天才推理小説家の事件録 第21話「小学校での奇妙な事件」
第21話「小学校での奇妙な事件」
宝条邸・書斎
午後。大きな窓から庭が見える書斎。
潤は机で原稿を書いている。
宝条 潤(心の声)
「……よし、この章はまとまったな」
潤がペンを置き、軽く伸びをする。
その時——
プルルルル……
宝条 潤
「電話?」
受話器を取る。
宝条 潤
「はい、宝条です」
下田 優子(電話越し)
「お久しぶりです先生。群馬県警の下田です。以前の警察官襲撃事件ではお世話になりました」
宝条 潤
「下田管理官?お久しぶりです」
潤が少し驚きつつ微笑む。
宝条 潤
「あの時は大変でしたね。その後は落ち着きましたか?」
下田 優子
「はい、おかげさまで。先生の推理がなければ、もっと被害が出ていたと思います」
宝条 潤
「いえ、皆さんの迅速な行動があってこそです」
少し間。
下田 優子
「実は今日は、そのお礼も兼ねて……ご相談がありまして」
宝条 潤
「相談ですか?」
下田 優子
「はい。今度、休暇を取って息子と東京観光に行くことになったんです」
宝条 潤
「それはいいですね。東京は見どころが多いですから」
下田 優子
「ええ……久しぶりに母親らしいことをしようと思いまして」
柔らかい声で言う。
下田 優子
「それで、その時に先生にぜひ一度お会いできないかと」
宝条 潤
「もちろん構いませんよ。ちょうど東京の名所もご案内できますし」
下田 優子
「ありがとうございます」
下田は少し言いづらそうにする。
下田 優子
「それと……実はもう1つ」
宝条 潤
「何かありましたか?」
下田 優子
「詳しいことはまだ整理できていないのですが……息子の通っている学校で、最近奇妙な出来事が続いているらしくて」
宝条 潤
「奇妙な出来事……?」
下田 優子
「掲示物が勝手に動いたり、誰もいない教室で物が移動していたり……子供たちの間では“学校の七不思議”なんて噂になっているそうです」
宝条 潤
「なるほど……」
潤は少し楽しそうに目を細める。
宝条 潤
「それはぜひ、直接お話を聞きたいですね」
下田 優子
「本当ですか?」
宝条 潤
「ええ。日常の中の謎ほど、意外と面白いものです」
下田 優子
「ありがとうございます、先生。息子もきっと喜びます」
宝条 潤
「東京に来られる日が決まったら連絡してください。観光も相談もまとめて引き受けますよ」
下田 優子
「心強いです。本当にありがとうございます」
宝条 潤
「こちらこそ、お会いできるのを楽しみにしています」
プツッ
電話が切れる。
潤は受話器を置きながら考える。
宝条 潤(心の声)
(子供の学校で起きている奇妙な出来事、か……事件ほど重くはなさそうだが……)
潤が少し微笑む。
宝条 潤
「こういう謎も、嫌いじゃない」
窓の外の庭を見ながらつぶやく。
宝条 潤
「東京観光か……賑やかになりそうだな」
宝条邸・書斎〜応接間
電話を切った潤が、書斎を出て廊下を歩く。
応接間では遥香がソファに座り、資料を見ている。
宝条 潤
「遥香」
神谷 遥香
「ん?」
遥香が顔を上げる。
宝条 潤
「今、群馬県警の下田管理官から電話があった」
神谷 遥香
「以前、関東全域で起きた警察官襲撃事件の時の?」
宝条 潤
「そう。その下田管理官」
神谷 遥香
「……久しぶりね」
遥香が腕を組み、記憶をたどる。
宝条 潤
「今度、休暇で子供と東京観光に来るらしくてさ。せっかくだから案内してほしいって」
神谷 遥香
「小説家の先生が観光ガイド?」
遥香がくすっと笑う。
宝条 潤
「失礼だな。これでも東京には詳しいんだぞ?というか東京は庭だぞ?」
神谷 遥香
「ふふ……まあ、宝条家の当主なら裏道まで知ってそうね」
遥香が少し真顔になる。
神谷 遥香
「……そういえば下田管理官、ご主人が亡くなってから1人でお子さんを育ててきたシングルマザーなのよ」
宝条 潤
「え……子供を1人で?」
神谷 遥香
「そう」
宝条 潤
「それで警視にまでなるって……すごいな……尊敬するよ」
神谷 遥香
