだけだ」
現場連携(柴田⇄瀬尾)
柴田のスマホが鳴る。
柴田 元治
「柴田だ」
瀬尾 隆(電話)
「柴田さん。住民から“深夜1時過ぎにエレベーター音”証言あり。カメラ照合行きます」
柴田 元治
「了解。こっちは争った形跡なし。コップと薬物の線、洗ってる」
瀬尾 隆
「……静かな事件っすね」
柴田 元治
「静かな事件ほど、“人が汚い”」
電話が切れる。
柴田、遺体の方向を見る。
柴田 元治
「……倒れて、動かなくなるだけ」
自分に言い聞かせるように。
柴田 元治
「それが一番怖ぇんだよ」
田村が頷く。
田村 水咲
「……見えない凶器ってやつですね」
数分後、遥香が現場入り、
神谷 遥香
「おはよう。状況は?」
柴田と瀬尾がすぐ姿勢を正す。
柴田 元治
「ハルちゃん。現場は争った形跡なし。室内も荒れてねぇ」
瀬尾 隆
「住民の証言だと、深夜1時過ぎにエレベーター音。防犯カメラ照合中だ」
遥香、頷く。
神谷 遥香
「被害者の身元は?」
柴田 元治
「まだ確定前だが、単身者。昨日の夜に通話履歴が多い。“追われてる”感じがする」
神谷 遥香
「……なるほど」
遥香、現場の空気を一瞬で掴む。
松岡が部屋を見回し、急に早口。
松岡 遼
「争った形跡がない、薬物の可能性――つまり犯人は“直接手を下していない”。この時点で犯人像は二種類に絞れます」
神谷 遥香
「松岡君、落ち着いて」
松岡 遼(止まらない)
「第一に、“被害者の生活圏にいる者”第二に、“構造上の盲点”を理解できる者――」
資料を指差す。
松岡 遼
「つまりこれは殺人というより、“条件を揃えて死に誘導した”タイプの事件です!」
現場の空気が一瞬固まる。
遥香、にこやかに一歩近づき。
神谷 遥香
「松岡君?」
声は柔らかい。
神谷 遥香
「……少し黙って」
目だけが鋭い。
松岡 遼
「……はい」
しゅんとする。
遥香は柴田と瀬尾に戻る。
神谷 遥香
「で、鑑識の一次所見は?」
柴田 元治
「薬物反応はまだ。ただ、コップが残ってる。指紋と成分は回してる」
瀬尾 隆
「スマホのロックも厄介だな。中身が見れない」
神谷 遥香
「……開かないスマホ。争いなし。嫌な組み合わせですね」
現場廊下(少し離れた場所)
田村、水咲、都築、戸田、奈良、三浦が集まって小声で会話。
戸田 陸翔(ひそひそ)
「松岡警部、今日もエンジン全開っすね……」
田村 水咲
「うん。“黙れ”って言われるまでがセット」
都築 真也
「……頭は良い」
奈良 修平
「でも、なんか……宇宙行ってません?話が」
三浦 忍
「奈良、それ言うと怒られるよ。松岡警部、意外と繊細だから」
田村が軽く肩をすくめる。
田村 水咲
「まあでもさ。松岡警部も、柴田警部や瀬尾警部と同じで捜一の“警部”だからね」
奈良 修平
「でも柴田警部と瀬尾警部はノンキャリの叩き上げっすよね?」
田村 水咲
「そう。所轄で泥だらけになって上がってきた」
都築 真也
「現場型」
瀬尾 隆(遠くから聞こえたように)
「誰が現場型だコラ!」
皆で軽く笑う。
三浦 忍
「松岡警部は、国家公務員一般職試験を通った準キャリア。頭がいい分……」
田村 水咲
「思考が独特すぎる」
奈良 修平
「つまり、天才変人?」
戸田 陸翔
「でも神谷管理官に黙れって言われてましたよ?」
田村 水咲
「管理官に止められても止まらないタイプだからね」
都築 真也
「……暴走列車」
現場・再び
松岡が遠くでまた口を開きかける。
松岡 遼
「管理官、仮にこの事件が誘導型だとすると――」
遥香がゆっくり顔だけ向ける。
神谷 遥香
「……」
松岡 遼
「……黙ります」
全員、内心で拍手。
遥香が現場を見回し、静かに言う。
神谷 遥香
「よし。情報を整理して、優先順位をつける」
神谷 遥香
「この事件――“見えない凶器”の匂いがする」
