見出し画像

宮廷賢者アルトリア 第3話「宮廷賢者は大忙し」

第3話「宮廷賢者は大忙し」

国務省 宮廷賢者専用執務室 昼

アルトリアは椅子に座り、驚異的な速度で書類を確認し、次々と指示を書き込んでいく。
その左右では最近側近に抜擢した新米賢者のジェームズ・ホーネルとダイム・ペイトンが、それぞれ必死に作業を進めている。
紙をめくる音、羽ペンの走る音、静かだが張り詰めた空気。

アルトリア
「ジェームズ、それが終わったらこれを頼む」

アルトリアは手元の書類を数枚まとめて差し出す。
ジェームズは顔を上げ、慌てて立ち上がる。

ジェームズ
「は、はい!」

書類を受け取る。その量に一瞬だけ目を見開くが、すぐに表情を引き締める。

ジェームズ
「すぐに取り掛かります!」

アルトリアは小さく頷く。
アルトリアが今度は反対側の机を見る。
ダイムは落ち着いた様子で書類を整理している。

アルトリア
「ダイム、それあとどれぐらいかかりそう?」

ダイムは顔を上げ、柔らかく微笑む。

ダイム
「あと30分ほどで終わります」

アルトリア
「急がなくていいから、確実にミスなく終わらせて」

ダイムは真剣な目で頷く。

ダイム
「はい。承知しました」

ジェームズは必死に書類に目を通しながら、ぶつぶつと呟く。

ジェームズ(小声)
「ええと……この税率改定案は……いや、でも輸送費が……」

ダイムは横目で見て、微笑む。

ダイム(小声)
「落ち着いて。アルトリア様は急がなくていいと言っていたよ」

ジェームズ
「わ、わかってる……でも……!」

焦りながらも、懸命に取り組む。
その様子を、アルトリアは何も言わず、静かに見ている。
そして再び、自分の書類に視線を落とす。羽ペンが止まることはない。
まるで、すべてを見通しているかのように。

同時刻 執務室入口付近

扉がわずかに開いている。
その隙間から、セリアが静かに中を見ている。
白銀の髪が光を受けて輝く。

セリアの視線はアルトリアに向けられている。
書類の山の中で、一切の迷いなく指示を出し続ける少年。
ジェームズとダイムも必死に食らいついている。

セリアは小さく息をつく。

セリア(心の声)
(宮廷賢者に任命されてから、まだ二カ月……それなのに――もう王宮の中心にいる……)

アルトリアがふと顔を上げる。
セリアは反射的に扉の陰に隠れる。心臓がわずかに高鳴る。

セリア(心の声)
(……本当に、不思議な人)

静かに、再び中を覗く。
アルトリアはすでに次の書類を読んでいる。疲れた様子は一切ない。
セリアの表情が、少しだけ柔らかくなる。

セリア(心の声)
(この人なら……王国を変えられるかもしれない)

部屋の中では、羽ペンの音だけが静かに響き続けている。

王宮・王族専用居室 昼

広く、荘厳な部屋。

高い天井。
大きな窓から王都を見下ろす光景。

中央には、レグナス王国の国王
レオニス・レグナード。

傍らには王妃フリア。その前に立つのは、第1王女セリア。
穏やかな空気の中、会話が続いている。

レオニス
「そうか」

静かに目を細める。

レオニス
「アルトリアはやはり才能があるか」

王としてではなく、一人の人物を見極める者の目。
セリアは静かに頷く。

セリア
「はい。側近に加えた二人の賢者――ジェームズとダイムも、まだ若いながら、なかなかに優秀です」

レオニスは満足げに頷く。

レオニス
「ほう……アルトリアが自ら選んだ者か」

セリア
「はい。アルトリアは、人の本質を見抜く力があります」

フリアが優しく微笑む。

フリア
「頼もしいこと」

フリアはレオニスの方を見る。

フリア
「そうですよね、あなた?」

レオニスはゆっくりと頷く。

レオニス
「ああ……ようやく、王国に光が差し始めたのかもしれぬな」

その言葉には、長年王国の腐敗に苦しんできた王の本心が込められている。

その時。

コンコン。

扉が叩かれる。

侍従
「失礼いたします」

扉が開く。
そこに立っていたのは――皇太子ガイナス・レグナード。
そしてその隣には、皇太子妃マリエル・レグナード。彼女の腕の中には、小さな赤子。

ガイナス
「父上、母上」

レオニスの表情が柔らぐ。

レオニス
「おお、ガイナス」

フリア
「マリエルも」

マリエルは優雅に一礼する。

マリエル
「陛下、王妃様」

セリアの視線は、マリエルの腕の中の赤子へ向く。
セリアは優しく微笑みながら近づく。

セリア
「義姉上、お身体のほうはいかがですか?」

マリエルは穏やかに微笑む。

マリエル
「もう大丈夫です。皆様のおかげで、順調に回復しております」

フリアが安堵した表情を見せる。

フリア
「それはよかった……」

フリアは赤子を見る。

フリア
「ジャックも元気そうね」

マリエルは腕の中の赤子を優しく見下ろす。

マリエル
「はい。とても元気です」

レオニスがゆっくりと立ち上がる。

レオニス
「……少し、抱かせてもらってもよいか?」

マリエルは微笑み、慎重に赤子を差し出す。

マリエル
「もちろんでございます、陛下」

レオニスは丁寧に、まるで宝物を扱うように赤子を抱き上げる。
生後三カ月の王孫、ジャック・レグナード。
小さな手が、レオニスの指を握る。
レオニスの目が、わずかに潤む。

レオニス
「……この子が王国の未来か……」

その場にいる全員が、静かにその光景を見守っている。
セリアの視線もまた、その小さな命に注がれている。

そして――

セリア(心の声)
(この子が生きる未来を……私たちは守らなければならない)