「群馬県警でも“美魔女管理官”なんて呼ばれてるけど、相当苦労してきた人よ」
宝条 潤
「なるほど……見た目だけじゃ分からないな」
少し間。
宝条 潤
「それでさ、観光だけじゃなくてもう一つ相談があるらしい」
神谷 遥香
「相談?」
宝条 潤
「その子の通っている学校で、最近奇妙な出来事が起きているんだって」
神谷 遥香
「奇妙な出来事?」
宝条 潤
「掲示物が勝手に動いたり、物が消えたり戻ったり……子供たちの間では幽霊だとか七不思議だとか噂になってるらしい」
神谷 遥香
「え……学校の怪談ね……」
遥香が少し腕をさする。
宝条 潤
「怖いの?」
神谷 遥香
「べ、別に?」
視線をそらす。
宝条 潤
「その反応は怖がってる人の反応だろ」
神谷 遥香
「うるさいわね!」
遥香が潤に軽くげんこつをする。
宝条 潤
「いたっ!」
神谷 遥香
「でも……ただのいたずらならいいけど、誰かが傷つくようなことなら放っておけないわ」
宝条 潤
「だよな。だから直接会って、詳しく話を聞くことにした」
神谷 遥香
「先生、相変わらず首突っ込むの早いわね」
宝条 潤
「面白そうだったし」
神谷 遥香
「……やっぱり」
遥香がため息をつく。
神谷 遥香
「でも、私も付き合うわ」
宝条 潤
「もちろん。一緒に解決しよう」
2人は軽く微笑み合う。
東京駅・丸の内口コンコース
人で賑わう東京駅構内。
スーツ姿のビジネスマンや観光客が行き交う。
潤と遥香が人混みの中で周囲を見渡している。
宝条 潤
「人、多いな……さすが東京駅だ」
神谷 遥香
「迷わず来られるかしら?」
宝条 潤
「下田管理官なら大丈夫だろ」
その時、少し離れたところで手を振る女性がいた。
下田 優子
「先生!」
宝条 潤
「あ、下田管理官!」
潤と遥香が近づく。
下田 優子
「お久しぶりです、宝条先生」
神谷 遥香
「お久しぶりです」
遥香が軽く会釈をする。
下田 優子
「神谷管理官もご一緒なんですね」
神谷 遥香
「はい。東京観光の案内役兼、先生の護衛です」
宝条 潤(苦笑)
「護衛って……」
その時、下田の後ろに隠れていた小さな影がもぞもぞ動く。
下田 優子
「ほら健太、ご挨拶」
健太が一歩前へ出る。
下田 健太
「……こんにちは。下田健太です」
深く頭を下げる。
下田 健太
「よろしくお願いします。潤先生、遥香おばさん」
少し緊張した声。
神谷 遥香
「……」
遥香が一瞬固まる。
次の瞬間——
神谷 遥香(微笑みながら)
「偉いのね〜、ちゃんと挨拶できて〜」
遥香が健太の頭をやさしくなでる。
神谷 遥香
「でもね?」
顔を近づけて小声で言う。
神谷 遥香
「おばさんじゃなくて、お・ね・え・さ・ん、よ?」
下田 健太
「え……?」
健太が戸惑う。
宝条 潤
「プププ……遥香おばさん……」
潤が吹き出す。
神谷 遥香
「ちょっと潤!」
遥香が潤を睨む。
宝条 潤
「いや、あまりにも自然に言われたから……」
下田 優子
「ふふ……すみません。健太、おばさんじゃなくてお姉さんでしょ?」
下田 健太
「そ、そうなの……?」
神谷 遥香
「そうよ?」
遥香が胸を張る。
宝条 潤
「自称な」
神谷 遥香
「何か言った?」
宝条 潤
「いえ、何も」
潤は即座に目を逸らす。
下田 健太
「……よろしくお願いします。遥香お姉さん」
神谷 遥香
「よくできました♪」
遥香が満足げに言う。
宝条 潤(心の声)
(教育が行き届いてるな……)
東京観光・浅草周辺
雷門前の通りは観光客で賑わう。
下田 優子
「わあ……テレビで見るより迫力がありますね」
下田 健太
「大きい……!」
健太は雷門を見上げて目を輝かせる。
宝条 潤
「ここは雷門。浅草の名所だよ」
神谷 遥香
「この先に仲見世通りがあって、お土産とかいっぱいあるの」
下田 健太
「すごい……お祭りみたい」
歩きながら屋台や店を眺める一同。
少し進んだところで——潤の視線がふと、美しい着物姿の女性が優雅に歩いていく。
宝条 潤(心の声)
(……綺麗だな)
つい目で追ってしまう。
次の瞬間——
神谷 遥香
「……潤?」
グイィィィ!!