柴田と瀬尾が頷く。
柴田 元治
「了解。ハルちゃん」
瀬尾 隆
「動くか」
警視庁・捜査一課フロア(夜)
蛍光灯の光。資料が山積み。
遥香がホワイトボードの前で腕を組む。柴田、瀬尾らが疲れた顔。
柴田 元治
「……容疑者は三人に絞れた」
瀬尾 隆
「でも決め手がねぇ。
全員、綺麗に逃げ道作ってやがる」
田村 水咲
「物証が足りない。踏み込めないです」
奈良 修平
「これ、もう犯人は“透明人間”じゃないっすか?」
三浦 忍
「奈良、それ言うと議事録が壊れる」
軽い苦笑が起きるが空気は重い。
会議終了後、人気のない廊下……
神谷 遥香
「……」
遥香、静かに息を吐く。
神谷 遥香(心の声)
(ここまで整理しても、“核心”が見えない……)
遥香の頭に潤の顔が浮かぶ。
神谷 遥香(心の声)
(……潤なら、この状況からでも答えに辿り着く)
遥香がスマホを手に取り、通話ボタンを押す。
神谷 遥香
「……潤?」
電話越しに潤の声。
宝条 潤(電話)
『どうしたの、遥香。珍しい時間だね』
神谷 遥香
「捜査が難航してる。容疑者は三人まで絞れたけど……決め手がない」
少し間。
神谷 遥香
「……明日来られる?」
宝条 潤(電話)
『……君がそう言うなら行くよ』
遥香、わずかに安心する。
神谷 遥香
「ありがとう。無理はしないで」
宝条 潤(電話)
『それ、僕の台詞だと思う』
翌日・警視庁ロビー(昼)
エントランスの警備ゲート。人の行き来。
宝条潤がスーツ姿で現れる。上品だが軽い雰囲気。
受付の警察官が少し緊張。
受付警官
「……宝条先生ですね。お待ちしておりました」
宝条 潤
「よろしくお願いします」
その時遥香が近づいてくる。
神谷 遥香
「来てくれてありがとう」
宝条 潤
「警視庁に呼び出されるなんて、いつぶりだろう」
神谷 遥香
「今回は面倒な事件なのよ」
廊下→会議室へ案内
遥香が先導し、潤は横を歩く。
宝条 潤
「……刑事さんたち、集まってる?」
神谷 遥香
「ええ。あなたを待ってる」
宝条 潤
「僕、歓迎されてるのかな」
神谷 遥香
「半分はね」
宝条 潤
「……残り半分は?」
神谷 遥香
「“化け物が来た”って顔してる人もいる」
宝条 潤
「正直で助かる」
会議室(昼)
扉が開く。
会議室には刑事たちがずらり。空気がピンと張る。
柴田 元治
「来たな、宝条先生」
瀬尾 隆
「どうもっす」
宝条 潤
「柴田警部も瀬尾警部もお疲れ様です」
潤、軽く会釈。
宝条 潤
「宝条潤です……よろしくお願いします」
遥香が前に出る。
神谷 遥香
「じゃあ、先生に挨拶。一人ずつ、簡単に」
刑事たちが順に自己紹介。
田村 水咲
「田村水咲、警部補。現場制圧担当です。犯人をぶっ飛ばすのは任せてください」
宝条 潤(苦笑)
「よろしくお願いします」
遥香(小声)
「彼女、女の子なんだけど男勝りで格闘技にたけてるの」
潤(小声)
「すごいなそれ」
都築 真也
「都築真也、警部補。現場と身体張る役です」
宝条 潤
「……頼もしいですね」
戸田 陸翔
「戸田陸翔、巡査部長です!足が速いんで走ります!」
宝条 潤
「頼りにしてます」
奈良 修平
「奈良修平、巡査部長です!推理は……まかせてください!」
遥香と三浦が同時に。
神谷 遥香・三浦 忍
「やめて」
奈良 修平
「ひどいっ!」
三浦 忍
「三浦忍、巡査部長です。奈良の暴走を止める係です」
宝条 潤
「……君、苦労してそうだね」
三浦 忍
「はい」
松岡遼が一歩前へ。姿勢が妙に綺麗。
松岡 遼
「松岡遼、警部です。国家公務員一般職試験を通った準キャリア」
言葉が早い。
松岡 遼
「論理と構造で事件を解析します。先生の推理法には興味があります。“感覚のようで論理”――非常に面白い」
潤、会釈するが――
宝条 潤(心の声)
(……ん?)