セリアの脳裏に、黒髪の若き賢者の姿が浮かぶ。
アルトリア・フィリア。

レオニスは静かに呟く。

レオニス
「守らねばならぬな……この王国を」

レオニスがジャックを抱いている。
穏やかな空気。

その時――

重厚な扉が、ゆっくりと開く。

侍従(緊張した声)
「王太后陛下、御入室にございます」

その場の空気が一瞬で引き締まる。

入ってきたのは――白銀の髪を持つ老婦人。
だが、その背筋は真っ直ぐに伸び、瞳には衰えぬ鋭さが宿っている。

レグナス王国 王太后 マルガレーテ・レグナード。
かつて先王オルガランを支え、王国の基礎を築いた女傑。

その場にいる全員が、即座に姿勢を正す。

セリア
「お祖母様」

セリアは深く頭を下げる。

ガイナス
「お祖母様」

マリエルも一礼する。

マリエル
「ご無沙汰しております」

フリア
「お義母様」

レオニスは、ジャックを抱いたまま軽く頭を下げる。

レオニス
「母上」

マルガレーテは静かに頷く。

マルガレーテ
「楽にしなさい」

だが、その一言だけで空気は完全に支配される。
マルガレーテの視線は、レオニスの腕の中の赤子へ向く。

マルガレーテ
「その子がジャックですか?」

レオニス
「はい。ガイナスの子です」

マルガレーテはゆっくりと近づく。
赤子を見下ろす。
その目は厳しく――そして優しい。

マルガレーテ
「……良い目をしています。強くなるでしょう」

ガイナス
「ありがとうございます、お祖母様」

マルガレーテは小さく頷く。

やがて、マルガレーテはレオニスを見る。

マルガレーテ
「最近の王宮は、少し騒がしいようですね」

レオニスはわずかに笑う。

レオニス
「母上の耳にはすでに入っていましたか」

マルガレーテ
「当然です。王宮のことを知らずして、何が王太后ですか」

フリアが苦笑する。

フリア
「相変わらずですね、お義母様」

マルガレーテ
「当たり前です」

そしてマルガレーテの視線が、ゆっくりとセリアへ向けられる。
すべてを見透かすような目。

マルガレーテ
「ところで、セリア」

セリアは姿勢を正す。

セリア
「はい、お祖母様」

マルガレーテ
「最近噂の若き賢者というのは、どんな者なの?」

部屋の空気がわずかに変わる。
セリアは一瞬だけ目を伏せ、そしてまっすぐに祖母を見る。

セリア
「……不思議な方です」

マルガレーテの眉がわずかに動く。

セリア
「まだ十九歳ですが、まるで、すべてを見通しているかのように振る舞います。」

レオニスも静かに聞いている。

セリア
「知識、洞察、判断力……どれを取っても、これまで私が見てきた誰とも違います」

マルガレーテは黙って聞いている。

セリア
「そして――」

わずかに柔らかな表情。

セリア
「優しい方です」

マルガレーテの目が細くなる。

マルガレーテ
「優しい、ですか」

セリア
「はい」

マルガレーテ
「それは、王国にとって最も重要な資質の一つです」

静かな声。だが重い。

マルガレーテ
「強さだけでは、国は守れません。知恵と、そして心が必要です」

マルガレーテは窓の外から王都を見下ろす。

マルガレーテ
「……その賢者。一度会ってみたいものですね」

セリアの胸がわずかに高鳴る。

セリア
「……はい」

レオニスは静かにマルガレーテを見る。

レオニス(心の声)
(母上が、興味を持たれたか……)

王宮・回廊 夕方

赤く染まり始めた空。
長い石造りの回廊をアルトリアが一人、ゆっくり歩いている。手には数冊の書類。
少しだけ肩を回す。

アルトリア(心の声)
(ふう~……今日はさすがに疲れた……小麦価格、装備不良、徴税の再計算…………今日は時間で上がろう……)