宝条 潤
「いだだだだだ!!?」
潤が耳を思い切り引っ張られる。
神谷 遥香
「観光中でもよそ見する余裕あるのね?」
宝条 潤
「ちょっ……あれは反射的に……!」
神谷 遥香
「反射で美女見る癖直しなさい!」
宝条 潤
「耳が取れる!!」
下田 優子
「ふふふ……相変わらずですね」
健太はポカンと見ている。
下田 健太
「……あの」
宝条 潤
「ん?」
下田 健太
「お2人は……付き合ってるんですか?」
ピタッと空気が止まる。
宝条 潤
「えっ!?」
神谷 遥香
「……」
2人は一瞬固まる。
下田 優子
「け、健太!いきなり何を……!?」
下田 健太
「だって……仲いいし。遥香お姉さんも怒ってるのに楽しそうだし……」
神谷 遥香(少し頬を赤らめて)
「そ、そんなわけ……」
宝条 潤
「そ、そうだぞ!ただの……」
潤は言葉に詰まる。
神谷 遥香
「……」
遥香はちらっと潤を見る、
宝条 潤
「……」
目をそらす。
沈黙。
下田 健太
「……じゃあ、好きなんですね」
宝条 潤
「ぶっ!!」
神谷 遥香
「なっ……!」
下田 優子
「健太!」
下田 健太
「だって……好きじゃなかったら耳引っ張らないと思います」
宝条 潤(心の声)
(小学生なのに鋭すぎる……)
神谷 遥香
「……」
遥香はさらに赤くなる。
神谷 遥香
「こ、子供はそういうこと気にしなくていいの!」
下田 健太
「……はい」
健太は納得してない顔。
宝条 潤
「す、すごい観察力だな健太君……」
下田 健太
「学校でよく人見てるから」
神谷 遥香
「それが後で事件解決に役立つのかしらね……」
東京観光・隅田川沿いベンチ
浅草を一通り回り、少し歩き疲れて川沿いのベンチで休憩する。
下田 優子
「ふう……久しぶりにこんなに歩きました」
宝条 潤
「東京観光は意外と体力使いますからね」
神谷 遥香
「はい健太君。ジュース」
下田 健太
「ありがとうございます」
健太は両手で受け取る。
宝条 潤(心の声)
(ほんとにしっかりした子だな……)
しばらく沈黙。川を眺める。
下田 健太
「……潤先生」
宝条 潤
「ん?」
下田 健太
「ママが話した学校のこと……聞いてくれますか?」
下田 優子
「健太……」
宝条 潤
「もちろんだよ。どんなことがあったんだ?」
下田 健太
「はい」
健太が少し緊張しながら話す。
下田 健太
「最初は……教室の掲示物でした。帰るときには普通だったのに、次の日来たら場所が入れ替わってて……」
神谷 遥香
「誰かのいたずらじゃなく?」
下田 健太
「先生も調べたけど、誰も見てなくて。それから……」
健太が続ける。
下田 健太
「ロッカーが勝手に開いてたり……なくなったノートが、別の机の中に戻ってたり……放課後には、黒板に知らない字が書いてあったこともあります」
下田 優子
「クラスの子たちが怖がってしまって……中には泣き出す子もいるそうです」
神谷 遥香
「確かにそれが続いたら不安になるわね……」
宝条 潤
「黒板の文字って、どんな感じだった?」
下田 健太
「えっと……」
空中に指でなぞる。
下田 健太
「こんな風に……」
ぐにゃっとした丸っこい文字。
宝条 潤(心の声)
(チョークというより……指でこすった跡みたいだな)
宝条 潤
「掲示物が動いたのは、全部同じ高さ?」
下田 健太
「はい……だいたい僕の目くらいのところです」
宝条 潤
「ロッカーも?」
下田 健太
「はい。下のほうだけです」
神谷 遥香