松岡を見た瞬間、潤の眉がわずかに動く。
宝条 潤(心の声)
(この人……変なにおいがする)
松岡、にこりともせず真顔。
松岡 遼
「……以上です」
潤、表情は崩さず。
宝条 潤
「……よろしくお願いします」
会釈。
神谷 遥香
「じゃあ始めるわ。“事件全体”を説明する」
潤が資料を見る。
宝条 潤(心の声)
(……変なにおい)
視線だけ、松岡に一瞬戻る。
宝条 潤(心の声)
(刑事として、じゃない。もっと別の――)
会議が始まろうとする空気。
遥香が資料を広げ、潤がペンを持つ。
神谷 遥香
「では事件の概要から説明します」
遥香がホワイトボードの前へ移動しようとした――
会議室の扉が「ガチャ」と開く。空気が一瞬で凍る。
入ってきたのは、捜査一課課長・緒方博昭。
緒方 博昭
「……失礼する」
その声だけで、場の温度が下がる。
刑事全員が反射的に立ち上がる。
全員
「お疲れ様です!!」
一斉に深くお辞儀。柴田は特に動きが硬い。肩が震えている。
柴田 元治(小声)
「……っ(課長……課長……)」
がくがく震える。瀬尾が小声で……
瀬尾 隆(小声)
「柴田さん、肩が揺れてるっす」
柴田 元治(小声)
「うるせぇ……死ぬ……」
緒方、会議室をゆっくり見回す。
視線が潤の所で止まる。
緒方、潤の前へ。
緒方 博昭
「……宝条潤先生、ですね」
潤、立ち上がり丁寧に一礼。
宝条 潤
「はい。宝条潤です。本日はお時間をいただきありがとうございます」
緒方も一礼。
緒方 博昭
「捜査一課課長、緒方博昭。警視正です」
淡々と。
緒方 博昭
「お噂はかねがね。先生が関わった事件は、いずれも……見事だったと。本日は、よろしくお願いします」
さらにもう一度、きっちりお辞儀。
潤、笑顔は崩さないが内心で……
宝条 潤(心の声)
(……まいったな。警察の偉い人に頭を下げられると、背筋がむず痒い)
柴田が潤を見て驚愕。
柴田 元治(心の声)
(課長が……頭下げた……)
瀬尾も目を丸くする。
瀬尾 隆(心の声)
(先生、やっぱ格が違う……)
緒方は一度遥香を見る。
緒方 博昭
「神谷。“やるなら徹底的にやれ”」
神谷 遥香
「はい」
緒方、会議室を出ていく。
扉が閉まった瞬間――柴田が椅子に座り込み、息を吐く。
柴田 元治
「……っはぁぁぁぁ……」
瀬尾 隆
「柴田さん、生き返ったっすね」
柴田 元治
「課長は人類の心臓に悪い」
田村が小さく笑う。
田村 水咲
「警部が震えるの初めて見た」
都築 真也
「……すごい」
奈良 修平
「えっ、課長ってあんなに怖いんすか!?」
三浦 忍
「奈良、声が大きい」
遥香がすっと表情を引き締める。
神谷 遥香
「……じゃあ、改めて始めるわ」
会議室が一気に静まる。
ホワイトボードに事件概要を書く。
神谷 遥香
「被害者は都内マンションで死亡。争った形跡なし。容疑者は三人に絞れている」
宝条 潤
「うん」
遥香、資料を一枚取り出す。
神谷 遥香
「この事件の“構造”については、松岡君が整理している」
松岡を見る。
神谷 遥香
「松岡君。説明をお願い」
松岡、スッと立つ。早口の気配。
松岡 遼