歩きながら、小さく息を吐く。
その瞬間――柱の陰から突然、大きな影が飛び出す。

アグニス
「わああっっ!!!」

アルトリア
「うわああっ!!?」

思わず書類を落としそうになる。慌てて抱え直す。

アルトリア
「って……アグニス王子様!?」

目の前には、豪快に笑う第2王子アグニス・レグナード。

アグニス
「はっはっは!やっぱり引っかかった!」

アグニスは腹を抱えて笑う。

アグニス
「お前、二カ月たっても毎回これに引っかかるんだよな~!」

アルトリア
「……王族の方が物陰から飛び出してくるとは思いませんので」

アグニスはさらに笑う。

アグニス
「それが甘い!戦場ではどこから敵が出てくるかわからんぞ!」

アルトリア
「王宮は戦場ではありません」

アグニス
「気分は戦場だ!」

アルトリアは小さくため息をつく。

アルトリア
「……お怪我をなさらないでくださいね」

アグニス
「お前に心配されるほど弱くないわ!」

アグニスはアルトリアの肩をばしばし叩く。

アルトリア
「い、痛いです……」

その時――少し離れた柱の陰。
そこに立っていたのはセリア。
腕を組み、微笑んでいる。
その目は楽しそうだが、どこか企んでいるようでもある。

セリア
「……」

アグニスはようやく気づく。

アグニス
「……ん?」

視線がセリアと合う。一瞬、沈黙。

アグニス
「うわあ、セリア!?」

慌てて後ずさる。
セリアはにこりと笑う。

セリア
「楽しそうですね、兄上」

その声は穏やか。
だが、どこか冷たい。

アグニス
「い、いや、これはだな!」

セリアはゆっくりと歩み寄る。

セリア
「宮廷賢者は、国家の重要人物です。驚かせて書類を落とさせるなど……」

にこり。

セリア
「もし重要な機密文書だったら?」

アグニスの額に汗。

アグニス
「そ、それは……」

アルトリアが口を挟む。

アルトリア
「大丈夫です。落としても問題ない順番で持っていましたので」

セリアは一瞬、アルトリアを見る。

セリア
「……そうなの?」

アルトリア
「はい」

アルトリアは静かに続ける。

アルトリア
「アグニス王子様は、必ずこの時間、この柱の陰から出てこられますので」

アグニス
「なっ!?」

セリアがくすっと笑う。

セリア
「……読まれておりますね、兄上」

アグニス
「くっ……!」

アグニスは悔しそうに腕を組む。

アグニス
「お前、やっぱり化け物だな!」

アルトリア
「光栄です」

真顔。
セリアが思わず吹き出す。

セリア
「ふふっ……」

夕暮れの回廊。
三人の笑い声が、柔らかく響く。

セリア
「ところでアルトリア、今日の仕事はもう終わり?」

アルトリア
「はい。今日は時間で切り上げようと思います」

セリア
「それならこの後私の部屋に来て」

アルトリア
「?」

アルトリアはわけがわからずにいる。

王宮・セリア私室 夜

窓の外には、夜の王都。
静かな月明かりが差し込んでいる。

部屋の中は整然としているが、一角には、白銀に輝く鎧兜が静かに佇んでいる。
「銀の姫騎士」の象徴。

部屋の中央。

アルトリアが立っている。その前に、セリア。
二人きり。
しばしの沈黙。
やがてセリアが口を開く。

セリア
「……宮殿での仕事はどう?」

アルトリアは少しだけ考え、そして静かに答える。

アルトリア
「忙しいですが……慣れました」

セリアは小さく微笑む。

セリア
「そう」

セリアはゆっくりと歩き出す。
そして、部屋の隅に置かれた自分の鎧兜の前で立ち止まる。
月明かりが白銀を照らす。

セリアはそっと手を伸ばし、鎧の胸当てに触れる。
その指先は――まるで、大切な記憶に触れるかのように優しい。

セリア
「……私は、物心ついたころから剣を握っていたわ」

アルトリアは黙って聞いている。

セリア
「レグナスの王族として生まれた以上、当然のことだった。朝から晩まで武芸を叩き込まれて……泣いても、許されなかった」

セリアの瞳が、遠くを見る。

セリア
「そして……九歳で初めて戦場に出た」

アルトリアの目がわずかに見開かれる。

セリア
「最初は……怖かった」

セリアの指が、わずかに震える。

セリア
「人が……目の前で死ぬのが。剣を振るえば……誰かが倒れる。血が流れて……叫び声が響いて……」

セリアは目を伏せる。

セリア
「それでも……戦った。王族として……この国を守るために」

セリアの指が、鎧を握る。

セリア
「何度も戦場に出て……何度も傷を負って死にかけて……それでも、生き残って……」

セリアは自嘲するように微笑む。

セリア
「いつしか……“銀の姫騎士”なんて異名までついた」

月明かりだけが、二人を照らす。
セリアの声が、わずかに震える。

セリア
「……でも私は……」

セリアは目を閉じる。

セリア
「本当は……戦うのは、好きじゃない」

アルトリアは何も言わない。ただ、静かに聞いている。

セリア
「征服戦争で……何人もの敵を斬った。自国の民は、私を称賛した。英雄だと」

セリアの目から一筋の涙がこぼれる。

セリア
「でも……それ以上に……征服された国の人たちの……嘆きが……聞こえるの。家族を失った人……故郷を奪われた人……すべてを失った人……」

セリアの肩がわずかに震える。

セリア
「なぜ……同じ人間同士で……殺し合わなければならないのか……考えるだけで……つらくなる」

涙が頬を伝う。
だが、セリアは泣き崩れない。
王女としての誇りが、それを許さない。

セリア
「こんな……こんな悲しい時代は……早く、終わりにしたい」

アルトリアは、ゆっくりとセリアの方へ歩み寄る。

セリアは涙を拭い、アルトリアを見る。
その瞳には強い意志が宿っている。

セリア
「……だからそのためにも――あなたの力が必要なの。アルトリア。あなたなら……この時代を変えられる」

セリアの声が、少しだけ柔らかくなる。

セリア
「……誰かにこの話をしたのは……初めてよ」

静寂。
アルトリアの瞳が優しく揺れる。

アルトリア
「……姫様」

アルトリアの声は静かで、そして確信に満ちている。

アルトリア
「必ず終わらせます。この時代を。戦わずに、人が生きられる時代を」

セリアの目がわずかに見開かれる。

アルトリア
「そのために――私はここにいます」

沈黙。
だがその沈黙は、孤独ではない。二人の間に確かな信頼が生まれていた。
月明かりが静かに二人を照らしている。

王宮・セリア私室 浴室 夜

白い石で造られた広い浴室。湯気がゆっくりと立ち上る。
湯船の中、セリアが静かに湯に浸かっている。
白銀の長髪が、湯の中でゆらめく。

水の揺れる音だけが響く。
セリアは目を閉じる。
そして――ふと、アルトリアの顔が脳裏に浮かぶ。

アルトリア
「必ず終わらせます。この時代を」

セリアの目がゆっくりと開く。

セリア(心の声)
(……なぜ私はあの話を……)

湯の中で、自分の手を見る。剣を握り続けてきた手。

セリア(心の声)
(あんな話……誰にもしたことがなかったのに……)

小さく息を吐く。

セリア(心の声)
(ガイナス兄上にも……父上にも……お祖母様にも……誰にも……)

湯面に映る自分の顔。
そこには「銀の姫騎士」ではなく、一人の少女の顔があった。

セリア(心の声)
(どうして……)

セリアの胸に手を当てる。心臓の鼓動。

セリア(心の声)
(……あの人の前だと隠さなくてもいいと……そう思ったの……?)

一筋の水滴が、頬を伝う。
それが湯なのか、それとも――

セリアは目を閉じる。

セリア(心の声)
(……何かが変わっている……私の中で……)

静かに、湯気が立ち上る。

宮廷賢者専用屋敷 書斎 同時刻

机の上には積み上げられた書物。
アルトリアが椅子に座り、一冊の古い本を読んでいる。
ページをめくる。

静かな夜。

ランプの灯りが、アルトリアの横顔を照らす。
アルトリアの目は真剣だが、どこか先ほどのセリアの言葉を思い返しているようにも見える。

セリア
「あなたの力が必要なの」

アルトリアの手が、一瞬だけ止まる。
そして、静かに本を閉じる。

アルトリア
「……」

小さく息を吐く。

アルトリア
「……もう寝るか」

立ち上がる。
窓の外を見る。
夜の王都。無数の灯り。

アルトリア(心の声)
(守るべきものが……多すぎる。だが――)

アルトリアの瞳が、静かに光る。

アルトリア(心の声)
(必ず、道はある)

王宮・中央回廊 朝

赤い絨毯の上をアルトリアが歩いている。
その左右には側近の若き賢者、ジェームズとダイム。
三人は書類を抱えながら、執務室へ向かっている。

その時――周囲の女性が一斉にアルトリアの方を見る。

ひそひそ声。

女官A(小声)
「……あの方が」

女官B(小声)
「宮廷賢者様……」

女官C(小声)
「噂通り……綺麗……」

アルトリアは気づき、きょろきょろと周囲を見る。

アルトリア(心の声)
(……?なぜ、みんなこっちを見る?)

自分の頬を触る。

アルトリア(心の声)
(僕の顔に……何かついてるか?)