「……低い位置ばかりね」
潤がふっと微笑う。
宝条 潤
「健太君」
下田 健太
「はい!」
宝条 潤
「学校の幽霊は……たぶん人間だ」
下田 健太
「えっ?」
下田 優子
「やっぱり、誰かの仕業なんですか?」
宝条 潤
「ええ。しかも——健太君と同じくらいの背の子だと思います」
下田 健太
「……!」
神谷 遥香
「もうそこまで分かるの?」
宝条 潤
「高さは正直だよ。人は無意識に、手の届く範囲で行動する。それが全部“子供の目線”なんだ」
下田 健太
「じゃあ……幽霊じゃないんだ」
宝条 潤
「うん。怖がらせようとしてる“誰か”だ」
下田 優子
「どうしてそんなことを……?」
宝条 潤
「理由は1つとは限りません。注目されたかったか、助けてほしかったか……その答えは、現場に行けば分かる」
神谷 遥香
「行くのね?」
宝条 潤
「もちろん」
潤がにっと笑う。
宝条 潤
「東京観光の次は……学校探偵だ」
下田 健太
「……お願いします!」
健太が深く頭を下げる。
宝条 潤
「こちらこそ」
後日・宝条邸前
黒塗りの車が止まり、運転席には執事の須田がいる。
須田
「旦那様、準備はよろしいでしょうか?」
宝条 潤
「ああ、頼む」
潤と遥香が車に乗り込む。
神谷 遥香
「まさか日常の謎を追って群馬まで行くことになるとはね」
宝条 潤
「久しぶりの小旅行だと思えばいいだろ」
神谷 遥香
「観光気分で行く場所じゃないわよ」
宝条 潤
「須田の運転だし、快適だ」
須田(ミラー越しに)
「ありがとうございます。安全運転で参ります」
車内・高速道路
2人は窓の外を流れる景色を見ている。
神谷 遥香
「健太君、ちゃんと学校で待ってるかしら?」
宝条 潤
「緊張してそうだな」
神谷 遥香
「でもあの子、しっかりしてる」
宝条 潤
「下田管理官の息子だ。芯が強いよ」
少し沈黙。
神谷 遥香
「……潤」
宝条 潤
「ん?」
神谷 遥香
「日常のいたずらだったとしても、放っておけないわよね」
宝条 潤
「もちろん。怖がってる子がいるなら、それは立派な事件だ」
神谷 遥香
「さすが探偵先生」
宝条 潤
「褒めても何も出ないぞ」
群馬県・高崎市
街並みが見えてくる。
須田
「もうすぐ高崎市に入ります」
宝条 潤
「ありがとう」
神谷 遥香
「意外と都会なのね」
宝条 潤
「新幹線の駅もあるしな」
健太の学校前
小学校の校門。放課後で人影はまばら。
校門前で下田親子が待っている。
下田 優子
「先生!」
宝条 潤
「お待たせしました」
下田 健太
「こんにちは!」
健太がぺこりと頭を下げる。
神谷 遥香
「こんにちは健太君」
下田 健太
「遥香お姉さん!」
神谷 遥香
「ふふ、ちゃんと覚えてる」
宝条 潤
「今日は案内よろしくな」
下田 健太
「はい!」
下田 優子
「校長先生にはもう話を通してあります。放課後の教室を自由に見ていいそうです」
宝条 潤
「助かります」
神谷 遥香
「じゃあ……いよいよ現場ね」
下田 健太
「……ちょっとドキドキします」
宝条 潤
「大丈夫」
潤が優しく微笑む。
宝条 潤
「幽霊はいない。真相はすぐ見つけるよ」
下田 健太
「……はい!」
群馬・高崎市立〇〇小学校 5年2組教室(放課後)
夕方。窓から斜めに差し込む陽の光。静まり返った教室。
潤、遥香、下田、健太がゆっくり入る。
神谷 遥香
「……誰もいないと、学校って妙に静かね」
下田 健太
「ここです」
健太は自分の席を指差す。
下田 健太