「承知しました」
潤が松岡をちらりと見る。
宝条 潤(心の声)
(……また、あの変なにおい)
松岡が資料を掲げる。
松岡 遼
「では、容疑者3名のアリバイと、“現場の矛盾”から説明します」
ホワイトボード前に立つ松岡遼。机上には資料一式。刑事たちは静かに見守る。
潤は腕を組まず、ペンを手にしている。
松岡 遼
「では説明します」
淡々と、しかし熱量がある。
松岡 遼
「被害者は――岩崎誠二さん、43歳」
ホワイトボードに書く。
松岡 遼
「衆議院議員・久世直治議員の第一秘書。直近で週刊誌に“裏金疑惑”を追われていました」
空気が少し重くなる。
神谷 遥香
「そして、死の直前――私の元に匿名で情報提供の連絡が入っている」
潤、目線を上げる。
宝条 潤
「……情報提供」
神谷 遥香
「ええ。“決定的な証拠がある”と」
松岡 遼
「死亡推定時刻は、昨夜23時頃から深夜1時の間」
写真を示す。
松岡 遼
「現場は都内マンション一室。玄関は施錠。スマホもロックされ、本人と特定の人しか中身が確認できない。そして争った形跡なし。現時点では急性の薬物中毒による心停止が疑われています」
柴田が低く唸る。
柴田 元治
「……静かな事件だ」
松岡が資料をめくる。
松岡 遼
「捜査の結果、容疑者は三名に絞られています」
ホワイトボードに3人分。
松岡 遼
「一人目――久世直治議員、56歳」
瞬間――潤の表情が変わる。
宝条 潤
「……久世直治?」
会議室の空気が揺れる。
松岡 遼
「……先生、ご存じですか?」
宝条 潤
「……知ってるというより」
記憶を辿るように……
宝条 潤
「以前、宝条グループ主催の政策イベントに出席してました」
柴田が目を丸くする。
柴田 元治
「マジかよ……」
瀬尾 隆
「ガチの政界案件じゃないっすか……」
宝条 潤
「その時、壇上で挨拶もした」
目を細める。
宝条 潤
「……そして、久世議員の隣に……確かその秘書がいた」
神谷 遥香
「……岩崎さん?」
宝条 潤
「顔までは完全には言い切れないけど――“第一秘書”って聞いて、思い出した」
松岡が冷静に続ける。
松岡 遼
「久世議員の動機は明確です」
資料を示す。
松岡 遼
「裏金疑惑が公になれば政治生命は終わる。“秘書が勝手にやった”で逃げ切る意図がある」
潤、表情が硬くなる。
宝条 潤
「……なるほど」
松岡 遼
「二人目――榊原玲子さん、35歳。被害者の恋人。同棲中で、スマホのロック解除を知っている」
遥香が低く言う。
神谷 遥香
「第一発見者よ」
松岡 遼
「三人目――上田雄二さん、48歳」
松岡、言い方がやや鋭くなる。
松岡 遼
「久世議員の事務所の会計担当。裏金処理の中枢であり、岩崎が喋れば最も困る人物です」
潤、ペン先を止め、静かに呟く。
宝条 潤
「……政治って、怖いね」
都築が短く……
都築 真也
「……闇が深い」
田村 水咲
「関わりたくない案件」
神谷 遥香
「でも関わる。私は警察だから」
潤が遥香を見る。
宝条 潤
「……うん」
松岡 遼
「以上が概要です」
資料を揃えながら。
松岡 遼