ジェームズはその様子を見て苦笑する。

ジェームズ(小声)
「アルトリア様は……ご自身の影響力に無自覚すぎる……」

ダイムも微笑む。

ダイム(小声)
「宮廷賢者でありながら、その容姿だから」

アルトリア
「……?」

首をかしげる。

その瞬間――突然前方から一人の少年が現れる。
深い蒼い瞳、知性を宿した顔。

レグナス王国 第3王子 ドルゴン・レグナード。

ドルゴンは、アルトリアの前で立ち止まる。
そして――深く頭を下げる。

ドルゴン
「アルトリア殿」

アルトリアは驚く。

アルトリア
「ド、ドルゴン王子様?」

ドルゴンは顔を上げる。その目は、真剣そのもの。

ドルゴン
「どうか――私の師となっていただけませんか」

沈黙。

ジェームズ
「えっ!?」

ダイム
「……!」

周囲の侍女たちも息を呑む。
アルトリアは慌てる。

アルトリア
「お、おやめください王子様!私はただの、しがない賢者です!」

ドルゴンは首を横に振る。

ドルゴン
「いいえ」

ドルゴンの声には確信がある。

ドルゴン
「アルトリア殿は、エルメア平原の枯渇の原因を解明しただけでなく……ユリナの病も治してくださいました」

ドルゴンの拳が握られる。

ドルゴン
「戦場で何度も軍略を重ねてきたつもりだったのに……僕は……何もできなかった。兄として……何も……」

一瞬だけ悔しさが滲む。
だがすぐに、まっすぐアルトリアを見る。

ドルゴン
「だからこそ――あなたのようになりたい。守る力を……知恵を……」

ドルゴンは、再び深く頭を下げる。

ドルゴン
「どうか……師と仰がせてください」

回廊は完全な静寂に包まれる。
ジェームズは目を見開き、ダイムは静かにアルトリアを見る。
アルトリアは――少し困ったように、そして優しく微笑む。

アルトリア
「……王子様」

アルトリアはゆっくりと言う。

アルトリア
「私は、師と呼ばれるほど立派な者ではありません」

ドルゴンの肩がわずかに下がる。
だがアルトリアは続ける。

アルトリア
「ですが共に学ぶことはできます」

ドルゴンの目が見開かれる。

アルトリア
「私もまた、学び続けている身です。共に、王国を守るための知恵を探しましょう」

ドルゴンの表情が明るくなる。

ドルゴン
「……はい!ありがとうございます、アルトリア殿!」

その目には強い決意が宿っていた。
そして回廊の遠くから、その様子を見つめるセリア。

セリア(心の声)
(やはり……この人は――)

セリアは静かに微笑む。

ドルゴンが去った後。
回廊にはまだわずかな余韻が残っている。

その時――軽やかな足音。
アルトリアが振り向く。

そこに立っていたのは――

第3王女 ユリナ・レグナード。

柔らかな金色の髪。透き通るような瞳。

その隣には、侍女リリアが少し緊張した様子で付き従っている。
ユリナは優雅に微笑む。

ユリナ
「ごきげんよう。アルトリア様」

アルトリアはすぐに姿勢を正す。

アルトリア
「これは、ユリナ姫様」

静かに一礼する。
ジェームズとダイムも慌てて頭を下げる。

ジェームズ
「ユリナ姫様」

ダイム
「ご回復されたと伺い、安心いたしました」

ユリナは微笑みながら頷く。

ユリナ
「ありがとうございます」

アルトリアはユリナの顔色を観察する。
頬の血色、呼吸、立ち姿。
そして穏やかに尋ねる。

アルトリア
「お身体のほうは、いかがですか?」

ユリナは嬉しそうに答える。

ユリナ
「だいぶ良くなりました。今日は久しぶりに、武芸の稽古をしました」

ジェームズが驚く。

ジェームズ
「武芸を……?」

ユリナは少し誇らしげに微笑む。

ユリナ
「腕が衰えていないか心配でしたが……案外、衰えていなかったようです」

ユリナはまっすぐアルトリアを見上げる。

ユリナ
「これでも十二歳の頃から戦場で、敵と戦ってきましたから」

ジェームズとダイムは息を呑む。

ジェームズ(小声)
「……十二歳から……」

ダイム(小声)
「王女でありながら……」

アルトリアは静かに答える。

アルトリア
「……姫様は、強い方です」

ユリナは首を横に振る。

ユリナ
「いいえ。私は……」

少しだけ視線を落とす。

ユリナ
「強くなろうとしているだけです」

その言葉には幼くして戦場を知った者の重みがあった。

その時ユリナの隣に立つリリアが、アルトリアに向かって深く頭を下げる。

リリア
「……アルトリア様」

その声は、震えている。

リリア
「この度は……姫様をお救いいただき……本当に、ありがとうございました……」

ユリナはリリアを見る。
その目には、責める色は一切ない。

ユリナ
「リリア」

ユリナは優しく言う。

ユリナ
「顔を上げて」

リリアはゆっくり顔を上げる。

ユリナ
「今日で、あなたの謹慎も解けました。また、私のそばにいてくれますね?」

リリアの目に涙が浮かぶ。

リリア
「……はい。この命に代えても……姫様をお守りいたします」

ユリナは優しく微笑む。

ユリナ
「命は代えなくていいの。生きて、そばにいて」

リリアは声を詰まらせる。

リリア
「……はい……!」

回廊の窓から差し込む光がユリナの姿を照らす。
戦場を知る王女。
それでもなお、人を信じることを選んだ少女。
その存在は、この王国の希望そのものだった。

宮廷賢者専用屋敷 執務室 午前

アルトリアは椅子に座り、ジェームズとダイムはその左右に立っている。
三人はそれぞれの作業を進めている。
静かな集中の空気。

その時――

コンコン。

扉が叩かれる。

ジェームズ
「どうぞ」

扉が開く。
入ってきたのは――財務局の官僚。

財務官
「失礼いたします、宮廷賢者様」

アルトリア
「どうされましたか?」

財務官は深刻な表情。

財務官
「小麦価格が、ここ数日で急激に上昇しております」

ジェームズが反応する。

ジェームズ
「急激に……?」

財務官
「はい。約三〇%の上昇です」

ダイム
「三〇%……!?」

ジェームズ
「そんな……数日で?」

財務官
「原因は現在調査中ですが……市場は混乱しております」

アルトリアは冷静に尋ねる。

アルトリア
「収穫量に変化は?」

財務官
「……いいえ。例年通りです」

アルトリア
「輸送は?」

財務官
「問題ありません」

アルトリアの瞳がわずかに鋭くなる。

アルトリア
「わかりました。資料をすべてこちらへ」

財務官
「はい」

財務官は書類を置き、一礼して退室する。

ジェームズ
「これは……大問題ですね」

アルトリア
「そうだね」

アルトリアは短く答える。
その直後――再び扉が叩かれる。

ダイム
「どうぞ」

扉が開く。
入ってきたのは、騎士団長ルーク・ヴァルディス。
そして――騎士団副団長バージル・マルコス。

二人とも鎧を着ている。

ルーク
「アルトリア殿」

アルトリア
「ルーク団長、バージル副団長」

ルークは机の前に立つ。

ルーク
「騎士団の装備について、相談がある」

バージルが一歩前に出る。

バージル
「最近、鎧の破損が異常に増えている」

ダイム
「破損……?」

バージル
「通常の訓練程度で、胸当てに亀裂が入る」

ルーク
「このままでは、実戦で兵の命に関わる」

アルトリア
「実物はありますか?」

バージル
「持ってきている」

バージルは破損した胸当てを差し出す。アルトリアはそれを受け取る。
指で表面をなぞり、叩いて音を聞く。

アルトリア(心の声)
(……純度が低い)

