海の王者オルカ 第4話「孤独な子と星の海」
第4話「孤独な子と星の海」
岩礁の海域
それから3年の月日が経った。
オルカは少し大きくなった。まだ幼いが、泳ぎは日に日に力強くなっている。
シリウスの背の周りをぐるぐると泳ぎ回り、ドルンがその相手をしている。
ドルン(息を切らして)
「オルカ、速い速い速い……!もう少しゆっくり泳いでくれよ……!」
オルカ(子どもらしく笑って)
「ドルン、遅い!」
ドルン
「僕はイルカだ!シャチと速さを競うのは無理がある!」
シリウスがゆったりと二頭を眺めている。
シリウス(穏やかに)
「ドルン、お前が遅いのではない。オルカが速すぎるのだ」
ドルン
「それはつまり、私のせいではないということですね!」
シリウス
「そういうことだ」
ドルンがほっとした顔をする。オルカはくるりとシリウスの方に向き直る。
オルカ
「ねえシリウス様、今日も教えてくれる?」
シリウス
「何を知りたい?」
オルカ(少し間を置いて)
「……僕の父さんと母さんのこと」
シリウスの表情が、わずかに和らぐ。
岩礁の陰。シリウスとオルカが並んで静かに浮かんでいる。
ドルンは少し離れたところで、耳をそばだてながらも距離を保っている。
シリウス
「お前の父、シャーオン殿と初めて会ったのは、お前が産まれるずっと前のことだ」
オルカ
「どんな人だったの?」
シリウス
「声が大きかった。笑い声が海に響くような男だった」
オルカは目を輝かせる。
シリウス
「しかし戦いになると、誰よりも静かになる。余計なことを言わず、ただ前に出る。それが、シャーオンという王だった」
オルカ
「強かった?」
シリウス
「強かった。だがな、オルカ。シャーオン殿が王として慕われたのは、強さだけではない」
オルカ
「じゃあ、何?」
シリウス(少し間を置いて)
「……誰かのために迷わず動けること。それが、あの男の本当の強さだった」
オルカは黙って聞いている。その言葉を体に染み込ませるように。
オルカ
「……母さんは?」
シリウス
「セア殿は強い女性だった。シャーオン殿とは違う種類の強さを持っていた」
オルカ
「違う種類?」
シリウス
「シャーオン殿は前に出る強さを持っていた。セア殿はどんな状況でも折れない強さを持っていた。傷ついても、疲れ果てても、お腹の中にいたお前を守るためだけに泳ぎ続けた。あれほどの意志を持った者を、私はほとんど見たことがない」
オルカはしばらく黙っている。
オルカ
「……僕、会ってみたかったな」
シリウス(静かに)
「お前はもう会っている」
オルカ
「え?」
シリウス
「産まれてすぐに、お前はセア殿の目を見た。そしてセア殿もお前の目を見た。短い時間だったが、確かに会っている」
オルカはその言葉を反芻するように、ゆっくりと目を閉じる。
夕暮れ。海が橙色に染まる時間。
オルカは一頭で岩礁の端に浮かんでいる。
他の海の生き物たちが家族で泳ぐ姿を、じっと見ている。
魚の親子が仲良く泳いでいく。小さなイルカが母親に甘えている。
オルカはそれを見て、何かを考えるような顔をしている。
ドルンが静かに近づく。
ドルン
「オルカ?」
オルカ
「……ドルン。なんで僕には父さんも母さんもいないの?」
ドルンは胸をつかれたように止まる。
ドルン
「……それは」
オルカ
「みんなはいるのに。あの魚も、あのイルカも。なんで僕だけ」
ドルンはしばらく言葉を探す。それから、オルカの隣に並ぶ。
ドルン
「……お父上は、お前を守ったんだ。お母上も」
オルカ
「守った?」
オルカの表情が曇る。
オルカ
「……じゃあ、僕のせい?」
ドルン(はっとして、慌てて)
「ち、違う!そういう意味じゃなくて……!」
ドルンは言葉に詰まる。うまく伝えられない自分に焦りながら。
ドルン
「……お前のせいじゃない。絶対に、そんなことはない。2人は自分で選んだんだよ。お前に会いたかったから」
オルカはドルンを見る。その目に、疑問と悲しさが混じっている。
オルカ
「……よくわからない」
ドルン(小さく)
「……僕も、うまく言えなくてごめんなさい」
夜。満天の星が海に映っている。
オルカはシリウスの傍らで、水面に顔を出して空を見上げている。
オルカ
「シリウス様。あの星は何?」
シリウス(空を見て)
「どれだ?」
オルカ
「一番明るいやつ」
シリウス
「おおいぬ座で最も明るい恒星、シリウスだ。私の名前の由来になった星でもある」
オルカ(驚いて)
「シリウスって、星からとったの?」
シリウス
「私が産まれた夜、その星が海に映って特別に輝いていたと、母から聞いた」
オルカは星を見上げ続ける。
オルカ
「……父さんと母さんも、あそこにいるの?」
シリウスはすぐには答えない。夜の海が静かに揺れる。
シリウス
「どう思う?」
オルカ(考えながら)
「……いる気がする。なんか、見てる気がする」
シリウス(穏やかに)
「それでいい。感じる心が、お前の中にある。それはシャーオンから受け継いだものだ」
オルカはまた星を見る。今度は少しだけ、表情が柔らかい。
オルカ
「ねえ、シリウス様」
シリウス
「何だ?」
オルカ
「僕、いつか父さんみたいな王になれると思う?」
シリウスはオルカをじっと見る。
シリウス
「なれるかどうかは、今のお前にはわからない」
オルカ
「……そっか」
シリウス
「だが──なろうとする心があるなら、それが出発点だ」
オルカは星を見上げながら、小さく頷く。
オルカ(心の声)
(……父さん、母さん。僕、ちゃんと大きくなるよ。いつか、父さんみたいな王になるよ。だから、見ていてね)
夜の海に、星の光が静かに降り注ぐ。
オルカの小さな体が、その光の中でゆっくりと揺れている。
翌朝。岩礁の海域。
ドルンが申し訳なさそうな顔でオルカのそばに来る。
ドルン
「オルカ……昨日は、うまく言えなくてごめん」
オルカはドルンを見る。それから、ふわっと笑う。
オルカ
「ドルンって、正直だよね」
ドルン
「え?」
オルカ
「うまく言えなかったって、ちゃんと言ってくれるから」
ドルンはきょとんとしてから、少し照れる。
ドルン
「……お前は、シャーオン様に似てきたよ」
オルカ
「そう?」
ドルン
「あの人も人が一番困るときに、一番穏やかな顔をしていた」
オルカはそれを聞いて、また空を見上げる。
シリウスが静かに近づく。
シリウス
「オルカ。今日は私と泳ぐぞ。準備はいいか?」
オルカ(力強く)
「うん!」
シリウス(小さく、しかし確かに微笑んで)
「……よし。行くぞ」
シリウスが泳ぎ出す。オルカがその後を追う。
ドルンが慌ててついていく。
広い海が、朝の光に照らされている。
オルカの物語が、ここから本当に動き始める。
第4話 完