「続いて三名のアリバイと、“スマホに残る異常”について説明します」
潤が視線を落とし、考える。
宝条 潤(心の声)
(久世直治……あの場にいた秘書が……死んだ)
ホワイトボードに「アリバイ」と大きく書かれる。
松岡遼が資料を手に、淡々と説明を始める。
松岡 遼
「では、三名のアリバイについて説明します」
資料をめくる。
松岡 遼
「まず久世議員。事件当夜は、党の政策会合と会食に出席」
松岡 遼
「同席者は複数名。映像、写真、証言も揃っており、犯行時刻に現場へ来ることは物理的に不可能です」
柴田 元治
「……政治家らしい、鉄壁のアリバイだな」
瀬尾 隆
「逆に“作り慣れてる”感じもしますけどね」
奈良、手を挙げる。
奈良 修平
「はい!」
全員が一瞬ぎょっとする。
松岡 遼
「……奈良君、どうぞ」
奈良 修平
「つまり久世議員は“アリバイが完璧すぎるから怪しい”ってことですよね!?」
会議室、静寂。
三浦 忍
「奈良。それは“推理”じゃなくて“感想”」
奈良 修平
「えっ!?」
三浦 忍
「しかも今のは誰でも言えるやつ」
奈良 修平
「……厳しい」
瀬尾が苦笑。
瀬尾 隆
「はいはい、続けよう」
松岡 遼
「次。二人目の榊原さん」
写真が映し出される。
松岡 遼
「事件当夜は自宅マンションに滞在。被害者と同棲しており、外出記録なし。第一発見者で、“朝起きたら倒れていた”と証言しています」
神谷 遥香
「スマホのロック解除を知っている人物ね」
松岡 遼
「はい」
奈良 修平
「でも同棲してるなら、毎日一緒にいるわけですよね?」
松岡 遼
「……そうですが」
奈良 修平
「じゃあ“慣れ”で殺せる可能性も高いってことですよね!」
神谷 遥香
「……奈良君?」
奈良 修平
「はい」
神谷 遥香
「ちょっと黙って」
奈良 修平
「……えっひどい!」
松岡 遼
「三人目の上田さん」
……資料が切り替わる。
松岡 遼
「事件当夜は、別件の会計処理で事務所に残っていた。防犯カメラと入退室ログで、深夜まで事務所にいたことが確認されています」
柴田 元治
「……こっちも、表向きは崩れねぇな」
奈良 修平
「でも上田さん、“お金を扱う人間”ですよね?」
松岡 遼
「……はい」
奈良 修平
「つまり、“計算が得意=犯行も計算通り”ってことじゃないですか!?」
数秒の静寂。
神谷 遥香
「奈良君……」
奈良 修平
「はい……」
神谷 遥香
「もう、喋らないで」
奈良 修平
「……」
潤、奈良を見る。
宝条 潤(心の声)
(……なぜ彼が、花形部署で名高い捜査一課に入れたんだ……)
ちらっと三浦を見る。
宝条 潤(心の声)
(ああ、“ツッコミ要員付き”か)
松岡が説明をまとめに入る。
松岡 遼
「以上が三名のアリバイです。現時点では全員に“決定的な破綻”はありません」
会議室が重く沈む。
その時――潤のペンが止まる。
宝条 潤(心の声)
(……いや)
資料に目を落とす。
宝条 潤(心の声)
(おかしい。アリバイは、“犯行時刻”を基準に作られている。でも――)
被害者の行動履歴を見る
宝条 潤(心の声)
(この事件、“殺した瞬間”が本当に犯行の時刻なのか?)