アルトリア
「……調査します」

ルーク
「頼む」

ルークとバージルは一礼し、退室する。

さらに――三度目のノック。

ジェームズ
「どうぞ」

扉が開く。
入ってきたのは、粗末な服を着た男。
征服民の代表。その表情は疲れ切っている。

代表
「……宮廷賢者様」

アルトリア
「どうされましたか?」

代表
「パンが……買えません」

沈黙。

代表
「価格が……急に上がり……子供たちが……飢えています……」

ジェームズとダイムが顔を見合わせる。

代表
「そして……昨日……暴動が起きました……」

ダイム
「暴動……」

代表
「このままでは……さらに広がります……」

アルトリアは静かに頷く。

アルトリア
「……わかりました。対応します」

代表は深く頭を下げ、退室する。

執務室に重い沈黙が落ちる。

ジェームズ
「……これは」

ダイム
「偶然とは思えませんね」

アルトリアは椅子にもたれ、天井を見る。
そして、小さく呟く。

アルトリア
「……三つも大事件を抱えちゃったな~」

ジェームズがすぐに言う。

ジェームズ
「三人で手分けしますか?」

アルトリアは二人を見る。そして、静かに頷く。

アルトリア
「そうだな」

アルトリアは指示を出す。

アルトリア
「ジェームズ。」

ジェームズ
「はい!」

アルトリア
「小麦の問題を頼む」

ジェームズは一瞬驚くが、すぐに真剣な表情になる。

ジェームズ
「……承知しました!」

アルトリアはダイムを見る。

アルトリア
「ダイム」

ダイム
「はい」

アルトリア
「鎧の破損の問題を頼む」

ダイムは静かに頷く。

ダイム
「必ず原因を突き止めます」

アルトリアは立ち上がる。

アルトリア
「僕は、征服民の暴動の件を対応する」

ジェームズ
「アルトリア様……」

ダイム
「お気をつけて」

アルトリアは微笑む。

アルトリア
「大丈夫。これはただの問題じゃない」

アルトリアの瞳が鋭く光る。

アルトリア
「誰かが意図的に引き起こしている」

ジェームズとダイムも、その意味を理解する。

アルトリア
「行こう」

三人の賢者がそれぞれの戦場へ向かう。
それは剣ではなく――知恵の戦場だった。

王宮・財務局 執務室 昼

書類の山。忙しく働く官僚たち。
扉が開く。ジェームズが入ってくる。

官僚たちがざわつく。

官僚A(小声)
「宮廷賢者……」

官僚B(小声)
「アルトリア様の側近だ……」

ジェームズは少し緊張しながらも、堂々と前に進む。

ジェームズ
「宮廷賢者アルトリア様の命により参りました。小麦価格の上昇について、すべての記録を確認させてください」

財務官が頷く。

財務官
「こちらへ」

ジェームズは机に座る。

目の前には取引記録に輸送記録、保管記録も。

ジェームズ(心の声)
(落ち着け……アルトリア様なら、どう見る……?)

ページをめくる。数字を追う。
そして――ジェームズの目が止まる。

ジェームズ
「……これは」

王宮・騎士団訓練場 同時刻

金属音が響く。騎士たちが訓練している。
ダイムがバージルと共に歩いている。

バージル
「これが問題の鎧だ」

破損した胸当てを見せる。
ダイムは手に取り、観察する。

ダイム
「……確かに強度が異常に低いですね」

バージル
「訓練程度で壊れるなど、あり得ん」

ダイム
「この鎧はどこで製造されていますか?」

バージル
「王都南部の鉄器工場だ」

ダイムは頷く。

ダイム
「案内していただけますか?」

バージル
「……ああ」

ダイムの瞳が鋭くなる。

ダイム(心の声)
(これは……製造段階で何かが起きている)

王宮・セリア私室 夕方

窓から夕陽が差し込む。

セリアは窓辺に立ち、王都の外を見つめている。
その瞳はどこか落ち着かない。
アルトリアの姿が脳裏に浮かぶ。

アルトリア
「必ず終わらせます」

セリア(心の声)
(……アルトリア)

その時――

コンコン。

扉が叩かれる。

セリア
「どうぞ」

扉が開く。
入ってきたのはガイナス。

ガイナス
「セリア」

セリア
「兄上」

ガイナスは部屋の中に入り、セリアの隣に立つ。
同じように窓の外を見る。

しばしの沈黙。

やがて、ガイナスが何気なく言う。

ガイナス
「……アルトリアなら」

セリアの肩がわずかに反応する。

ガイナス
「遠くに行ってしまったぞ」

セリアはすぐに振り向く。

セリア
「え?」

その表情は、一瞬だけ完全に無防備だった。
ガイナスはそれを見て――くすっと笑う。

ガイナス
「征服民の居住区にな」

セリア
「……!」

セリアの表情が変わる。
心配。
そして――安堵。

だがすぐに平静を装う。

セリア
「……そうですか」

ガイナスは腕を組み、わざとらしく言う。

ガイナス
「ずいぶん気になるようだな」

セリア
「……別に」

ガイナス
「ほう?」

ガイナスはセリアの顔を覗き込む。

ガイナス
「顔に書いてあるぞ」

セリア
「兄上」

少し睨む。
ガイナスは笑う。

ガイナス
「安心しろ。あの男はそう簡単に死ぬような者ではない」

セリアは黙る。

ガイナス
「それに――お前が見込んだ男だろう?」

セリアの瞳が揺れる。

セリア
「……はい」

小さく答える。
ガイナスは優しく微笑む。

ガイナス
「なら信じろ」

ガイナスが少し意地悪な笑みを浮かべる。

ガイナス
「それとも、心配だから迎えに行くか?」

セリア
「……!」

セリアは一瞬言葉を失う。
ガイナスは声を出して笑う。

ガイナス
「ははは!冗談だ」

セリア
「兄上……!」

少し頬が赤くなる。

ガイナス
「だが――」

ガイナスは真剣な目になる。

ガイナス
「あの男は、本物だ」

セリア
「……はい」

セリアは再び窓の外を見る。
夕陽が沈み始めている。

セリア(心の声)
(……無事でいて)