「全部、この教室で起きました」
宝条 潤
「なるほど……」
潤はゆっくり歩き回りながら観察する。掲示板の壁に貼られた習字や図工作品なども。
宝条 潤
「健太君、掲示物が入れ替わってたっていうのはここだね」
下田 健太
「はい。右と左が入れ替わってました」
宝条 潤
「真ん中は動いてない……」
神谷 遥香
「どうしてそこだけ?」
宝条 潤
「人は無意識に、動かしやすい場所だけ触る。中心は手を伸ばしにくいからな」
低い位置のロッカーを見る。
宝条 潤
「開いてたのはこの列だけ?」
下田 健太
「はい」
神谷 遥香
「上は全部閉まってる……」
宝条 潤
「背の低い子が使う場所だ」
黒板にはうっすら白い跡がある。
宝条 潤
「これが……文字の跡か?」
神谷 遥香
「チョークじゃない?」
宝条 潤
「いや……」
潤は指でなぞる。
宝条 潤
「粉が広がってる。指でこすった跡だ」
下田 健太
「先生も“チョークじゃない”って言ってました」
宝条 潤
「やっぱりな」
教室後方の窓側の席のあたりで潤が足を止める。
宝条 潤
「……ここだ」
神谷 遥香
「何か見つけた?」
宝条 潤
「この机」
潤が机の脚を指す。
宝条 潤
「微妙に位置がずれている」
下田 健太
「本当だ……」
宝条 潤
「毎回、物を動かした後にここで何かを見ていたはずだ」
神谷 遥香
「……誰かを?」
宝条 潤
「そう。犯人はこの教室の生徒。しかも——皆より少し背が低く、窓側の席に座っている子だ」
下田 健太
「……!」
下田 優子
「そんなところまで分かるんですか?」
宝条 潤
「人は行動に“癖”が出ます。それをつなげれば、答えは自然に浮かびます」
神谷 遥香
「……健太君、その席の子って?」
下田 健太
「……翔太君です」
健太が少し伏し目がちに言う。
下田 健太
「いつも1人で……」
潤が静かに頷く。
宝条 潤
「だろうね。この事件は、怖がらせるためじゃない。誰かに気づいてほしかったんだ」
下田 健太
「……」
下田 優子
「その子が……」
宝条 潤
「その翔太君……呼んでもらえるかな?」
下田 健太
「……はい」
健太が廊下へ出ていく。
数分後
不安そうな顔の少年・翔太が健太に連れられて入ってくる。
翔太
「……なんで僕、呼ばれたの?」
潤たちを見る。
翔太
「知らない人もいるし……」
下田 健太
「翔太君……」
下田 優子
「大丈夫よ。怒られるわけじゃないから」
宝条 潤(優しく)
「君が翔太君だね?」
翔太
「……はい」
宝条 潤
「最近、この教室で起きていること、知ってる?」
翔太
「……知らない」
翔太が視線を逸らす。
神谷 遥香
「本当に?」
翔太
「……」
潤は黒板の跡を指す。
宝条 潤
「これはチョークじゃない。指でこすって書いた跡だ」
翔太
「……」
宝条 潤
「掲示物が動いていた場所は、全部この高さ」
自分の胸くらいを示す。
宝条 潤
「ロッカーも、下の段だけ。全部……君の身長と同じだ」
翔太
「……っ」
宝条 潤
「そしてこの机……」
潤が窓側の席を指す。
宝条 潤
「君の席だね?物を動かしたあと、ここからクラスの様子を見ていた。……違うかな?」
沈黙。
翔太の手が震える。
翔太
「……どうして……どうして分かるんだよ……?」
宝条 潤
「人は、無意識に“楽な位置”で行動する。それが証拠になる。でも——君は悪いことをしたかったんじゃない」
翔太
「……」
宝条 潤