潤、顔を上げる。
宝条 潤(心の声)
(もし“殺意”が向けられたのが、もっと前だったとしたら――)
潤の視線が、三人の容疑者の資料を順に追う。
宝条 潤(心の声)
(……矛盾が、一つある)
潤、静かに息を吐く。
遥香が潤の異変に気づく。
神谷 遥香
「……潤?」
潤、顔を上げる。
宝条 潤
「……ごめん。一つ、確認していい?」
神谷 遥香
「ええ」
潤、ホワイトボードの前に立つ。
宝条 潤
「皆さんの説明で、アリバイ自体は“完璧”だった」
松岡を見る。
宝条 潤
「でも――その完璧さこそが、矛盾です」
会議室が静まり返る。
宝条 潤
「皆さんは、“死亡推定時刻”を犯行時刻としてアリバイを組み立てている」
ボードに書く。
【死亡推定時刻 = 犯行時刻】
宝条 潤
「でも、この事件は違う」
ペンを止める。
宝条 潤
「この事件で重要なのは――“いつ死んだか”じゃない……“いつ殺意が実行されたか”です」
柴田 元治
「……殺意が、実行された時刻?」
瀬尾 隆
「毒殺ってことか……」
松岡 遼(食い気味に)
「しかし先生、毒物が投与された時間を特定する証拠は――」
宝条 潤
「あります」
資料をめくる。
宝条 潤
「被害者は“その夜”に毒を盛られたわけじゃない」
全員が息を呑む。
宝条 潤
「もっと前――“日常の中”で、少しずつ準備された」
宝条 潤
「争った形跡がない。侵入痕跡がない。被害者は自宅で一人」
指を折る。
宝条 潤
「つまり犯人は――“被害者の生活圏に自由に触れられた人物”」
遥香が頷く。
神谷 遥香
「……内部の人間」
宝条 潤
「次に、“開かないスマホ”」
松岡を見る。
宝条 潤
「これは偶然じゃない。証拠が“入っている”と分かっていたからこそ、“永遠に見られない状態”にした」
宝条 潤
「死亡推定時刻の直後、スマホに“複数回のロック失敗”がある」
瀬尾 隆
「……つまり」
宝条 潤
「誰かが“わざと”失敗させた」
奈良が小声。
奈良 修平
「それ……初期化狙い……?」
三浦 忍
「奈良、黙ってて正解言うな」
潤、三人の容疑者の写真を順に見る。
宝条 潤
「久世議員は、“守られすぎている”。榊原玲子さんは、“実行犯に見せかけられた被害者”です」
最後の一枚で止まる。
宝条 潤
「――そして」
写真を指差す。
宝条 潤
「真犯人は、上田雄二さん」
会議室、どよめく。
宝条 潤
「上田さんは裏金処理の中枢です。岩崎が喋れば、すべてが終わる。だから殺した」
淡々と。
宝条 潤
「直接手を下さず、恋人を“道具”に使って」
宝条 潤
「彼女は脅された。“あなたも共犯になる”と。だから、薬の管理とスマホ操作をさせられた」
遥香、拳を握る。
神谷 遥香
「……卑劣ね」
宝条 潤
「上田さんのアリバイは、“犯行時刻”がズレた瞬間に崩れます。毒が事前に仕込まれていれば、事務所にいようが関係ない」
松岡 遼(唇を噛む)
「……時間軸の、盲点」
宝条 潤
「最後に一つ」
潤、松岡を見る。
宝条 潤
「“変なにおい”の正体」
松岡、微かに眉を動かす。
宝条 潤
「これは論理じゃない。でも――」
遥香を見る。
宝条 潤
「人は、“自分が作った構造”を説明するとき、無意識に言葉が速くなる」
松岡、息を詰める。
宝条 潤
「この事件の真相は――上田雄二による、誘導型毒殺」
遥香が一歩前に出る。
神谷 遥香
「……柴田さん、瀬尾さん」