セリアの指が、無意識に胸の前で握られる。
ガイナスはその様子を見て、静かに微笑む。

ガイナス(心の声)
(セリア……お前も変わったな)

夕陽が王宮を赤く染めていた。

王都外縁部・征服民居住区 夕方

空は曇り始めている。
重苦しい空気。
アルトリアが、わずかな護衛と共に居住区の奥へと進む。

周囲の建物は崩れかけ、壁はひび割れ、窓は割れたまま放置されている。
子供たちが、痩せた体で座り込んでいる。
母親が、わずかなパンの欠片を子供に与えている。

その時――遠くから怒号が響く。

男の声
「返せ!!」

別の声
「これは俺たちの食料だ!」

激しい物音。何かが壊れる音。
護衛騎士が警戒する。

護衛騎士A
「アルトリア様、危険です」

アルトリア
「……行こう」

アルトリアは歩みを止めない。
やがて、暴動の現場が見えてくる。
人々がパン屋の前に集まり、扉を叩いている。
中の商人が叫ぶ。

商人
「仕方ないんだ!仕入れ値が上がってるんだ!」


「嘘をつくな!!」


「子供が三日も食べてないのよ!!」

石が投げられる。窓が割れる。
悲鳴、混乱。

アルトリアは、その光景を静かに見つめる。

アルトリア
「……」

アルトリアの瞳に怒りはない。ただ深い悲しみがある。

アルトリア
「……ひどいな」

小さく呟く。

アルトリア
「……これは」

護衛騎士
「アルトリア様、下がってください!」

アルトリアは答えない。

アルトリア(心の声)
(これは……人が悪いのではない。仕組みが……壊れている)

一人の子供が、力なく地面に座り込んでいる。
アルトリアはゆっくりとその子供に近づく。

護衛騎士
「アルトリア様!」

アルトリアはしゃがむ。
目線を合わせる。

アルトリア
「……お腹が空いているの?」

子供は小さく頷く。
アルトリアは立ち上がる。
そして、暴動の中心へ向かって歩き出す。

護衛騎士
「アルトリア様!危険です!」

アルトリア
「大丈夫」

アルトリアは、群衆の前で立ち止まる。
誰かが気づく。


「……誰だ?」

別の男
「貴族か?」

アルトリアは静かに言う。

アルトリア
「違います。僕は宮廷賢者です」

ざわめき。
群衆がざわつく。

アルトリアの声は静かだが、よく通る。

アルトリア
「必ず解決します。小麦価格の上昇の原因を突き止め、パンを元の価格に戻します」


「……本当か?」

アルトリアは迷わず答える。

アルトリア
「はい。約束します」

沈黙。

やがて一人、また一人と、人々の怒りが静まっていく。
その目に、わずかな希望が宿る。

アルトリア(心の声)
(必ず……この原因を突き止める)

アルトリアの瞳が、静かに燃えていた。

暴動は、アルトリアの言葉によって一時的に静まり返っている。
群衆は、不安と期待の入り混じった目でアルトリアを見ている。
パン屋の前。
扉は半分壊れ、中には疲れ果てた様子の店主が立っている。

アルトリアはゆっくりと中へ入る。
護衛騎士が後ろに続く。

店主
「……宮廷賢者様」

アルトリア
「少し、話を聞かせてください」

店主は深く頷く。
棚にはわずかなパンしか残っていない。

アルトリアは一つ手に取る。
重さと硬さを確認する。

アルトリア
「……いつから価格が上がりましたか?」

店主
「四日前です」

アルトリア
「仕入れ値が上がったのは?」

店主
「同じです」

アルトリア
「どこから仕入れていますか?」

店主
「王都中央の穀物商です」

アルトリア
「名前は?」

店主
「……ラドフォード商会です」

アルトリアの指が止まる。

アルトリア(心の声)
(ラドフォード商会……)

アルトリア
「ここ数日で仕入れ量に変化は?」

店主
「……減りました」

アルトリア
「どれくらいですか?」

店主
「三割ほどです」

アルトリアの瞳が鋭くなる。

アルトリア(心の声)
(三割……)

アルトリアは店の奥を見る。
そこには、空の保管箱。

アルトリアは近づいて箱の中を見る。
そして――箱の内側に付着した、わずかな粉を指でなぞる。

アルトリア(心の声)
(……これは)

指先の粉を観察する。

アルトリア
「これは、この地区に届いた小麦ですか?」

店主
「はい」

アルトリアは静かに呟く。

アルトリア
「……質が違う」

店主
「え?」

アルトリア
「この小麦は、下級品質のものです」

店主
「そ、そんな……」

アルトリア(心の声)
(つまり……高品質の小麦は、別の場所へ回されている)

アルトリアは外へ出て街を見る。
輸送路、倉庫。そして街の配置。

アルトリア(心の声)
(供給量が減らされ質も落とされている。だが、王国全体の収穫量は変わっていない)

アルトリアの瞳が光る。

アルトリア(心の声)
(誰かが意図的に供給経路を操作している)

アルトリア
「……見つけた」

護衛騎士
「何をですか?」

アルトリアは静かに答える。

アルトリア
「パンの供給経路の異常です」

護衛騎士
「……!」

アルトリア
「この地区へ来るはずの小麦が、別の場所へ回されています」

護衛騎士
「なぜ、そのようなことを……」

アルトリア
「理由は一つ。価格を操作するためです」

アルトリアは空を見る。

アルトリア(心の声)
(そしてこれは、この地区だけの問題ではない。王国全体で起きている)

アルトリアの瞳が決意に満ちる。

アルトリア
「……黒幕は、必ず見つけ出す」

夕陽がアルトリアの背中を照らしていた。

宮廷賢者専用屋敷 執務室 夜

窓の外はすでに夜。
ランプの灯りが執務室を静かに照らしている。

アルトリア、ジェームズ、ダイムが向かい合っている。

ジェームズ
「穀物の収穫量も備蓄量も、変化はありませんでした」

アルトリア
「予想通りだね」

ジェームズ
「ですが――」

ジェームズは一枚の帳簿を指さす。

ジェームズ
「ラドフォード商会が大量の小麦を通常の流通経路から外し、特定の倉庫へ移送しています」

アルトリアの目が鋭くなる。

アルトリア
「特定の倉庫……」

ジェームズ
「はい」

ジェームズ
「公式記録には存在しない、非公開の倉庫です」

アルトリア(心の声)
(やはり……)