「みんなに怖がられたかったんじゃない。気づいてほしかったんだ。1人でいるのが、つらかったんだろ?」
翔太
「……うるさい!どうせ誰も……誰も僕のことなんか見てないんだ!」
翔太の目から涙があふれる。
下田 健太
「……見てるよ」
翔太
「え……?」
下田 健太
「僕、ずっと翔太君のこと見てた。1人で図工してるの、すごいなって思ってた。でも……声かける勇気なかった」
翔太
「……」
下田 優子
「寂しかったのね」
翔太
「……うん。みんな楽しそうで……僕だけいなくてもいいみたいで……」
宝条 潤
「だから幽霊になった。見えない存在じゃなく、“注目される存在”になろうとした。でも、それじゃ余計に孤独になる」
翔太
「……ごめんなさい……」
翔太がしゃがみこんで泣く。
神谷 遥香(しゃがんで目線を合わせ)
「怖がらせるより、助けてって言えばよかったのよ」
翔太
「……言えなかった……」
神谷 遥香
「言っていいの。弱いのは悪いことじゃない」
下田 健太
「……これから、一緒に遊ぼうよ。僕も最初、友達できなくて怖かったから」
翔太
「……いいの?」
下田 健太
「うん!」
翔太が小さく笑う。
宝条 潤(微笑んで)
「これで、この学校の七不思議は終わりだ」
下田 優子
「先生……本当にありがとうございました」
宝条 潤
「いいえ。健太君が勇気を出したからです」
下田 健太
「……えへへ」
神谷 遥香(小声で潤に)
「殺人事件より難しいこともあるのね」
宝条 潤
「人の心は一番の謎だからな」
数日後・宝条邸 応接間
昼下がり。
潤がソファに座り、タブレットで原稿をチェックしている。
隣には遥香がコーヒーを飲みながら資料を読んでいる。
ピロン(通知音)
宝条 潤
「ん?」
潤がスマホを手に取る。
宝条 潤
「下田管理官からだ」
神谷 遥香
「何かあった?」
潤が画面を開く。
公園で、健太と翔太が並んで笑いながらボール遊びをしている写真。2人とも汗だくで、とても楽しそう。
宝条 潤
「……はは」
神谷 遥香
「どうしたの?」
宝条 潤
「見て」
潤がスマホを差し出す。
神谷 遥香
「……!」
遥香がふっと微笑む。
神谷 遥香
「仲良くなったのね」
宝条 潤
「うまくいったみたいだ」
潤がメッセージを表示する。
下田 優子(メッセージ)
「先生のおかげで、健太と翔太君はすっかり友達になりました。毎日一緒に遊んでいるそうです。本当にありがとうございました」
宝条 潤
「よかったな……」
神谷 遥香
「子供同士の力ってすごいわね」
宝条 潤
「事件を解決したのは、俺じゃなくて健太君だ」
神谷 遥香
「ふふ、あなたもね」
少し間。
宝条 潤(心の声)
(こういう結末も……悪くない)
神谷 遥香
「東京観光より、いい思い出になったかもね」
宝条 潤
「だな」
穏やかな空気。
そのとき——潤がふと外を見る。
庭でメイドが花を手入れしている。その向こうを美人の来客が通る。
宝条 潤(心の声)
(……綺麗だな)
次の瞬間——
神谷 遥香
「……潤?」
グイッ!!
宝条 潤
「いだだだだ!!」
潤が遥香に耳を引っ張られる。
神谷 遥香
「写真見て感動してたくせに、すぐよそ見?」
宝条 潤
「反射なんだ反射!」
神谷 遥香
「直しなさいその反射!」
宝条 潤
「耳がちぎれる!!」
神谷 遥香(ぷっと吹き出す)
「ふふ……」
宝条 潤
「笑うな!」
庭の花が風に揺れる。
日常の中にも、謎があり、答えがある。
そして——その先には、必ず人の笑顔がある。
第21話 完