柴田 元治
「了解だ」
瀬尾 隆
「上田を押さえる」
潤、席に戻る。
遥香が潤を見る。
神谷 遥香
「……ありがとう、潤」
宝条 潤
「君が諦めなかったからだよ」
柴田 元治
「行くぞ」
瀬尾 隆
「都築、田村!」
都築 真也
「了解」
田村 水咲
「はい。逃がしません」
戸田も立ち上がる。
戸田 陸翔
「俺も行きます!」
柴田 元治
「戸田は出口抑えろ!足が要る!」
戸田 陸翔
「了解っす!!」
刑事たちが一斉に会議室を飛び出す。
走る足音。
瀬尾がイヤホンに指を当てる。
瀬尾 隆
「被疑者は今どこだ?」
三浦 忍(無線)
『自宅に入ります!』
瀬尾 隆
「よし、囲め!」
奈良の声が入る。
奈良 修平(無線)
『被疑者、怪しい動きしてます!なんか、早歩きです!』
三浦 忍(無線)
『奈良、それは全員だよ!』
瀬尾 隆
「黙って追え!」
上田雄二の自宅
都築と田村が前後を固める。
柴田が扉前で手で合図。
柴田 元治
「……行くぞ」
扉が開く。
柴田 元治
「上田雄二!警視庁だ!」
上田が振り返る。
上田 雄二
「……なんですか、急に」
平静を装うが、目が泳ぐ。
田村 水咲
「大人しくしてください。逃げたら折ります」
上田 雄二
「は? 俺が何を――」
都築が静かに前に出る。
都築 真也
「……話は取り調べで」
上田、わずかに後退。
上田が突然横へ走ろうとする。
上田 雄二
「……っ!」
その瞬間、廊下から戸田が飛び込む。
戸田 陸翔
「はい、ストップ!!」
戸田が回り込み、出口を封鎖。
上田 雄二
「邪魔だっ!」
戸田 陸翔
「邪魔です!!仕事なんで!!」
柴田が腕を掴む。
柴田 元治
「確保だ」
手錠がかかる “カチャン”。
上田 雄二
「……っ!!」
取調室。無機質な机。
上田が座り、柴田と瀬尾が正面。
柴田 元治
「上田。岩崎誠二さんの死亡事件について聞く」
上田 雄二
「……俺じゃない。何も知らない」
瀬尾が資料を置く。
瀬尾 隆
「お前が知らないなら、なんで逃げた?」
上田 雄二
「……っ」
別室、モニター越しに潤と遥香が見ている。
宝条 潤(小声)
「上田は“罪の意識”じゃない」
神谷 遥香(小声)
「……何?」
宝条 潤
「上田が怖いのは、“捕まること”じゃなくて」
目を細める。
宝条 潤
「久世議員に切られることだ」
遥香が取調室に入る
神谷 遥香
「上田さん。あなた、議員に守られていると思ってる?」
上田、沈黙。
神谷 遥香
「残念だけど――政治家は“守る相手”を選ぶんです」
上田の指が震える。
上田 雄二
「……っ、俺は……」
柴田 元治
「言え」
上田 雄二
「俺はただ……事務所を守っただけだ……!」
瀬尾 隆
「“事務所”じゃねぇ」
瀬尾、睨む。
瀬尾 隆
「“金”だろ」
上田、頭を抱える。
上田 雄二
「……岩崎が……しゃべるって言い出したんだよ!!」
上田が怒鳴る。
上田 雄二
「ふざけるなって!!こっちは何年も……何年も!!帳簿を整えて!!」
息が荒くなる。
上田 雄二
「久世先生のために……!!」
遥香が言う。
神谷 遥香
「だから殺した?」
上田 雄二
「……殺すつもりはなかった」
声が小さくなる。
上田 雄二
「ただ、“黙らせる”つもりだった」
柴田が静かに言う。
柴田 元治
「それが殺人だ」
遥香が追撃する。
神谷 遥香
「榊原玲子には?」
上田、顔を上げる。