アルトリアはダイムのほうを向く。

アルトリア
「ダイムはどうだった?」

ダイムは鎧の破片を机の上に置く。

ダイム
「鎧の破損の原因がわかりました」

ジェームズ
「本当か!?」

ダイム
「ああ。鉄器工場で製造されている鎧の金属純度が、意図的に下げられていた」

ジェームズ
「意図的に……?」

ダイム
「高品質の金属は、別の場所へ運び出されています」

アルトリア
「その行き先は?」

ダイム
「……ラドフォード商会の所有する倉庫です」

沈黙。

ジェームズ
「ラドフォード商会……!」

アルトリアは静かに言う。

アルトリア
「僕も征服民居住区で確認した。本来そこへ供給されるはずの小麦が、別の場所へ回されている」

ジェームズ
「つまり――」

ダイム
「すべて、同じ場所へ……」

三人の視線が、机の上の地図へ向く。
アルトリアは指を動かす。

穀物、金属、供給路。
そして――一つの場所で止まる。

アルトリア
「……ここだ」

地図に示された場所。
王都南部、ラドフォード商会の倉庫。

ジェームズ
「小麦を独占し、価格を操作し……」

ダイム
「金属を横流しし、軍備を弱体化させ……」

アルトリア
「征服民の暴動を誘発する」

沈黙。

ジェームズ
「なぜ……そこまで……」

アルトリアは静かに答える。

アルトリア
「王国を――内部から崩壊させるためだ」

ジェームズとダイムの表情が凍る。

アルトリアは続ける。

アルトリア
「これは単なる不正ではない。計画された陰謀だ」

ダイム
「……黒幕がいる」

アルトリア
「間違いない。」

アルトリアの瞳が鋭く光る。

王宮・国王執務室 夜

部屋の中には国王レオニス、王太子ガイナス、第2王子アグニス、第2王女エリス、第3王子ドルゴン、第3王女ユリナ、そして――第1王女セリアがいる。
アルトリアはレオニスに報告をする。

アルトリア
「小麦価格の上昇、騎士団鎧の品質低下、征服民暴動――すべての原因は、ラドフォード商会による供給操作でした」

室内に緊張が走る。

アルトリア
「同商会は小麦と金属を秘密裏に倉庫へ集積し、市場への供給を制限しています」

ガイナス
「価格を吊り上げるためか……」

アルトリア
「それだけではありません。騎士団の装備用金属も横流しされていました」

アグニス
「なに……!」

アルトリア
「軍備を弱体化させ、同時に民の不満を煽る。王国の安定を崩すことが目的と考えられます」

沈黙。

レオニスが静かに言う。

レオニス
「……ラドフォード商会か。以前から違法な商売で有名だった。また動き出したか……」

その時――

アグニスが前に出る。

アグニス
「父上!兵を五百ほどください!」

アグニスの瞳が燃えている。

アグニス
「奴らをとっ捕まえてきます!」

ドルゴン(小声で)
「……絶対許可されないぞ」

ガイナスは腕を組み、静かに見ている。
レオニスはアグニスを見る。

レオニス
「お前が行けば――やりすぎる」

アグニス
「ぐっ……ですが!」

レオニス
「……はて。どうしたものか……」

その時――一歩前に出る者がいた。
セリアだった。

セリア
「父上」

全員の視線がセリアに向く。
セリアの瞳は、迷いなく真っ直ぐだ。

セリア
「私が参ります」

アグニス
「セリア?」

セリア
「このような仕事はアグニス兄上には不向きです」

アグニス
「うぐっ!」

言葉を失う。
エリスが口元を押さえる。

エリス
「プププ……」

アグニス
「エリス!」

エリス
「ごめんなさい兄上」

だがまだ笑っている。

セリアは続ける。

セリア
「私もこの国の騎士です。違法行為の制圧は騎士の務め。必ず証拠を押さえ、関係者を拘束します」

レオニスは、静かにセリアを見る。
その姿はかつての先王オルガランの妃、マルガレーテを思わせた。

レオニス
「……セリア」

セリア
「はい」

レオニス
「兵を与える」

セリアの瞳がわずかに輝く。

レオニス
「騎士団より三百。加えて、副団長バージルを同行させる」

セリア
「御意」

深く一礼する。

レオニス
「セリア」

セリア
「はい」

レオニス
「王国の騎士として正義を示せ」

セリア
「必ず」

セリアの瞳に、銀の炎が宿る。
それは、戦場最強の姫騎士――「銀の姫騎士」の目だった。
そして――その視線は一瞬だけ、アルトリアへ向けられる。

無言の信頼。
アルトリアは静かに頷く。
戦いが、始まろうとしていた。

王宮・セリア私室 同時刻

重厚な扉が開く。
侍女たちが、丁寧に鎧を運んでくる。
白銀に輝く鎧。
美しく、そして威圧的な存在感。

セリアはその前に立つ。

パーヤ
「姫様……本当に、ご出陣なさるのですか?」

セリア
「ええ」

迷いのない声。
侍女たちは鎧を装着し始める。
胸当て、肩当て、腕甲、脚甲、籠手
一つ一つが、戦士としての姿を完成させていく。

金属の音が、静かに響く。

最後に――兜が差し出される。
セリアはそれを手に取る。

一瞬、窓の外を見る。

セリア(心の声)
(アルトリア……あなたは知で戦う。なら私は、剣で道を切り開く)