上田 雄二
「……脅した。“あんたも共犯になる”って」
瀬尾 隆
「最低だな」
上田 雄二
「……でもあいつは、スマホのロック解除ができた」
潤の声が別室から小さく入る。
宝条 潤(小声)
「やっぱり」
取調室の外、廊下。
遥香のスマホが震える。
神谷 遥香
「……神谷です」
係官(電話)
『久世議員側から圧が来てます。“秘書の単独犯で処理しろ”と』
遥香、静かに笑う。
神谷 遥香
「……処理するのは、あの人たちじゃない」
目が鋭い。
神谷 遥香
「私たち警察よ」
電話を切る。
警視庁の外(夜)
事件の山を越えた後の夜風。
遥香と潤が並んで歩く。
宝条 潤
「……政治の事件は、後味が悪いね」
神谷 遥香
「後味が悪いから、誰かが追わなきゃいけない」
潤、遥香を見る。
宝条 潤
「君は、いつもそうだ」
神谷 遥香
「何?」
宝条 潤
「正しい方に行く」
遥香、少しだけ照れるがすぐ戻る。
神谷 遥香
「……当然でしょ。警察なんだから」
潤が軽く笑う。
宝条 潤
「……ありがとう、呼んでくれて」
神谷 遥香
「礼はいらない」
遥香、横目で潤を見る。
神谷 遥香
「……でも」
宝条 潤
「うん?」
遥香、いつもの笑顔。
神谷 遥香
「次、キャバクラ行ったら、今度は頬じゃ済まないから」
宝条 潤
「えっ……」
潤、青ざめる。
宝条 潤
「……気をつけます」
遥香、満足そうに頷く。
神谷 遥香
「よろしい」
数日後・宝条家の屋敷(朝)
格式ある応接間。
テレビがついており、ニュース番組が流れている。
潤はソファに座り、コーヒーを飲んでいる。
遥香も同じ部屋にいる。資料を軽く整理中。
テレビニュース
ニュースキャスター
『速報です。与党の実力者として知られる衆議院議員、久世直治氏に――』
画面が切り替わり、久世議員が頭を下げている映像。
ニュースキャスター
『政治資金の不正処理に加え、議員事務所の資金を私的に流用していた疑い、いわゆる横領が発覚しました。久世氏は議員辞職を表明。党は除名処分に向けて調整しており、事実上“政界からの追放”となる見通しです』
遥香がテレビを見てため息をつく。
神谷 遥香
「……結局、横領で落ちたのね」
淡々としているが、どこかやるせない。
神谷 遥香
「裏金よりも“身内の金”に手をつけた方が、世間は許さない」
潤はテレビを見つめたまま、ゆっくり言う。
宝条 潤
「……終わりはあっけないね」
コーヒーカップを置く音だけが響く。
遥香が潤を見る。
神谷 遥香
「……あっけない?」
宝条 潤
「うん」
潤の目は冷静で、感情を抑えている。
宝条 潤
「“巨大な悪”みたいな顔をしてても、最後は案外――自分の欲で転ぶ」
遥香、腕を組む。
神谷 遥香
「……でも、岩崎さんは戻らない」
空気が少し重くなる。
潤、遥香の方を見る。
宝条 潤
「……そうだね」
テレビでは、久世議員の会見映像が続く。
久世直治(映像)
『……秘書の不祥事について、私にも監督責任が……』
潤がわずかに目を細める。
宝条 潤
「……最後まで、同じ台詞だ」
潤、立ち上がる。
宝条 潤
「遥香。次の事件は簡単じゃないかもしれない」
遥香も立つ。
神谷 遥香
「ええ」
潤が少しだけ柔らかく微笑む。
宝条 潤
「でも、君が呼ぶならまた来る」
遥香、少し照れたように……
神谷 遥香
「……当然。だけど、無茶はしないでね?」
第2話 完