セリアは兜を被る。
完全に武装した姿。
それは、王女ではない。
銀の姫騎士。

侍女たちは、思わず息を呑む。

パーヤ
「……ご武運を」

セリア
「ええ」

セリアは歩き出す。
重厚な足音。
王国を守るための戦いが始まる。

王宮・中庭 夜

騎士団が整列している。
中央に、副団長バージル。

バージル
「姫様」

セリアが現れる。
騎士たちが一斉に跪く。

騎士団
「セリア姫様!」

セリアは静かに言う。

セリア
「行きます」

その声は静かで、そして絶対だった。

騎士団
「はっ!」

月光が銀の鎧を照らしていた。

王都南部・ラドフォード商会秘密倉庫前 夜

月明かりの下。
巨大な石造りの倉庫。

周囲は静まり返っている。
だがその周囲を、完全武装の騎士団が取り囲んでいる。

鎧が月光を反射する。

中央に立つのは、銀の鎧をまとったセリア。
その隣には、騎士団副団長バージル。

バージル(低く)
「包囲完了しました」

セリアは静かに頷く。

セリア
「逃がしてはダメ。一人も」

バージル
「はっ!」

バージルが手を上げる。

バージル
「突入準備!」

騎士団が剣を抜く。金属音が響く。

バージル
「突入!!」

騎士団
「はっ!!」

扉が破壊され、騎士団が一斉に倉庫へなだれ込む。

倉庫の中には、大量の小麦袋。
金属インゴット。
そして――驚き慌てる商会関係者たち。

商会関係者A
「な、なんだ!?」

商会関係者B
「騎士団だ!!」

逃げようとする男。
だが――騎士が回り込み、剣を突きつける。

騎士
「動くな!」

別の男が武器を取ろうとする。
だが、一瞬でバージルが接近。
剣を首元に突きつける。

バージル
「愚かな」

男は凍りつく。

バージル
「抵抗は無意味だ」

騎士団が次々と関係者を制圧していく。

数分後――すべてが終わる。
関係者全員が、床に跪かされている。
手は拘束されている。完全制圧。

沈黙。

その時――重い足音。

カン……

カン……

カン……

銀の騎士が、ゆっくりと歩いてくる。
関係者たちの視線が集まる。

誰もが、その存在に息を呑む。

銀の騎士は、彼らの前で立ち止まる。

そして――ゆっくりと兜に手をかける。

関係者A
「……」

関係者B
「……」

静寂。

セリアが、兜を脱ぐ。
白銀の長髪が月光に輝く。
絶世の美貌。
そして――氷のように冷たい瞳。

関係者たちの顔が、一瞬で絶望に染まる。

関係者C(震え声)
「ぎ……銀の……」

関係者D
「銀の姫騎士……」

恐怖が、全員を支配する。

セリアは静かに言う。

セリア
「ラドフォード商会。違法取引、物資横流し、国家転覆の疑いで――」

一歩前へ出る。

セリア
「全員を拘束します」

誰も抵抗できない。できるはずがない。
それは、戦場で幾度も勝利を収めてきた騎士。
銀の姫騎士だった。

セリア
「連れて行きなさい」

騎士団
「はっ!」

関係者たちが連行されていく。
その目には、完全な恐怖が宿っていた。

セリア(心の声)
(アルトリア。あなたはもう……黒幕に気づいているのでしょう?)

王宮・国王執務室 昼

重厚な扉が開く。
アルトリアが立っている。
その後ろには、ラドフォード商会の関係者が拘束されて並んでいる。

関係者たちは顔を伏せ、震える声で呻いている。

レオニスが静かに椅子から立ち上がる。
その威厳に、誰もが背筋を伸ばす。

レオニス
「そなた達に指示したのは――」

レオニスはゆっくりと歩み寄る。
その目は冷徹で、無駄な言葉を避ける。

レオニス
「この者で間違いないのだな?」

レオニスはとある貴族を指さす。

貴族
「へ……陛下?」

ラドフォード商会の関係者全員が恐る恐る顔を上げ、震える声で答える。

関係者A
「……はい……」

関係者B
「はい……」

関係者C(低い声で)
「……はい……」

貴族
「おい!嘘をつくな!お前たちなど知らんぞ!」

レオニスは静かに目を閉じ、一度深く息を吐く。

レオニス
「良いだろう」

その声は冷たく、無慈悲に響く。
レオニスはアルトリアを見る。
アルトリアは、わずかに頷く。
レオニスは貴族のほうを見つめる。

レオニス
「そのものを直ちに拷問にかけよ!」

ルーク
「はっ!」

貴族はルークによってとらえられる。
レオニスが関係者たちのほうを見る

レオニス
「……言っておこう」

その声は低く、そして威圧的だ。

レオニス
「裏切り者には、王国の裁きが下る」

レオニスは一歩前に出て、関係者たちの前に立つ。
その顔に、一切の慈悲の色はない。

レオニス
「そなたたちの運命は、我々の手にある。刑が決まるまで投獄だ!」

関係者たちは、完全に恐れおののいている。
その目には、絶望と後悔が浮かんでいる。
そして関係者たちは連行されていった。

レオニス
「アルトリア」

アルトリアは前に歩み出る。

アルトリア
「はい」

レオニスはアルトリアを見つめる。

レオニス
「ご苦労だった。ここから先は私がまとめる」

アルトリアは少し驚くが、すぐに頷く。

アルトリア
「御意」

レオニス
「……そなたの働きに、感謝する」

その後、貴族のほうは爵位剥奪の上、都を追放。
ラドフォード商会の関係者たちもこの国での商売権利を永久剥奪ということになった。

セリアの部屋 夜

静かな部屋。窓から差し込む月明かり。
セリアはベッドに座り、窓の外をぼんやりと見つめている。
その目には、どこか遠くを見ているような深い思索の色が浮かんでいる。

セリア(心の声)
(何故かしら?最近ずっと、アルトリアのことばかり考えてしまう……)

セリアはふと深いため息をつき、体を横に倒す。

セリア(心の声)
「……変ね、私ったら」

セリアは目を閉じ、頭の中に浮かぶアルトリアの顔を思い浮かべる。
その表情、声、仕草――次第に心臓が少しだけ早く打つのを感じる。
その時――扉がわずかに開き、誰かが部屋の中を覗いている。
セリアは気づかない。

その姿を見ているのは――マルガレーテ。
セリアの心情に変化を感じ取ったようだ。
マルガレーテは静かに息を呑み、セリアを見守っている。

マルガレーテの私室

マルガレーテは自室に戻り、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
窓の外に目を向ける。
その瞳には、少しだけ憂いを含んだ表情が浮かんでいる。

マルガレーテ(心の声)
(セリアの心に、何かの変化がある。昔の私にそっくり……)

その言葉に、かつての記憶が蘇る。
目を閉じる。

宮廷での生活。
先王オルガランと過ごした日々。
王妃として王国を支え、未来のために尽力した自分の姿。

マルガレーテ(心の声)
(私も――彼を思っていた)

マルガレーテの手が一枚の絵に触れる。
先王オルガランの肖像画。それを見つめるマルガレーテ。

マルガレーテ(心の声)
(それにしても……アルトリア・フィリア。どこかで聞いたことのある名字)

絵の中の先王の顔を見つめる。

マルガレーテ(心の声)
(もしや……生き別れたあの者の息子?)

マルガレーテの目が一瞬で鋭く光る。

マルガレーテ(心の声)
(もしそうだとしたら……)

その瞳には、深い期待と不安が交じり合った色が浮かぶ。

マルガレーテ(心の声)
(本当に――この国の希望になってくれるかもしれない)

その言葉が、部屋に静かに響く。
マルガレーテは深くため息をつき、オルガラン王の絵を見つめ続ける。

マルガレーテ
「そうよね?あなた?」

その問いかけに絵は何も答えない。
だが、マルガレーテの瞳には確信の光が宿る。

第3話 完

いいなと思ったら応援しよう!